56.まりえと大興奮
「……!!」
「えっ……あ、あなた、まりえさん……!?」
扉から出てきたそのひとを目にした時、わたしは声が出なかった。そのひとはあまりに美しすぎたからだ。
そのひとのまわりの空気にだけラメパウダーが舞っているかのように光り輝き、一瞬目がおかしくなったのかと思った。
「あ、あんまり見ないでください。私、自分に戻れなくなる……っ」
そのひとの発したその言葉を聞いて、どくんっ!! と。わたしの身体の真ん中でどでかい音がした。手や足の先、あんまり言いたくない場所や髪の毛一本一本の先まで、全身のありとあらゆる場所の先端にまで急激に血液が流れ込んでいく濁流を感じる。
「あ、そっちも仕上がったのね? きゃあ、可愛い。すごい美少年!!」
「そっちこそ、こんなにすごい完成度初めて見た……!! 髪の毛は全部結わなかったのね?」
「そうそう、あんまりに髪の毛がサラサラすぎてまとめ髪にするのは無理だったのよ。でも飾り編みは頑張ったから!!」
見つめ合うわたしたちをよそに化粧師さんたちがお互いの健闘をたたえ合うけど、わたしは目の前の『彼女』を目に焼き付けるのに必死で、きゃいきゃいとしたかしましい声はどこか遠くで発せられてるように聞こえた。
「ま、まりえさん……その。目が怖いです……」
そのひとは髪を一部だけ複雑に編まれたハーフアップにしていた。残った髪は流れるように彼女のたおやかな肢体を包み込み、きらきらと輝いている。
そしてなんといっても見事なのは純白のドレス! 貴族から借金のかたに取り上げたというドレスはかなり上等なもののようだった。中世的世界観にしてはモダンなマーメイドラインのドレスは、白いカラーの花弁を逆さまにしたような印象で、彼女自身を巨大な花であるかのように飾っている。それは悪魔的なまでに彼女……イスマイルに似合いすぎていた!
「イスマイルッ……!! ちょっとマジでッ……、あなたってばいい女すぎない!!???」
「言わないでくださいよっ!! あなただって! なんですかそのタキシードはっ!! 私普段はこんなじゃないのに! おかしくなってる! どうして!?」
露わになった肩まで真っ赤にして顔を覆っているイスマイルに対して、わたしはギンギンと妙に冴えた目をそらさない。興奮のあまりに鼻血が出そうだった。興奮。そう。わたしはハッとするほどに興奮していた。
(やばい……。なんていうかほんとうにやばい。わたしの理性とか無視して、身体全体が『目の前の女を自分のものにして、なんとしてでも自分の子供を産ませろ』みたいな命令を発している!! 男の人の『好き』ってこんなに生殖欲と直結してるの!?)
現実の男の人がこうなのかどうかは知らない。だけどこのゲームの中ではそうなんだ。だからワルブレヒトのエンドもオンドレアのエンドもあんなめちゃくちゃ動物的な結末になるんだ……。怖い……けど、逆らえないくらい欲求が体の中で突き上げてくるッ!!)
今にも両手を突き出してイスマイルの胸元のダブルマッターホルンの頂上を攻めてしまいそうになったわたしを正気に戻したのは、廊下に響く拍手だった。
「あらあらあらあらまーまーまーまーまー!! 二人ともなんて素敵なの!? これならパーティーの皆さんの話題をかっさらうことが出来そうですわ~!!! 化粧師の皆さん、グッジョブグッジョブですわよ~!!!!!」
「奥様、もったいないお言葉ですっ!!!!」
「化粧師一同、持てる技術を駆使して頑張りましたっ!!」
「あなたたち最高よ~! 今度の休暇にみなさんでオペラに行けるようにボーナスを約束しますわ~!!」
シキリーヤ夫人の甲高いマシンガントークの勢いに驚いたおかげで、わたしの湧き上がる獣欲はなんとかおとなしくなってくれた。ほっとする間もなく、夫人はわたしを突然抱きしめる!
「ふぎゅう!!」
「あなた~!! なんて可愛い若いツバメなのかしら~!! まだおうちでママの咥えてきたごはんをクチバシ開けてぴよぴよ待ってそうに幼いのに、目の奥にしっかり雄を秘めているのね~! いいわよ~!! たくさんオヤツをあげたくなっちゃうわ~!!」
わたしが夫人に捕まっている間に、イスマイルのほうにはヨワール様が近づいていた。自分が男になるとわかる、いいものを食ってすくすく育った優秀なオスの脅威! わ、わたしのイスマイルに近づくな~!!
「い、イスマイル……。あなたはなんて美しいんだ……。このパーティーが終わったら本当にぼくの婚約者にならないか……」
「ダメーっ!!」
「いえ、お断りします。あくまでも今日のパーティー限定の関係でよろしくお願いします」
「ああ、そんな……。疾風迅雷とはこのこと……」
ヨワール様が告白即失恋したのを見て、わたしは胸をなでおろす。安心したせいか、自分がなんのためにここでこうしているのか思い出すことができた。
(そうだ。武器の持ち込みの話がどうなったかヨワール様に聞いてない。でもこの人結構ポンコツだからな……。となるとシキリーヤ様にお願いした方がよさそう)
わたしはまだわたしを抱きしめたままのシキリーヤ様に耳打ちした。
「シキリーヤ様、シキリーヤ様。ボク、シキリーヤ様にお願いがあるのですけど」
「あらどうしたの、ツバメちゃん。ママになんでも言ってごらんなさいな」
「ヨワール様を守るために、ボクの武器をパーティー会場に持ち込むことって許可していただけませんか」
「まあ、パーティー会場に武器を? 別室ではいけなくて?」
なんかこの感じだとヨワール様、シキリーヤ様に別室にマチェーテを置いておくこと話してなさそうだよな……。思い出してよかったぜ。
「ことがおこってから別室に取りに行くのでは間に合わない可能性があります。何も知らない人ならそんなところに武器があるなんて思いもしないところ……そんなところに武器を隠すようにします。どうか許可をください」
「ん~、パーティー参加者の武器の持ち込みを許可したって夫にバレたら怒られそうだけど……でもそれならいいわよ。かわいいツバメちゃんの頼みだもの。ママが特例で許しちゃう♡」
「ありがとうママ、ボク、ママみたいな人の子供に生まれたかった……」
「あらうれし~! ほんとにうちの子になってもいいのよ~!」
思ったよりぜんぜん簡単におっけーもらえた。容姿を利用して力のあるマダムを動かす……。ほんとに魔性の美少年になったみたいだ。なかなか気持ちいいな……。
「想いが成就しなかったのは残念だが、あなたほど美しい女性をエスコートすることができれば、ヤンデリカのことなど話題にも出ないだろう」
「過分なお言葉いたみいります。ボッチパーティ家の再出発に貢献できることを光栄に思います」
まだ未練がありそうなヨワール様の上目遣いをスーンとかわすイスマイルも、さっきの初々しくて可愛い反応はどこへやら。
(イスマイルもこのゲームの女の子らしくカッコいい男の人には無条件でめろめろになっちゃうのかと思ったけどそうでもないみたい……)
じゃあさっきのあれは何だったんだろう。わたしがあまりに美少年だったから? そうだったら悪い気はしないな。わたしは妙に優越感をくすぐられてふんすと鼻を鳴らした。
「さあ、これでパーティーの準備は全て整いました。ほどなく招待した貴族たちが到着しますわ。我がボッチパーティ家の開催するパーティーが成功するように、みんなで頑張りましょう~!」
シキリーヤ夫人はわたしから手を放すと、また廊下に良く響く音で掌をパンパンと鳴らした。
(しかし、イスマイルがこんなに男の欲望をそそる女になっちゃうだなんて……ヤンデリカ嬢が現われても現れなくても、わたしがイスマイルのことを守らなきゃ)
イスマイルのドレスから覗く美しい背中に惑わされそうになりながら、わたしは心に誓うのだった。
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