55.まりえと大変身
さて、そんなこんなでパーティー当日がやってきた。わたしとイスマイルは早朝にこっそり待ち合わせをして、ボッチパーティ家の馬車に乗り込んだ。ちなみに貴族の馬車には基本的に家紋が刻印されていて、見たらすぐにどこの家の馬車かわかるようになっているらしい。でも今日の馬車はわざと家紋を外してあり、乗るときに前もってヨワール様に渡されていた割印で身分証明をした。
家紋のない馬車は貴族街の入り口で衛兵に止められたけど、お忍びであるということで無事に通される。わたしたちはまだ貴族街への通行証をもらっていないけど、ボッチパーティ家の賓客であるということで通してもらえた。
「わあ……貴族街の中って初めて見たあ……」
「私も入ったのは初めてですね……。なるほど、建築から道に敷いてあるタイルから全部下町とは違いますね」
イスマイルを同行者にしたのはわたしが初めてのはずだから、イスマイルも貴族街が珍しいらしい。いつもスンとしている彼らしくなく、馬車の窓から見える見知らぬ街にちょっと浮足立っているようだった。
この世界のことをなんでも良く知っている彼にも初めて見るものというのはあるのだ。二人ともおのぼりさん。イスマイルと一緒ということがなんとなく嬉しく感じた。
「また何をニヤニヤしているんですか、不真面目な」
「イスマイルだってちょっとそわそわしてるよ」
「してません、ただ初めて入る区画が感慨深いだけです」
ぷいとまた窓の外に目をやってしまうイスマイルだけど、よく見ると尖った耳の先がうっすら赤く染まっていた。へー、照れてんだ。へー。可愛いんだ。
「服用意するのにお金かかったし、イスマイルの分も許可証出してもらえるか頼んでみるね。うまくいったら貴族街で一緒に買い物しよ」
「お金を返すためにやってることなんですよ。忘れないようにね」
「はーい」
あーだこーだと話していたら、ほどなくボッチパーティのお屋敷に到着した。伯爵家というだけあって、なかなかの豪邸だった。
馬車のまま敷地に入ると、まずは母屋ではなく別邸に通される。どうやら客人を待たせておくための建物のようだった。
「こちらでお待ちください」
メイドさんに案内されてテーブルと椅子のある部屋で待たされた。わたしがスイーツショップで着てるコスプレみたいなミニスカメイドじゃなくてマジのクラシックメイドだった。本物初めて見た~、ゲームだけど……。
高級そうな調度品などをきょろきょろ見ていると、扉が開いてヨワール様がやってきた。初めて見るご婦人も一緒に入ってくる。着ているドレスを見たところこの人も貴族。わたしは椅子から立ち上がり、見様見真似のカーテシーでお辞儀をした。
馬車の中でイスマイルから「あなたヨワール氏にめちゃくちゃフランクに話してましたけど基本的に平民から貴族に話しかけるの、不敬ですからね。あっちが口を開くまで黙ってなさいよ」と釘を刺されていたので内心ドキドキしていた。
「お母様。錬金術師マリエ・ス・カラカンと金貸しイスマイルです。今回のパーティでぼくのパートナーと従者の役を引き受けた者になります」
ヨワール様に紹介されて、目の前の女の人がヨワール様のお母さんだということがわかった。ということは伯爵夫人だ。ひえ~、めちゃくちゃ怖かったらどうしよう!
「あらま~!! このかわいい娘がヨワールのパートナーになるの? ということはこちらの殿方が従者? あらあらあら、耳長なのねえ!」
「お母様、違います」
「パートナー役の方が耳長だって聞いてたけど、違うの? それとも殿方をパートナーに? だめよ~、同性を愛人にするくらいは珍しくないけど令嬢がたが色めきたっちゃうわ!」
「お母様、違います。それにまだお母様のほうの紹介が終わっていませんので……」
あ、怖くない奥様だ。伯爵夫人の突然のマシンガントークにわたしはほっとする。普通に喋り出すとやかましい感じのおばちゃ……マダムだったね。
「あらあらわたくしったら、二人ともあんまり見目麗しくて可愛らしいから嬉しくなってしまいましたわ~。わたくし、ヨワールの母のシキリーヤ・ボッチパーティ伯爵夫人と申しますわ。あまり気を張らずに、わたくしのことはシキリーヤと名前で呼んで欲しいですわねぇ~」
「シキリーヤ様……あぶえ」
伯爵夫人……シキリーヤ様は突然わたしのほっぺを両手で挟んでむにっと潰した。
「お母様、話が進みません。前もって話していた通り、カラカン嬢は下町の錬金術師です。二人は錬金術で性別を変えることができるので、こちらのイスマイル氏が令嬢に成りすましてぼくのパートナーとしてパーティーに出席することになります」
「まあ、そうなのね……。錬金術って本当に不思議なのねえ」
わたしもそう思う。錬金術師って本来こういうもんじゃないよね。
「なるほど、やっと理解できましたわ! そういうことなら、さっそくパウダールームに案内しましょう。ボッチパーティ家自慢の化粧師がお二方を今日のパーティーにふさわしい目の覚めるような令嬢と従者に仕立て上げてさしあげますわ!」
シキリーヤ様が両手をあげて高らかに宣言すると、扉がバァンと空いて使用人がぞろぞろと何人も入ってきた。最初に通してくれたメイドさんたちとは服装が違う。どうやらこの人たちが化粧師らしかった。
「さあ、メイクアップの時間ですわ! あなたはこっち、あなたはこっちね~!」
わたしとイスマイルはあれよあれよといううちに別々の部屋に押し込まれる。中には大きな一枚鏡と色とりどりの化粧品、綺麗なリボンや帽子がたくさん用意されていた。
「ねえ、あなた男の子になれるんでしょ? すごーい!」
「今すぐなって見せて!!」
化粧師さんたちは18歳ボディのわたしとあまり変わらないくらい若くてきゃぴきゃぴしている。わたしはイケメンが好きだけど可愛い女の子たちにきゃあきゃあ言われながら囲まれるのは割と悪い気はしない。
「おっけー、じゃあ見ててね……よ、と」
わくわくと見つめる化粧師さんたちの前でヘアピンを挿して見せると、前もやった通り胸がすとんと軽くなった。
「あれ……、これで終わり? あんまり変わらないね」
「いや、それは仕方ないよ。男の子になったからって基本的にはわたしなんだし……」
「あ、でも声がちょっと男の子かも!」
「え! じゃあ今女装少年状態ってこと? たぎる~!!」
「え~、男装しちゃうのもったいなくない?」
いろいろと勝手に盛り上がっている化粧師さんたち。まあ女装少年に対するロマンはわたしもオタクなのでわからないではない。
「そうだけど今日はお仕事で来てるから……。スパダリタキシードを用意してあるから、これで貴族付きの従者を一丁仕上げてほしいの。 みんな協力してくれる?」
「ん! そういうことなら!」
「喜んで!」
「腕が鳴るわ!」
わたしが上目遣いで頼むと、化粧師さんたちの目つきが変わった。さすが貴族に専属で雇われてるプロだ。彼女たちはあっという間にわたしのチョコミントドレスを脱がせ、スパダリタキシードに着替えさせてしまう。
男の子の体格になっているとはいえ首から上は美少女なのがアンバランスだ。その仕上がりをまじまじと見つめた後、一番年上でベテランらしい化粧師さんがわたしの顔に筆を入れていく。
「あなたは髪を編んであげて。せっかくヘアピン使ってるんだし、前髪半分あげちゃいましょ。顔は整ってるから、そんなにいじらなくてもよさそう……やっぱり眉毛よね」
「美少年っぽさ強調したいからビロードのリボン使ってもいいですか?」
「あなたセンスあるわね、いっちゃいなさい」
「わ、わ~……どうなっちゃうんだろう」
寄ってたかって手を入れられて、鏡の中のわたしはどんどん少年になっていく。それこそ魔法でも見てるみたいだ……。
「できた! どう? なかなかいいんじゃない?」
「わわわ……これがわたし……」
出来上がったわたしの姿はいつものマリエちゃんとは別人のようだった。前髪をすっきりさせて凛々しい眉毛を見せ、ピンクの髪は後ろで長いみつあみに結いあげて茶色いビロードのリボンで飾っている。だというのにガーリーなわけではなく、タキシードの色とピンクの髪の間にグラデーションのある挿し色アイテムとしてオシャレさを出していた。
「すごい! ありがとうございます!」
「きゃああああああああっ♡♡♡」
わたしが化粧師さんたちにお礼を言うのと同時に、隣の部屋からイスマイルを見ていた化粧師さんたちのハートまみれの悲鳴が響いてきた。
どうやらイスマイルの方も仕上がったようだ。き、気になる~!!!
「イスマイルも支度できたの? 見せて~!!」
わたしはわくわくする気持ちを抑えきれず、パウダールームのドアを開けて廊下に出た。
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