52.まりえとタキシード
(っていうかさ。こんなふうにイスマイルのこと巻き込むの良くなかったような気がするよね……。わたしはほんとに……)
いい考えだと思って依頼を受けたのにイスマイルに行くの反対されたからついかっとなって強引に話進めちゃったけど、彼を勝手に女体化させる方向で話を進めるのはめちゃくちゃ強引だったような気がする。
(それでもイスマイル、途中から完全に自分が代わりに行く方向で話してくれてたよね……。本当に、わたしが無事にエンディングを迎えられるように一生懸命手伝ってくれるんだ……)
それは嬉しいことだし、同時に寂しいことでもあった。
(んんんんん~っ! わたしまた今は答えが出ないことをもんもん悩んでいるぞ……。さっきからおんなじことをぐるぐるぐるぐる。よくない!)
わたしは立ち上がり、もう一本作っておいた性転換のヘアピンを手に取ると自室の鏡の前に立った。考えが煮詰まったら違う行動するに限るのだ。
「イスマイルだけに性転換させるんじゃなくてわたしもするんだから、罪悪感もさっぴいてチャラだよね! よし、行くぞお」
ピンク色の前髪をひと房摘まんで、可愛いヘアピンで留める。それと同時に胸元がスカッと軽くなった。
「お、おおっ? おっぱいが……消えたあ!!」
マリエちゃんは清楚可憐なヒロインなので胸元の主張は控えめなのだけど、いざ自分がそれになってみると意外とDカップくらいはある。着やせするタイプなのだ。でも今はチョコミントドレスの胸元でつっぱっていた布がすとんと凹んで、ぺったんこになっている。
(ふえ~、面白い……。とはいえ、胸が消えただけで別に顔がめちゃくちゃ雄になるとかそういうことはないんだな。全然可愛いマリエちゃんのお顔のままだ……。いや、今はマリオとでも名乗ろうか?)
結構うまい偽名を思いついて面白くなってしまったので鏡の前でうえへへと笑う。声がちょっと低かった。喉を触ったらのどぼとけがある。なるほどね……。
(ちゃんと男の子の格好してみようかな。ワルブレヒトの部屋のドアが開けば服借りるのにいないから、またマリエパパの……およ)
服を探しに部屋から出ようと一歩踏み出すと、下半身になんともいえない違和感があった。
「お、おお~。これは……これは……」
あるっ!! なにとは言わないが、ある!
(イスマイルがへっぴり腰がどうとか言ってたのはこういうことか……。確かにこれは慣れない……。あ、やば)
今まで存在しなかったものが臍下に存在していることへの感慨を噛みしめていると、今度は不意な尿意を催しはじめてしまう。
(ええ~? 殿方ってどうやってお小水をなさるんですの~!? とか言ったら漫画みたいだな……でもそこまで無知無知ヒロインではないのでどうやっておしっこするかくらいはわかってるぞ……)
わたしはトイレに移動した。ちなみにファンタジー世界なのに水洗トイレである。まあトイレは綺麗にこしたことはないからね、水洗でありがたかったよね。
「さてだ……」
さあ、わたしはこれから新しく肉体に加わったおのれと対面するわけですが! なんとなくだけどめちゃくちゃちっちゃかったらやだなって気持ちになる。男の人が大きさにこだわるのってこれか……いざ男になってみると肌でわかるな。
(てか、みんな毎回おしっこのたびにひっぱりだして手で持つの? じゃあセンサーで手かざして水出すタイプの水道が公衆トイレに設置される前って不特定多数がしょんべん棒触った手で手洗い場の蛇口捻ってたの? わー、きちゃなっ)
女には想像できない世界である。ていうか別に座ってしたっていいんだよね。スカート手でまくってさらにおのれを持つのはちょっとレベルが高いものな。いろいろ考えて結局普通に座ってすることにした。
(てかこれでっかかったら先っぽ便器につかない? そういう人はやっぱ手で持つのか……。イスマイルも手で持ってするのかな。いや、案外座り派かもしれないぞ、でもすごいおっきかったらどうする? すごいおっきいの? イスマイルのが? きゃー!)
わたしは何を考えてるんだ。まあとりあえずその後も家の中をうろちょろうろちょろして、わたしは股間にごにょごにょがある違和感をなんとか乗り越えた。
「うんうん、結構慣れて来たぞ。なんか力が有り余ってる気がするし。うおおん、身体が闘争を求めている~! 男の子っていつもこんなに元気なのか。いいなあ」
有り余る体力は前に進むのに使うんだ! わたしは今度はパーティの当日に自分が着る衣装の準備を始めることにした。
「なーんでコウモリの皮膜でサテンが作れるんだろうね。魔法瓶といいトイレといい設定ガバガバで助かるけどさ」
錬金釜にとっておいたコウモリの皮膜をぽいぽい投げ込む。そのままちょっと待つと綺麗な光沢のある黒いサテンの布ができあがった。ちなみに配合を変えるとベルベットとかも作れるぞ。
「さて、これを仕立て屋さんに持っていって衣装を作ってもらうわけだけど……わたしのサイズで作るんだからわたしが採寸されないといけないんだ。てことは男のままで行かなきゃダメじゃん。うーん。まあいいか。見た目そんなに変わらないんだしチョコミントドレスのまんまで行こ」
出来上がったサテンをひと巻きなんでも入るポシェットに入れると、わたしは家を出て仕立て屋さんに向かうのだった。
「あら~、こんな綺麗なサテンは久々に見たよお。それで? これで何を作ってほしいんだい? いい布を見ると腕が鳴るねえ」
仕立て屋さんは人のよさそうなおばちゃんだった。作れる服の料金表を見せてもらうと、『貴族のパーティにも着ていけるスパダリタキシード 3万マニー』というこのために用意したような商品があった。選ぶべきはこれだろう。
(ぐ~、しかし3万……お値段が結構重たいっ)
最近お金の話をわざわざしてなかったけど、宝石がまだ換金できないのでバイトとこまごました雑貨、お菓子などを売って私のお財布事情はようやくカツカツで生きていけるくらいの軽いものなんである。ワルブレヒトが切れ切れで催促するのをやめてくれているからまあ3万出せるけども……。
いや、爆美女エルフの従者になるのだ。みっともない格好なんかできない。
「スパダリタキシードを一着お願いします!」
「任せな! それで誰がそれを着るんだい? 着る本人を採寸させてもらいたいんだけど……」
「あ、わたし……いいえ、ボクが着ます」
「おや……なんだい、よく見たらあんた男の子だね? 人が悪いよそんなひらひらの可愛い服きちゃって、すっかり女の子だと思っちまったじゃないか」
「えへへ……」
照れながら、わたしはおばちゃんに採寸してもらった。
「それじゃ、作るから明日またおいでね」
「ありがとうございます」
一日待ってたらタキシードができるなんて現実じゃありえないだろう。でも何度も言うけどゲーム内の仕立て屋さんなのでそういう無茶がまかり通ってしまうのだ。よしよし、これで従者の衣装はクリア……。
「ピーチちゃん、おこんばんわ。なんや、男モンのおべべなんかこさえに来てからに。誰に着せるん? おう」
「ひっ……」
突然背後からぬっと浅黒い肌の顔が出てきて、わたしは思わず悲鳴をあげてしまった。びっくりして振り向くとそこには街歩きスタイルのオンドレアがわたしを見下ろしていた。
「お、オンドレア……さん」
「おー、かっこええお兄ィさんのオンドレアさんや。ん? なんやピーチちゃん背ぇ高くなったか?」
「いえ……。オンドレアさんもお洋服を作りに?」
「おん。肌に直接触れるシャツはここでこさえてもらうことにしとるんよ。俺のことはどうでもええ。その男モンは誰が着るんや聞いとんのよ。パーチィ用のビッとしたやつ、どいつに着せるん? 俺は誘われてへんよ……?」
ズモモモモ……とでも背後に書かれそうな圧を発しながらオンドレアが睨んでくる。怖い……怖いけど、別に何も後ろめたいことはしてないから負けない!
「これはわたしが着るんです。次の依頼は男装してパーティに出なきゃいけないからわたし用のタキシードなの」
「へえ……ピーチちゃん今はそんなことやっとんのかいな。頑張ってえらいのお」
オンドレアはでっかい手をわたしの頭に置いて、ぐしゃぐしゃっと撫でてきた。さっきイスマイルにも似たことされたけど、これ乱暴ですごくやだ!
「いい子にご褒美あげたいけどな、前俺が言うたご褒美、ちょっと材料手に入れるのに手間取っとるんよ。だから楽しみに待っててな」
「……」
そんなのいらない、と言おうとしてわたしは黙る。不用意に口に出した言葉がどう受け取られるかわからない相手だ。こういうときは沈黙するに限るのだ。
「それじゃ、よろしくおねがいします……」
わたしは引き換え証をおばちゃんから受け取ると、そそくさと仕立て屋を出た。イスマイルの優しい手の感触を乱暴に上書きされたみたいで、むかむかして止まらない。早く一人になりたくて、わたしはそこから家まで走って帰った。
書き溜めがここで切れたので、来週以降土日は更新をお休みさせていただきます。
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