54.まりえとにぎやかご飯
「ところでボッチパーティ様。今回の依頼に至る原因は攻撃的で加害性があり問題行動のあった元婚約者、ケルナグール侯爵令嬢であると聞き及んでいます。彼女が今回のパーティーに出没するという懸念はないのでしょうか」
これまでわたしたちは「平民の二人が貴族のパーティーにどういうふうに出席するか」の話し合いだけをしていたのだけれど、それが済むなりイスマイルはすぐにヤンデリカ嬢の話を切り出した。
普通に考えたらもうヤンデリカ嬢は僻地に収容済み、パーティーに乱入してくる心配についてはもう済んだことなのだけど、これはゲームのイベントである。わざわざ名前付きのやべー令嬢NPCの情報が提供された以上、あとからそいつが出てくる可能性は大だ。確かに警戒した方がいい。
「実は……数日前、ぼくがこの街でカラカン嬢と話していた頃合いですが、ヤンデリカが収容されている施設から脱走し行方不明になったという知らせを受けました。現在捜索中です」
「は!? なんでそんな大事なこといままで黙ってたんですか~!!」
絶対最初に言っておかなきゃいけないようなことを今まで黙っていたボッチパーティ様に食って掛かるわたし。やっぱこの人ポンコツだよ!
「いえ……、別に黙っていたつもりは……。そちらの方の美しさに気圧されてしまって、言うタイミングを失っていただけで」
「なるほど、聞いておいてよかったです。ふむ……」
ヨワール様の熱視線を涼しく受け流すイスマイル。気にせず何か思案しているようだった。わたしも気になったことをヨワール様に聞くことにした。
「でも貴族令嬢ですよね? 取り巻きとか部下に命じて危害を加えさせたりしてたんでしょう? 今となっては味方もいない身一つで、お嬢様に一体何ができるんです?」
わたしの質問を聞いて、ヨワール様は頭痛を我慢するような仕草をした。
「いえ……ヤンデリカは他者を使ってではなく、素手で自ら令嬢たちの手足を折るなどの怪我を負わせていました……」
いーっ! この頃流行りの武闘派令嬢の方だったか。これはヤンデリカ嬢をボスとした戦闘イベントがありそう! となるとわたし、素手ではちょっと困ってしまうぞ……。
「私は魔法が使えるので手ぶらでも平気ですが、ケルナグール侯爵令嬢が無差別に参加者に危害を加える可能性もあります。マリエ・ス・カラカンに帯刀の許可をいただきたい」
「帯刀を? パーティ中は屋敷の入り口を衛兵に守らせ、参加者は誰であろうと武器を預けていただくことになっています。カラカン嬢だけに許可するわけには……」
まあ確かになあ……。衛兵でもないのにパーティー中に一人だけ武装してるやつがいたらあいつ何? ってことになるか……。
「あっ、じゃあこういうのはどうです? ボッチパーティ家の私物としてわたしのマチェーテをなんか起きた時にすぐ手に取れるような別の場所に保管しておくってのは」
「それならまあ……。なんとか……。お父様を説得する必要がありますが……」
「そこはさすがにボッチパーティ様に奮闘していただきたいですね。察するに今回のパーティーはケルナグール侯爵令嬢との婚約破棄騒動で傷のついたボッチパーティ伯爵家の健在および再出発をアピールする催しなのでは? その采配をうまくやりとげることでお父上を安心させることもできるでしょう」
「確かに……そうかもしれない!」
イスマイルとふたりがかりで説得して、なんとかボッチパーティ邸へのマチェーテ持ち込み許可を取り付けることができた。あとはパーティーの進行とか、その時にやることなどを確認し、パーティー当日の朝にまた迎えに来ると言い残してヨワール様は帰って行った。
「あ~、なんか疲れたよ」
「私はもっと疲れましたよ。もしかしてとは思っていましたがあなたたちほとんど重要な話しないまま当日を迎えようとしていたではないですか」
「うん、まあそうだね。でもさ、ヨワール様にわたしには聞かなかったこともいっぱい聞いてたよね。なんでわたしには聞かなかったの?」
「あなただって長々と私のお説教ばかり聞いていたくはないでしょ。依頼者に直接聞いた方がいいと思っただけです……」
ふう、とため息をつきながらイスマイルは髪に刺さったままだったヘアピンを抜く。わたしの良く知っている男のイスマイルが帰ってきた。
「やっぱりその姿の方が見慣れててほっとする」
「でしょうよ……。まったく、女性の立ち居振る舞いは大変だ」
「んわわわ」
ソファに深く腰を沈めるイスマイルの前に、ホムちゃんがお茶を運んできた。イスマイルはんわんわと給仕するホムちゃんを一瞥するとぽつりと言葉を口にした。
「そういえばですけど、ワルブレヒトって今どうしているんですか?」
「ああ、ワルブレヒト? なんか実家に呼び出されたとか言って出かけて行ったんだよね。それから戻ってこないんだけど。ワルブレヒトがどうかした?」
「いえ別に……。こうして私とあなたが二人でいる時に戻ってこられたらややこしいなと思っただけです」
「確かにねえ。最近はいじわるはやめてくれてたんだけど、イスマイルと出くわしたらキレ散らかしそう」
「私は本来この家には来ない者ですからね……」
ちょっと前のワルブレヒトだったら「もう寝たのか」とか「僕の形に直さなきゃ」とかキッショいこと言ってきそうだと思った。でも今のあの人だったら「誰だその男は! お兄ちゃんは許しませんよ!」系の方向にうざそう……。
「ということで、話も決まりましたし私は帰ります」
「え? もう帰るの? お夕飯食べて行かない?」
「……いいんですか?」
「わたし、もうしばらく一人でご飯食べてるんだよ~。ホムちゃんたちはいるけどさ、わびしくって死にそうだよ。せっかくまた来たんだし今日ぐらい一緒にご飯食べて!」
「クリアする前にわびし死にエンドを迎えられるのはさすがに困りますね。では夕食をいただいたら帰ります」
「やーったね! 今日は腕によりをかけちゃう!! イスマイルはそこで休憩しててね! わたしの代わりにいろいろ聞いてくれたお礼!」
「やれやれ……。家にいる時まで元気いっぱいなんですねあなたという人は……」
わたしはホムちゃんたちを引き連れて庭の家庭菜園に行くことにした。わたしがあちこち飛び回って戦闘とかしている間にどうやらワルブレヒトがここの面倒を見てくれていたらしい。毎日作ってくれていたご飯に使われる野菜も自分で育てていたのだろう。もしかしたら彼も駆け出しの頃を過ごしたこの家を守りたい気持ちがあったのかもしれないなんてちょっと思う……。
「まあそれは今はいいや! イスマイルたくさん食べるから沢山おいも掘るよ! ホムちゃんたちはトマトお願い!!」
んわんわわあわあとみんなで騒ぎながら採ったお野菜は、そのあとわたしの手によってひき肉とお野菜をマッシュポテトで覆ってチーズをたっぷり乗っけたどでかグラタンへと姿を変えた。イスマイルの目の前にどーんとそれを用意すると、彼はその迫力にちょっとびっくりしていた。
「さあ、遠慮なくめしあがれ!! 熱いから気を付けてね!!」
「え、でかくないですか?」
「イスマイルいっぱい食べるでしょ? ていうかいっぱい食べて。この量はわたしの愛♡」
「……っぐ。……あぁ~、わかりましたよ。感謝していただきます」
パンと作り置きを温め直したスープ、棚にあったアップルサイダーも出すとまあまあ豪華な晩御飯になった。イスマイルはその全部をふむ……ふむ……と確認するように味わってくれた。
「美味しい? イスマイル」
「ええ、とても美味しいです。錬金術師は料理がうまいと相場が決まっていますが、あなたも例にもれずそうなのですね」
「えへへ、もっと食べてね? 食後のデザートもいる?」
「いるに決まっています」
わたしは、美味しいねって言い合う温かく賑やかな食卓に憧れている。この後お別れすることが決まっていても、イスマイルを家に招いて囲んだ晩御飯を絶対に忘れないだろうと思った。
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