61.まりえとイチゴジャム
「いえーい!! イチゴジャムドレスゲット! これでマグマフィールドに行けるぞ!」
ヨワール様に貴族街通行証をもらったわたしは晴れて貴族街の宝石店で売買ができるようになった。やっぱりというかなんというか、平民の街の雑貨屋よりも扱っている商品のお値段が高い。宝石はわりといいお値段で売れ、そのお金でレディーメイドの新しい装備を手に入れたのだった!
「いやあ、やっぱ貴族の着るものは縫製が違うな~。しかもデザインが攻めてて可愛い~」
イチゴジャムドレスはスカートの布がとろとろとろけたような形にカットしてあって、真っ赤なビーズがふんだんにあしらわれているおかげで動くたびに光を反射してキラキラ光る。イチゴの形のベレー帽もセットだ。こんなサブカル臭のするおべべ着てる貴族令嬢いるかな……? とは思うけど、平民にはちょっと気軽に手が出ないお値段ではあった。そしてなんと熱ダメージ大幅カットのバフがかかっているという……。
(これならマグマフィールドのスリップダメージも気にせず探索ができるぞ。あー、でもメンズのは売ってなかったんだよなあ)
スパダリタキシードを作った時みたいにオーダーメイドにすればいいと思って仕立て屋さんに聞いてみたんだけど、生地の材料である火ネズミの毛皮の在庫がないらしい。わたしが今着ているイチゴジャムドレス一着の分でちょうど品切れなんだそうな。
(そんなモンスター今まで出てこなかったからな。普通に考えてマグマフィールドに出てくる敵だよね。しばらく一人で火ネズミを狩って、イスマイルの分を作ってもらわなきゃ連れてけないや)
前回イスマイルがドレスを持っていたのは本当に偶然みたいだった。ワンチャン防熱素材の服も持ってるんじゃないのかって本人に聞いてみたら、スラムの金貸しがそんなの持ってるわけないでしょうっておでこにチョップ食らったしな。この問題がなんとかなるまで手伝ってもらえるのは鉱山フィールドまでだ。
(やー、しかし宝石ショップで賢者の石買いとってもらえないなんてなあ。ぶっつけで持って行かなくてよかったぜ……)
突然ですがここからは回想です。ぽわんぽわんぽわん、まりまりィ~♪ ついさっきのことなんだけど、わたしは宝石ショップの店員さんに聞いてみたのだ。「もしも、もしもですよ? 賢者の石とか手に入ったら買い取ってもらえます?」と。
それを聞いた時モノクルがきらりと光るイケオジ店員さんは一旦きょとんとしたあと、くっくっくと小さく笑った。
「賢者の石ですか? お客様はなかなかロマンのあることをおっしゃる。いや失礼。自分も宝石商を長く営んでおりますが、一度も見たことがありません。国王が不老不死を望んで王都中の宝石を扱うものに御触れを出していますがね。そんな日は来ないだろうともっぱらの噂ですよ」
それを聞いてわたしはワルブレヒトの話を思い出した。錬金術師が賢者の石を作れることは門外不出だと。バレたら攫われて拷問されちゃうかもしれないと。あっぶね。もしも話として持ちかけて正解だったぜ。このゲームの中では都市伝説みたいな扱いなんだね。これはゲーム内でのシステム上賢者の石は王様一人にしか売れないという証なんだろう。
「どうしてそんなことを聞くのですか?」
「あっ、えっ? いや~、あの。わたし、宝石を使った細工物もやるんですよ~。それでいろんな宝石を集めてて~、元手が必要なんで~、賢者の石とか手に入っちゃったらウハウハかな~? なんて? 思っただけで?」
「ほう、細工物を? ならば賢者の石なんてあるかないかわからないものより、王妃様やお姫様に献上するものを作った方が手早く稼げますよ」
「え? そんなことできるんですか?」
「ええ。ただお客様、王族にお目通りいただくためには名声をあげなければいけません。そのためには貴族と多く関わらなくてはいけませんよ。少なくとも『貴族の顔パス』などと呼ばれるくらいにはね」
モノクル宝石商はずいぶんと親切にいろいろ教えてくれる。多分この人は貴族街に入れるようになってからのチュートリアルNPCなんだろう。貴族街に冒険者ギルドはないしね。
(要するに、貴族の依頼を片っ端から受けて称号を『貴族の顔パス』に変えないと王様には会えない、とそういうことね。貴族のお願い事、やっかいそうだしお金かかりそうだな~)
そうと決まればわたしは宝石を集めてはそれを高見えデコレーションアイテムに変え、貴族街で売る生活を始めた。この手のゲームでは良くあることだけど、貴族街をうろついているだけでそこらを歩いている貴族がでかい声で「困りましたわ~! すぐに○○が必要なのに手に入りませんの~!」とか、「××というもの、大層美味だとか! 是非味わってみたいものですなあ!」とか、紳士淑女にあるまじきことをくっちゃべっている。そこに居合わせただけでわたしの脳みそに○○や××の錬金レシピがぽこんぽこんインストールされていく。そしてそのレシピで使う材料はみんなお値段が高いし、ほとんどはマグマフィールドでしかドロップしないのだ。こりゃ大変。
(こんなんじゃ賢者の石売りに行く前にお金なくなっちゃうよ~。イスマイルの装備も揃えられない……。なんとか一人でマグマんとこに行ってはいるけど効率悪い~。シナバーもレアすぎて全然出ないし。まあ、今ワルブレヒトいないから返済に追われないのは助かるけどね……。助かるんだけど……)
ワルブレヒト。あの日実家に帰ると言って出て行ったのを見送って以来、わたしは彼と連絡が取れていない。
借金をせっつかれないのは今はありがたい。しかし長い目で見るとちょっと怖いことでもあるのだ。
(もし今変なバグとかが起こってて、ワルブレヒトが二度と帰ってこなかったらどうする?)
記憶の中のノーマニー×アルケミーとは違うイレギュラーがいくつも起こっている以上、そういうことも大いにありうるとわたしは最近になって考え始めている。「借金を全額返す」が条件のノーマルエンドを迎えられず、バッドエンドも全部回避したらわたしはどうなるのだろう。このゲームが終わらないまま、一生この世界で生きることになるんだろうか。
(わたしのゲームが終わりになるまでイスマイルも次の周回に行けないんだろうし……。そうしたらこの中でイスマイルに人生の最後を看取ってもらうことができたりして……。それは……なし……ではないのかな?)
ワルブレヒトみたいに12人とか産ませてくるでもなく、オンドレアみたいに監禁してくるでもなく、真っ当に対等にイスマイルと向き合って暮らす。そんなエンディングが発生する?
(それだったら好きだって言っちゃっても……いいのかな? あ、でもイスマイルが例えばエルフ以外は対象外でわたしのことも妹みたいに思ってるだけとかだったらマリエ婆さんとしてひとりで寂しく死ぬかもしれないんだよな……。こーわぁ。もしそうなったらわたしのこと好きになってくれ~! イスマイル~ッ!)
そんなことを考えながら、フィールド探索から帰ってきたある日。わたしの家の玄関のドアの前に、まあまあでっかい木箱が一つ置かれていた。
「なにこれ……。お届けもの? 一体誰が?」
爆弾とかだったら勘弁だよな……とこの間のヤンデリカのことを思い出しながら木箱を撫でまわしてみると、向こう側に伝票のようなものが貼りつけてあるのを見つけた。封書だ。送り主の名前でも書いてないかなと思ってそれを剥がしてみると、なんか、黒みがかった赤い染みがついていた。そのことに気が付いたのと同時に、箱からぷんと生臭い匂いがした。
「なに……? 海産物……? え? キショ……」
その瞬間わたしの中でその箱はただの不審物から禍々しい塊に変化した。
「やば……怖すぎる……。い、イスマイル……」
わたしは震える手でポシェットからコンパクトを取り出し、さっき別れたばかりのイスマイルを呼びだす。ドアの前に置いてあるそれを触る気になれなくて、家にも入れない。
「早く来て、イスマイル……」
彼の背の高い姿が遠くに見えるまで、わたしはその場でうろうろ歩き回ってしまった。
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