59.まりえとヤンデリカ
華やかで重厚な音楽に合わせて、貴族たちはそれぞれのパートナーと手を取り合ってダンスホールの華になる。きっと子供のころから貴族のたしなみとして沢山レッスンを積んできたのだろう。くるくる、くるくると華麗に踊る彼らは不思議と全然ぶつかったりはせずに、まるで澄んだ川に浮いて流れる花びらのようだった。
(イスマイルもちゃんと踊れてる……)
ドレスとヒールでの足運びに慣れてないだろうに、事前にちょっと練習しただけでイスマイルはそつなく踊ることができていた。彼は頭がいいし、運動神経も悪くないことは一緒にフィールドで戦ってきたわたしはよく知っていた。
堂々としたヨワール様と凛としたイスマイルの佇まいは見ごたえがあって、気がつけば踊らずに周りで見ている貴族たちは二人に釘付けだった。
(このまま何もなければ依頼は大成功……かな)
わたしがそう思った瞬間。ホールから玄関に繋がる大扉がとつぜんバーン! と開かれた。
「け、ケルナグール嬢……!」
思わずそちらに顔を向けると、そこには旅装の若い女が怒りの形相で立っていた。ありえないくらいきっちりと巻いた縦ロールが印象的なきつめの美女。誰だって聞かなくても彼女がヤンデリカなのはわたしにも一瞬でわかった。やっぱり来ちゃった~!!
「ヨワール様……あたくしを忘れて他の誰かと婚約を結ぼうとするなんて……許せませんわ……」
「ヤンデリカ! 君は教会で監視をされていたのでは……」
「衛兵! 衛兵はどうしましたか!」
執事のセバス(仮)が慌てて衛兵を呼ぶ。だけど誰一人駆けつけてくる者はいなかった。
「衛兵? そんな無粋な連中。ここに入ってくる時にあたくしが全員拳で沈めて来ましたわ……!」
ヤンデリカは手を軽く握り、腰を落として足をずりりと移動させファイティングポーズを取った。うへえ、衛兵なんか屈強な男揃いだろうに、この令嬢が素手で圧勝? つっよ。
「そんなことよりも……。ヨワール様! あたくしというものがありながら、その変な耳長女は何? 人間じゃないだけでもありえないのに、モミの木みたいにうすらでかくて! ヨワール様には全然ふさわしくありませんわ!!」
ファイティングポーズを崩さないまま、今度はイスマイルがヤンデリカの怒りの標的になる。教会で野良仕事でもさせられていたのだろうか。令嬢にしては荒れた人差し指をびしっとイスマイルにつきつけて、彼女は音がしそうなほどに爆美女エルフを鋭く睨んだ。
「やめたまえ! 君はもうぼくの婚約者でも何でもないんだ。ぼくらの婚約は解消済みなんだよ! 招待されていない君にこのパーティーに足を踏み入れる資格はないんだぞ!」
ヨワール様はイスマイルの前で腕を開いてヤンデリカを近づけないようにする。その表情からは恐怖と焦りがうかがえた。彼のその行動を見て、ヤンデリカは目をかっぴらき、唇をぶるぶると震わせている。心から信じられないようなものを見たといった顔。自分が招かれざる暴漢だという自覚が彼女にはまったくないのだ。
「ヨワール……そう……わかった……あたくしが馬鹿だったわ……」
「わ、わかってくれるかい、ヤンデリカ」
「あなた、その女に洗脳されているのよね!? かわいそうに! そうじゃなければあなたがあたくし以外を選ぶなんてありえないものね!?」
あーっ!! もう! これだからヤンデレは! マジで話聞かねえからこの手合い!
嫌な予感がしたわたしはシキリーヤ様に許可をもらってテーブルの裏側に隠しておいたマチェーテを取りに移動した。今は男の子のわたしの行動はヤンデリカの視界には入っていないようだ。よしよし。
「ヤンデリカ、君という人はどうして……」
「いいことを思いついたわ! もうあたくし以外の女を全部殺しましょう! そうしたらあなたはどうあってもあたくし以外を選ぶことはできませんものね……!!」
令嬢たちの悲鳴が響き渡る中、ヤンデリカはイスマイルに向かってホールの床を蹴る。瞬間、わたしはマチェーテを構えてその前に立ちはだかった。
「何よあんた! 邪魔しないで頂戴!! 邪魔するとあんたから殺すわよ!」
「まりえさん!」
「ヨワール様! イスマイル! ここはわたしにまかせて他の貴族たちを避難させて!」
「わ、わかった……!」
「まりえさん、一人で大丈夫ですか!」
「避難が済んだら戻ってきて!!」
イスマイルたちの方を見ないままわたしは叫んだ。そしてマチェーテをみねうちに裏返す。さすがに侯爵令嬢をうっかり殺しちゃったりしたら投獄ゲームオーバーとかになっちゃうかもしれないからな! みねうちでも金属の塊だからちょっと危ういけど……。
「ふん……新しい従者? あんたもあの女の味方ってわけ……嫌だわ、あんな大きな脂肪の塊をぶら下げて殿方に取り入って。ヨワール様だけじゃなくてこんな少年みたいな男までたぶらかして……なんて卑しい女なの……」
ヤンデリカは妙に輝きのない目でわたしを睨みながらぶつぶつとイスマイルの悪口を言っている。こいつ……、おまえがそうやってヨワール様の周りの女の人たちを敵視して加害しなければ、イスマイルはあんな格好しないですんだんだよ……!! なのにこの女……! 好き勝手なこといいやがって……。むかつく……、ムカつくムカつく!! ムカつく~!!!!
ブチッ!!
わたしの頭の中で何かの線が切れた音がした。
「いいわ! あんたの目玉をこのフォークで串刺しにして、あの耳長女の最後の晩餐にしてやる!」
「ハッ……! 来いよプッツン女。マチェーテ・マリエのフルスイング、女で食らう一人目にしてやるからよ!!」
落ちていたフォークを拾い上げて金切り声をあげるヤンデリカの売ってきた喧嘩を、わたしはドスの効いた男声で買った。なんだあんなフォーク。バカにしやがって!
「きいぃえええぇぇえぇぇええぇ!!!!」
「おらあぁぁあぁぁぁぁあぁあぁ!!!!」
豪奢なダンスホールの真ん中で、わたしのマチェーテとヤンデリカのフォークが交差する。こんなちっぽけなフォーク一本、簡単に弾き飛ばせると思った。しかし。
「!?」
ガキィン!!
「ウフフフ!! 驚いた? これが侯爵令嬢のテーブルマナーよ、雑魚従者」
ヤンデリカは白い歯をむき出しにして凄絶な笑顔を見せながら、フォークでわたしのマチェーテをがっちりと受け止めていたのだ。
「離せっ!!」
わたしはマチェーテに体重を乗せ、フォークごとヤンデリカを振り払う。その勢いに抗わず床を蹴ったヤンデリカはわたしの横合いに着地し、すぐにこちらに駆けてきた。目を狙ってくるフォークの一撃を見越して腰を落としてわたしはヤンデリカに向かって真横に薙ぐ。
「遅いわよ! 眠くなっちゃうわ!」
高くジャンプしてマチェーテをかわしたヤンデリカはフォークを高く掲げ、着地しながらわたしに振り下ろそうとした。
(早いっ!!)
首をぐいっと折り曲げて、わたしはその一撃をすんでのところで避ける。
(嘘でしょ? いくら武闘派令嬢とはいえそこそこレベルを上げた冒険者の、しかも男の身体のわたしにフォーク一本で渡り合うってマジ?)
甘く見たら負ける。これはおそらくわたしの強さに合わせて敵の強さが底上げされているゲームの仕様によるもので、多分だけどさらにヤンデリカはこのイベントのボスとして設定されているのだ。
(だとしても、あんたなんかに絶対負けないからね……!)
わたしはヤンデリカのボディを蹴飛ばした。なんかボコッとした変な感触だ。中になんか革の鎧でも着こんでるんだろうか。スパダリタキシードはカッコいいだけで防御力はあんまり高くない。だとしたらしくったな……。
「きえぇっ!!」
「うるさいんだよさっきからキイキイと!!」
連続で突き出されてくるフォークをマチェーテで弾く。わたしのマチェーテもヤンデリカのフォークに弾かれる。時々お互いの身体をかすりながら、二人の得物はひっきりなしに金属音を立てて、パーティー会場に何度も火花を散らした。
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