60.まりえとShall we dance?
バキン!
「はっ……」
「やった!」
しばらく打ち合ったあとに、ヤンデリカの手にしていたフォークがとうとう折れた。ただのカトラリーにはマチェーテとせり合う能力は想定されていない。こればかりは他の貴族の武器を一旦預かるというボッチパーティ家の采配には感謝しなくちゃ。
「ぐっ……こうなったら……!」
ヤンデリカはわたしから距離を取る。たおやかな令嬢たちと違って力づくで制圧できないと悟ったようだ。このまま諦めてくれるといいんだけど……。
「ヨワール様をあたくしのものにできないのなら、せめてこの建物ごと心中して永遠になってやるわ……」
「えっ!?」
着こんでいたボレロ型の外套をバッと脱ぎ去るヤンデリカ。その身体を見て、わたしは目を疑った。
「あんた……、その身体に巻き付けているのは……!」
さっき蹴った時に感じた変なボコッとした感触。その正体は……。
「それ、ダイナマイトじゃない!!」
ヤンデリカのほっそりした胴体には、古い映画のテロリストみたいにぐるぐるとダイナマイトの束が巻き付けてあった。
ちなみにこのゲームにはもともとアイテムとしてダイナマイトが存在する。わたしはまだ作ってないけど、鉱山の隠し通路を開けたい場合錬金で作ることができるのだ。おそらく、送られた僻地の錬金術師が作ったものをここに来るまでにどうにか手に入れたのだろう。やばいな……!
「近づかないで! あたくしだけじゃない。あなたたちが呑気にパーティーをしている間に、屋敷のあちこちにも別の爆弾を仕掛けてあるわ! あたくしが爆発したら続けて爆発するように仕掛けがしてあるのよ……!」
わたしから離れたヤンデリカはテーブルに手を伸ばし、追加のフォークと燭台を手にする。火のついたままの蝋燭を導火線に近づけながら彼女はこっちにフォークを向けて牽制した。
「あんたがあたくしを止めるより、あたくしが火をつける方が早いわよ。諦めてヨワール様とあたくしの天国に結ぶ恋を祝福する花火になりなさい! 雑魚従者……!!」
どうする……、止めるか? それとも今すぐイスマイルだけでも連れて逃げる……!? 時間が止められるステータスのコンパクトを出せば……。あーっ! 着替えた時にパウダールームに置きっぱなしにしちゃってる!! しくった~!!
「おほほほほ、お~ほほほほほ!!!! さよなら現世! おいでませ来世~!!! あたくしのヨワール様への愛よ、永遠なれ~!!」
イスマイルは貴族たちを外に逃がせただろうか。どの程度爆弾が仕掛けてあるのか。庭とかにまで仕掛けてあるなら敷地の外まで逃がさないとだめだ……! どうしよう……! イスマイル……。イスマイル~ッ!!
「お待たせしました、よく頑張りましたね」
鈴が鳴るような綺麗な声が背後から聞こえた。それと同時に、ヤンデリカの頭上に巨大な水の球が出現する!
「ぎゅっ!」
バシャンを通り越してドザッという水音と共にヤンデリカの全身に大量の水が降り注ぎ、彼女は一声だけあげるとそのままホールの床にべちゃりと叩きつけられた。
「い、イスマイル~!」
「はあ、最初から私も残ればよかったですね。しかし、あなたが時間を稼いでくれたおかげで全員外まで逃がすことができましたよ」
振り向くと、小さな水の球を空中で操っているイスマイルが立っていた。その後ろからヨワール様とシキリーヤ様が駆けてくる。
「あなたたち! 大丈夫ですの~!? ボッチパーティ家のパーティーの最中に死者なんか出せませんわ~!」
「ヤンデリカ! まさか……死んで……?」
そうだった。さすがに正当防衛とは言えヤンデリカが死んでたら困る。わたしはぐっしょり濡れた絨毯の真ん中でボロ雑巾みたいに潰れているヤンデリカに駆け寄り、生死を確認した。
「……大丈夫、生きてる」
ヤンデリカは固く目を閉じてぐったりとしていたが、脈はしっかりあったし呼吸もしていた。巻き付いたままのダイナマイトは全部濡れてもう役に立たなそうだった。
「捕縛しましょう。ヨワール様、縄を」
「わかった!」
「はあ~」
イスマイルの指示でどたばたとヨワール様が捕縛縄を取りに行くのを見て、急に安心したわたしはその場にへなへなと座り込むのだった。
***
そのあと、ヤンデリカは気絶したまま拘束されてどこかへ連れていかれた。さすがにもう追放じゃなくて幽閉とか処刑だと思う。ご乱心だから療養と銘打った幽閉の方かな……。まあおそらく今後わたしのゲームに登場することはなさそうだ。
ヨワール様はセバス(仮)や意識を取り戻した衛兵たちと一緒に屋敷に仕掛けられた爆弾を探しているらしい。
「まあ、これで一応依頼は終わりということですかね」
「そうだね……これ成功? 報酬もらえるかな……」
「あら、心配なさらないで。あなたたちは頑張ってくださいましたわ。捕縛して運ばれるヤンデリカ嬢を貴族の皆さんに見せることもできましたし、わが家にその能力があることも示せました」
座り込むわたしたちのところにシキリーヤ様がやってきて、疑問に答えてくれた。まあ、じゃあよかったかな。
「もうこの姿でいなくてもいいですかね。さすがに少し疲れました」
「……そうだね。着替えさせてもらおうか」
「先に男に戻ってきますよ」
イスマイルはそう言うと立ち上がり、一人でパウダールームに向かった。あとにはわたしとシキリーヤ様だけが残される。
「ねえ、ツバメちゃん。あなた、イスマイルくんのこと好きでしょう」
「はっ!? えっ!? な、なんですか急に!!」
まるで天気の話でもするように急にそんなことを言ってきたシキリーヤ様に驚かされて、わたしは全然ごまかせてないような反応をしてしまった。急に何?
「ほほほ、可愛い反応しちゃって。わたくしはパーティーを仕切る中で恋する令嬢たちを何人も見て来たんですのよ。今日のパーティーであなたが彼を見つめる視線が一番熱を帯びていたわ。わたくしわかるの。そういうの」
「はは……。ごまかせませんか……。まあ、わけあって叶わぬ恋なんですけどね……」
「あらそうなの? 残念ねえ……。うーん。でもそうね。どうせもうパーティーはお開きだし。最後にちょっと、二人でダンスでもしなさいな。きっといい思い出になるわよ」
「シキリーヤ様……」
「わたくしが娘時代に着ていたドレスでいいなら貸してあげるわよ。ねえみんな。もうちょっとお仕事お願いできる?」
「そういうことなら!」
「喜んで!」
「わーっ! 化粧師のみなさん!」
どこからか現れた化粧師のみなさんにがっしりと腕を掴まれ、わたしもずるずるとパウダールームまで連れていかれた。そしてよってたかってタキシードを脱がされ、ヘアピンもとられて女の子に戻され、ちょっとクラシカルなドレスを着つけられて、お化粧を直される。プロの手早い仕事によって、鏡の中の私はどんどんお姫様みたいに飾り立てられていった。
「すご……これがわたし……」
「男の子のカラカン様も可愛かったけど、ドレスも最高!」
「先輩! さすがの手際です!」
「さあカラカン様! もう一度ダンスホールに向かってください! イスマイル様ももう戻られていますよ!」
長いドレスの裾を摘まんで、慣れないヒールでわたしは廊下を歩く。きゃっきゃとはしゃぐ化粧師さんたちがホールのドアを開くと、そこには……。
「……おかえりなさい、まりえさん。なんだかこういうのも気恥ずかしいですね」
「イスマイル……その恰好って……」
そこには長い髪をさっきのわたしみたいに一本に編んで、カッコいいスパダリタキシードを着せられた男のイスマイルがいた。
「さあイスマイルくん。ダンスのお誘いは殿方からするものですわよ。早く早く」
「はあ、まあ……。そうですね。せっかくですし、記念に踊っていただけますか? まりえさん」
シキリーヤ様にせっつかれたイスマイルは、綺麗なお辞儀をしてわたしの手を取り、そして……。
手の甲にキスをした。ひ、ひえ……。
「あ……わぁ……」
「踊り方なんかわからないでしょうし、私の足の上に乗っちゃっていいですよ」
「大丈夫? 足痛くならない?」
「あなた一人くらい羽みたいに軽いですよ。エルフは力持ちですからね」
「そっか……。じゃあちょっとだけ、よろしくね」
いつのまにか戻ってきていた楽団が軽やかな音楽を奏で始めた。割れたグラスとか濡れた絨毯でめちゃくちゃだったけど、今だけこのダンスホールはふたりだけのもの。わたしたちは手を繋いで腰を支えてぴったりと密着した。
そうやってくるくる回りながら踊っていたら、急にお腹の底から笑いがこみあげてきた。
「うふふっ……あははは」
「何笑ってるんですか」
「ははは、イスマイルだって笑ってるじゃん!」
「はは、ほんとだ。結構楽しいですね」
見つめ合って笑いながら、わたしたちはホールの華になる。シキリーヤ様が、化粧師さんたちが、いつのまにか戻ってきたヨワール様やセバス(仮)も拍手をしながら見守ってくれる。
このゲームが終わってもわたしはこの夜のことを忘れないと思う。イスマイルもそうだといいなと思いながら、わたしは満足いくまでダンスを楽しんだ。
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