53.まりえと悪だくみ
三日後。ヨワール様がお忍びで家に来た。本来だったら貴族様を平民の家に来させるとか大変なことなのかもしれないけど、特に嫌がるとか怒られるみたいなことはなかった。そこらへんの設定はガバガバなゲームだ。助かる。
リビングには先に来ていたイスマイルがふんぞり返って座っている。まるで彼がこの家の主かのようだった。
「ええと……その、カラカン嬢……。その男は一体誰なのだろうか……。今回の話はぼくとあなただけの内密な話のつもりだったのだが……」
「私はイスマイル。マリエ・ス・カラカンの保護者です」
「なるほど……確かにカラカン嬢はまだ若い。保護者がいても不思議ではないな」
「え!? 保護者!?」
イスマイルの発言に当のわたしが驚きの声をあげてしまった。今の所イスマイルはわたしの同行者ということになっている。別にステータス画面の中で保護者なんて項目が増えたわけではない。まあ確かにイスマイルはエルフだし見た目よりもずっと年上なのだろうから、設定の上ではまだ18歳のマリエちゃんの保護者でもおかしくはないが……。
「ねえ、何言ってんのイスマイル。そんなの初めて聞いたんだけど……」
「いいから」
「良くないよ~……」
「さて、ボッチパーティ様。うちのマリエをパートナーとしてエスコートしたいとの話ですが……」
抗議する私を手でしっしっと払って、イスマイルは勝手に話を始めてしまう。てか今うちのマリエって言ったか? イスマイル、わたしのパパか? パパなのか?
「マリエは街の錬金術師として、冒険者『マチェーテ・マリエ』として名が知れています。貴族の方々は平民にさほど関心がないでしょうが、情報に長けた家であれば彼女が令嬢などではないことはすぐに看破されてしまうでしょう」
「え? そうなの?」
「なんで自分のこと把握できてないんですか。闇ギルドとパイプがある貴族だっているんですよ。オンドレアだってそれを利用して自宅を貴族街に構えているんです。あなたのこと知ってる貴族がいても不思議じゃないんですよ!」
えー、全然知らなかった。でもそうか、思い出してみればオンドレアエンドの監禁部屋のスチルの背景、お姫様みたいな天蓋付きベッドの豪華な部屋だったもんな……。貴族街の屋敷かあれ……。そうだよね。闇ギルドのボスだもんね……。
「そうか……。それは気づかなかったな……」
ヨワール様も気づかないんかい! わたしも人のこと言えないけど、この人も結構ポンコツだな……。
「パーティ当日でなんとかなっても、あなたたちどこの国のどういう令嬢なのかとかそういう細かい所もろくに決めてないんじゃないですか。貴族たちは抜け目ない。見たことのない令嬢の所属する国を把握し、恩を売ることでどんな恩恵を受けるのか探ってくるでしょう。マリエさんはこの王都の人間の特徴を強く持っている。下手したら詐欺の疑いで引っ立てられるかもしれませんよ」
「ええ……誰が誰を騙す詐欺だって言うの」
「平民が、貴族を騙す詐欺ですよ。言いがかりをつけられたら弁明は難しいでしょうね」
「あっ……」
「行きつく先は処刑バッドエンドですよ。運良く生かされたとしても、あなたが避けたいエンドとほぼ変わらないような末路になるんじゃないですか」
イスマイルはゲーム攻略側の話だけはわたしに小声で説明してくれる。わたしの覚えているバッドエンドは誰ともエンドを迎えられない上に借金も返せないと迎えることになる娼婦堕ちエンドだけだけど、これだけわたしの知らない展開が目白押しだったらバッドエンドの種類も増えててもおかしくはない……。
(そうか……。イスマイルが介入してくれなかったらポンコツ二人だけでなんとなくうまくいくっしょ! でゴリ押してたよな……。下手打ったら貴族の怒りを買って終わりになっちゃう可能性があるのか)
わたしはちょっと反省した。モンスターとか盗賊相手だったらフィジカルとおクチのプロレスでなんとかなってたけど、貴族相手ではそうはいかないのだ……。
「私の言いたいことがわかってもらえましたか? 失敗したらボッチパーティ家もどんな誹りを受けるか。もう一度やり方を考え直した方がいいです」
「……悔しいが、ぼくの考えが浅かったことは認めざるを得ない。だが、パーティに一人で参加するわけにはいかないのも事実だ。あなたが言うことはわかった。カラカン嬢はこの依頼に不適格だということなのだな。であったとしてぼくはどうしたらいいのだ」
ぐーっ! わたしが不適格って言われるのは事実でも納得いかないんだが! むかむかするのを我慢してイスマイルの方を見る。イスマイルは形のいい唇の端をかすかにふっと吊りあげた。
「そこで提案なのですが。下町から連れてきた町娘ではなく、誰も知らない場所から来た高貴な娘をパーティに招待した、という形にするのはどうでしょうか」
「……誰も知らない場所から来た? 高貴な娘? そんな娘の当てがあるのですか?」
ヨワール様の問いかけにすぐには答えずに、イスマイルは取り出した例のヘアピンを耳の上にすっと挿して見せた。そして鈴が鳴るような美しい声で改めて答える。
「ええ。他ならぬ私がそうです」
男らしい広い肩はまあるく狭いたおやかな形に、美しい顔は尖りが柔らかくなって、ふんわりと優しい曲線を描く卵型。絶世の爆美女エルフに変身したイスマイルは、あんぐりと口を開けたヨワール様に向かって嫣然と微笑んで見せた。
「なんと、女体に変わった……? ま、魔法ですか……? 声まで変わって……。けしからん……公序良俗を乱す面妖な……」
身体の線の出ないゆったりとしたローブの上からでも明らかに大きいとわかるイスマイルのバストの盛り上がりにヨワール様は目をくぎ付けにしている。男ってのはまったくもう! まああれはわたしでもついガン見しちゃうけど……。
「この王都にエルフは『金貸しのイスマイル』一人きりです。男性であるイスマイルと今の『私』が同一エルフであると思う人はいないでしょう。そしてこの国の近隣にエルフの国はありません。それどころかこの大陸にはないのかもしれない。それほど遠い存在です」
「そうだったの? 確かに、イスマイル以外にエルフのNPCっていなかったかも……」
これは『作者の人そこまで深く考えてないと思うよ』案件なのだろうけど。もしくは作られなかったイベントの名残りなのか。
「周回中何度か調べてみましたけど、エルフに関する情報は何もありませんでした。こうまで何もないと、この世界に私以外にエルフはいないと思っていいと思います。まあ話のキモはそこではありませんよ。要は適当なことを言ってもこの国にその真贋を判断できる者がいない。重要なのはそこです」
そう言いながらぴんと立てた指先についている爪さえ、桜貝のように美しい。エルフってのは、もう全部人間とは作りが違うんだな……。お、お姉たま……。
「私は記憶喪失の状態でこの国に流れ着いたエルフの令嬢ということにしてしまいましょう。ボッチパーティ家がそれを助け、パーティが終わったら故郷を探す旅に出る。この国に滞在した思い出作りにボッチパーティ様がエスコートしてパーティに招待した、とそういうことにしたらいいのではないですか」
「それだ! 是非、エスコートさせてください!!」
さっきまで貴族らしい尊大さのある態度だったヨワール様は目からハートを散らしながら、イスマイルに対してもはや敬語になってしまっていた。完全にイスマイルの爆裂美女フェイス&ボディにやられてしまったという風情だ。
(平民の小娘なんてちょっとつまみ食いしても金さえ積めばなんとでもなると思っているような貴族が山ほどいるってイスマイル言ってたな……確かにそうなのかも……)
このあと、わたしも性転換して孤児院から召し上げた小姓としてイスマイルにつきそうという計画を話したのだが、ヨワール様はもうわたしのことなんかどうでもいいらしく、良い良いなんでも良いといった感じだった。き、傷つくなあ~。わたしだって超絶美少女のマリエちゃんフェイスなんですけど!?
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