58.まりえとセクハラ対策
「あ……あの……。いけません……」
「おや? エスマイラ嬢はどうなされましたかな?」
「ずいぶんと顔が赤いようですが……」
イスマイルはいつもの彼らしくないおとなしさでぎゅむぎゅむとお尻を揉まれるのに耐えている。貴族のパーティーのど真ん中でいつものように魔法で不届き者を蹴散らしたりしたら依頼が失敗してしまうので我慢しているのだ。もしくは、心まで女の子になっちゃってるから怖くて動けないのかも……。
(く、くっそ~! そのお尻はわたしのなのに……! 違う、そうじゃなくて! わたしがこういう目に遭わないようにあんなに反対してくれたんだ、イスマイル……!!)
わたしは不埒な所有欲と純粋な感謝の間でゆらめきながら、彼を助けるために素早く動いた。
「危ない! ムッシュゥ!」
「な、何をするのだ従者風情が無礼な!」
ひとのお尻鷲掴みにしておいて何が無礼だよと思いながらも、わたしは貴族のスケベおじの手首をつかんでイスマイルのお尻から遠ざけた。そしておじが次の言葉を発する前にたたみかける!
「命拾いしましたね。もう少しで死ぬところでした!」
「な、何? 命拾い? どういうことだ!?」
「エルフの女性のお尻からは毒針が出るのですよ! 大昔に羽の生えた妖精だった名残だそうです。ですから後ろからは絶対に男女の営みはしないのだとか……。お耳に挟んだことはございませんで?」
「なんだと? それは真なのか?」
もちろん大ウソでーす。でもこの国にエルフがイスマイルしかいなくて、エルフの国についても誰も知らないなら何言っても全然バレませえん! ぴっぴろぴ~!
「もちろん激しい刺激を与えなければそうそう出ることはないのですが……。いやあ、アクシデントでしたねえ! よろけた拍子にうっかり掴んでしまうだなんて! もうちょっと強い力だったら危険でした! 皆さまもくれぐれもお気をつけくださいませ~!」
「なんと。それは真なのですか? エスマイラ嬢」
「え、ええと……。すみません。記憶があいまいで……でも、大昔に羽の生えた妖精であったことは確かです。私の先祖が蜂にゆかりのある妖精でないとは断言できず……」
わたしを涙目で睨みながらイスマイルは話を合わせてくれた。これあとでめちゃくちゃチョップされそうな気がするけど、許されたいっ!
「おやおや、ジオケベス卿におかれましてはさすが気持ちがお若い」
「いけませんぞ~、エルフの姫にオイタをして毒針で刺されるなど、歴史の書に残ってしまいますぞ~」
「ほ……はは、やめてくださいよ~、うっかりよろけて手を付いてしまっただけだというに~、なあ、エスマイラ嬢? 失礼いたした、ははは!」
「いいえ……、そんな……」
周りのおじ貴族たちはスケベおじ貴族を囲んでげらげらと盛り上がり始める。こういう一番最初に触っちゃいけない女の子にタッチした奴すげーぜみたいなはしゃぎ方をおっさんになってもするの、貴族も変わらないよな~。げろげろ。
「エスマイラ嬢、びっくりしましたな。シャンパンはいかがですか? なかなか悪くないですぞ」
「こちらのは令嬢にも飲みやすいですよ」
「その、一杯だけで充分ですので……」
スケベおじをなんとかあしらうことができたかと思ったら一息つく間もなく、今度はお酒をあちこちから勧められているイスマイル! ちょっと苦み走った風の別のおじ貴族が飲みやすいですよっていって勧めてるお酒、わたしもさっき舐めてみたけど結構強かったぞ! 強いお酒を騙して飲ませて、イスマイルをどうするつもりだ、苦おじ!
(うがーっ! マジでエスコートすんならあんたもイスマイルを守れ~!! ボケヨワール!!)
さすがにヨワール様にも助け船を出してほしくてあたりを見回すけど、パーティーの主役のヨワール様はどうやら独り身の令嬢のいる貴族家に挨拶に行っている! まあ確かにな! お宅の娘さんうちにどうですかって話するのに爆美女を横に置いておけないか!
「そのくらいで、ムッシュゥ」
「おや……君もかわいいね……。君は男の子なのかい。残念だ」
「エスマイラ様はお酒より甘いものを好んでおられます。そちらのフルーツパンチのほうをお勧めになられたほうが印象がよろしいかと……」
「そうかい、思ったより少女のようなのだね……」
そんなふうにイスマイルに降りかかるセクハラの火の粉を頑張って払っていたらさすがにおじたちもわたしが番犬になっているということを察したのか、はたまたそれぞれの政治的な思惑のある交流をしたくなったのか、まあとにかくイスマイルに群がるのはやめてくれた。
「ねえ、あなた。結構可愛いじゃない? ワタクシたちとお話ししましょうよ」
「えっ? へえっ? ボクですか?」
そうかと思ったら今度はわたしが令嬢たちに捕まった。てか、気づいたら囲まれている! 違うでしょ! このパーティはヨワール様の新しい婚約者に立候補するべき場じゃないの!?
「見慣れない顔ですわよね。名前はなんとおっしゃるのかしら?」
「まり……、えー、マリオと申します。つい先日まで孤児院にいました。ヨワール様に引き立てていただいて従者見習いをしています」
「あら、もしかして仕える家を探している最中ということ? それならうちにいらっしゃいな」
「あら、ずるいですわあ、あてくしもちょうどこんな可愛らしい従者が欲しかったんですのに」
「うちのほうがいい待遇で雇えますわ」
あら~、ぼくマリオっち、令嬢にモテモテ!
(マンマミーヤ! 転生したら美少年だったのでパーティーで令嬢に引っ張りだこになっちゃいました! じゃん! なんかわりと悪くない気分だな……男の子のハーレム願望ってやつがわたしにも……?)
町娘ほどきゃぴきゃぴしていないけど、かなりテンションの上がっている様子な令嬢たちにでれでれと笑顔を返す。そんな中、急にたおやかな柔らかい腕がわたしの背後からそっと抱きしめてきた。
「申し訳ございません、マリオはこのあと私の故郷を探す旅に連れて行くことが決まっておりますので、皆様の高貴な美しさであまり惑わせないでいただいてもよろしいでしょうか」
「イ……エスマイラ……様っ」
背中におっぱいの柔らかい感触とっ! 耳に甘いいい匂いの息を感じる! それだけでわたしの全身の血液があわ立って、耳も顔も熱くなってしまった。
(い、イスマイルったら! 距離が近い! もしかしてさっきのお尻から針の嘘の仕返しのつもりか~?)
照れまくっているわたしの様子を見て令嬢たちは「あら」という反応をする。このあとわたしを取り合ってひっかき合いのキャットファイトが勃発しちゃうか? と思ったけどちょっと予想と違う反応だった。
「あらあらまあまあ、お二人はもしかしてそういう……?」
「あら~っ、エルフのご令嬢と可愛い従者のおねショタ主従……。エスマリってこと?」
「いえいえ案外マリエスかもしれませんわ……」
「きゃあっ……。年の差下剋上? 種族違いラブ?」
「ショタおね、いいですわね~。推せますわあ」
令嬢たちはわたしたちの関係を勝手に想像して納得してくれて、推し活モードに移行したようだ。抱きしめたまま離してくれないイスマイルの顔を振り返ると、彼は爆美女フェイスのまま破壊力抜群のウィンクをしてきた。
(はわわ……お姉たま……♡)
雄の欲望に突き動かされて鼻血がでそうな私の背中からイスマイルがすっと離れる。名残惜しさを感じながら完全に振り向くと、ようやくヨワール様が戻ってきたようだ。
「お待たせして済まなかったね。そろそろパーティーはダンスの時間になるんだ。ぼくと踊ってくださいますか? エスマイラ」
「……ええ、喜んで」
ヨワール様はかっこいい礼をして、イスマイルの手の甲にキスをする。イスマイルもそれに応えて、二人はホールの真ん中に出ていく。予定通り、わたしも把握済みの展開。だというのに、その光景を見送るわたしの胸はちりちりと焦げる。
(く、くっそ~!! わたしが、わたしがイスマイルと踊りたいのに~!)
わたしの歯ぎしりをよそに、楽団の奏でる音楽のワルツに合わせて貴族たちのダンスが始まった。
面白かった、続きが気になるなどございましたら感想、評価、ブクマ、いいねなどで応援いただけると嬉しいです。




