57.まりえとパーティー
ヨワール様が用意してくれていた控室で待機していると、伯爵邸の敷地内に豪華な馬車が次々と入ってくるのが窓から見えた。
(おお……、本当に貴族のパーティなんだな……。馬車から降りてくる人たちの装いが凄い……)
わたしは元々ややロリータ入ったショップの店員なので、本物のドレスなんか見ちゃうと興味で心が動いてしまう。そんなわたしをよそに隣ではイスマイルとヨワール様が今日のパーティー中に言い張る設定について最終確認をしていた。
「私は盗賊に襲われていたところを移動中のヨワール様に助けられた旅のエルフの令嬢です。咄嗟に呼び間違えても聞き間違いということにできるように、名前は『エスマイラ』と呼んでください。ちょっと! まりえさんも確認しなさいよ。あなたは誰ですか?」
イスマイル改めエスマイラ様はすっかり落ち着きを取り戻したようで、いつものしっかり者の振る舞いに戻っている。ちぇっ、なんだい。わたしはまだあなたの色香にめろめろになってる最中だって言うのにさ。
「はーいエスマイラ様! ボクはエスマイラ様の従者を申し付けられました、マリオと申します。孤児院で暮らしていたところをヨワール様に引き立てていただき、本日見習いとしてパーティーに出席させていただいております。至らないところもあるかと思いますが、よろしくお願いします」
「よろしい」
「エヘッ」
「その顔はよくない!」
男の子になっちゃったわたしは爆美女イスマイルに褒められると勝手に目じりが下がってデレッとなってしまう。イスマイルはそんな私のだらしない顔を咎めて、白魚のような手でチョップを食らわせてきた。それすらご褒美みたいでめちゃくちゃ嬉しい。ううん、好きな女の人に構ってもらえる男の子の気持ちやばぁ!!
(でもやっぱりいつもよりか弱いチョップだぜ……。守らねば)
パーティーはボッチパーティ伯爵邸の大広間……ボールルームで行われる。そこは建物の構造上メイン玄関と直結していた。衛兵さえ突破できれば侵入者は簡単に到達できてしまうだろう。
「まずは子爵や男爵などの下級貴族、大商人などが先に入場してきます。わたくしたちは主催ですので最後に入場ですわよ」
シキリーヤ夫人の説明からほどなく、大広間の方から楽団の奏でるBGMが聞こえてきた。ちらほらと人が入ってきているようだ。
(なるほどねえ……立場の低い人たちを先に入れて会場をあっためておいてからほんとに優先させたい立場の人たちを後から投入するわけだ。大トリで主催がママと入場するのは確かにバツが悪いだろうなあ)
そんなことを考えながら待機していると、とうとうわたしたちが会場に入る順番が来た。
「それでは皆様お待たせいたしました。ボッチパーティ伯爵家の入場でございます」
主催であるヨワール様は大広間をぐるりと囲むバルコニー状の回廊へ出る大扉から、イスマイルを伴って入場する。従者であるわたしとシキリーヤ夫人はその後から続く形だ。ちなみに主のボッチパーティ伯爵は本日は不在らしい。まあ、ヤンデリカ嬢とヨワール様の婚約がオジャンになっちゃったことでケルナグール侯爵家と繋いでたパイプも一緒に駄目になっちゃったわけで、いろいろやることがあるのだろう。わたしのゲームクリアとは関係ないことだけど。
「おお、あの女性は?」
「なんと美しい……どこの令嬢だ?」
「耳が独特な形状をしていますな」
ドアを開けた瞬間、階下からわっと歓声が聞こえる。歓声というよりどよめきといった感じだ。無理もない。ぼっちでしょんぼり入場すると思っていたヨワール様が見慣れない爆美女エルフを伴って現れたのだから。
「皆様、今しばらくご静粛にお待ちください」
パーティーの来賓客にわたしたちを紹介していたのは絵に描いたようなロマンスグレーの執事さんだった。名前は聞いてないけど多分セバスチャンとかウォルターとかそういうかんじだろう。セバス(仮)が楽団に目配せすると演奏の音量が控えめになり、単調でおとなしい曲に変わった。それに従ってがやがやとした貴族たちも声を落とす。さすが貴族。お上品だ。
「本日は我がボッチパーティ伯爵家主催のパーティーにお集まりいただきありがとうございました。今回ご招待させていただいた家の皆様方におかれましてはわたくし、ヨワール・ボッチパーティとケルナグール侯爵家令嬢のヤンデリカ嬢との婚約関係が解消されたという噂はすでにお見知りおきの上かと存じております」
ヨワール様のスピーチを後ろで聞きながら、わたしは貴族ってマジで大変だなと思った。
(自分の婚約とその失敗が当たり前のように他所の家に知られてて、傷ついた名誉を挽回するためにわざわざパーティ開かなきゃいけないんだものな……。言ってみれば芸能人とか政治家の記者会見みたいなものか)
まったく他人事なのでどうでもいいことを考えているわたしをよそに、スピーチは続いていく。
「様々な情報が錯綜していることを察してはおりますが、今回の関係解消はわたくしとヤンデリカ嬢、お互いの不徳の致すところによるもので、無事円満な話し合いを持っての解消となっておりますのでどうかご安心くださいませ。今日まで我が家の家名を案じていただいた皆様におかれましてはご迷惑をおかけしました。こうしてお集まりいただいた皆様方の恩情を賜り、本日は不肖ながら健在である我が家の再出発の日を祝う夜会を開かせていただきました」
な、なっげ~! よくこんな難しい言葉で長々とスピーチができるものだとわたしは舌を巻く。ヨワール様ってオフではちょっとポンコツだと思ってたけど、考えてみれば未来のボッチパーティ家を背負って立つ次期伯爵なんだものな……。
「わたくしヨワール・ボッチパーティは未だ独り者の若輩ではございますが、今夜を機会に今後また良き出会い、新たなご縁を賜りたく、皆様のあたたかなお力添えをいただければこれほど名誉なことはございません。さて、このような良き日にふさわしい賓客を皆様にご紹介させていただきます。遠く神秘なるエルフの国より招待に応えてくださいました高貴なる令嬢、エスマイラ様でございます……!」
まあ要するに「なんかヤンデリカと婚約解消しちゃったんだけど、別にぼくちんが悪いわけじゃなくってなんていうの? 性格の不一致っていうかそういうかんじだからもうあんまり悪い噂流さないでね? うちは全然こんなんノーダメだから。でも新しいお嫁さん候補は全然募集中! 今日来てくれたフレンズには珍しいエルフのお嬢様見せてあげるから、協力お願いね~! うっすうっす!」くらいの内容だと思う。
「以上、ヨワール様のスピーチでございました。それでは皆様、しばしご歓談をお楽しみくださいませ……」
セバス(仮)がこの場を締めると、イスマイルのことが気になってうずうずしていた紳士たちが静かに、しかしどわっと集まってきた!
「ごきげんよう、エスマイラ様。いやあお美しい。エルフの国からいらしたと先ほどご紹介いただきましたが、寡聞にして存じ上げておらず……。故郷はここから遠いのですかな?」
「ごきげんよう。お恥ずかしい話、この国を旅している最中に盗賊に襲われてしまいまして、頭を打ったショックで記憶に抜けがあるのです……お答えできなくて申し訳ありません」
「なんと、それは災難でしたなあ~」
近寄ってくる紳士たちはどいつもこいつも、目はわたしに迫ってくる時のワルブレヒトやオンドレアとおんなじ、ギラギラと勃ちあがった猥褻な目をしていた。お貴族でも性欲は平民と同じだ。
イスマイルはそれをうまくいなしながら会話しているが、さっきからちょいちょいさりげないボディタッチを受けている。
ちょっとヨワール様、あんたがエスコートしてるんだから止めてよ……と思ってヨワール様の顔を見ると、なんとこいつ見て見ぬふりをしている。
(あっ、こいつ! もしかしてとは思ったけどイスマイルを人身御供にして貴族たちに今後いろいろと便宜を図ってもらおうっていう魂胆か!)
許せねえ~、と思いながらイスマイルの真後ろに滑り込もうとしたわたしは、横合いから伸びてきた太い指がイスマイルの白いドレスのお尻をむんずと掴んだのを見てしまった!! ゆ、許せねえ!!
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