48.幕間『虚構の墓所』
また、夢を見ている。
地平線までずっと箱が並んでいる、この間の夢と同じ場所。亜麻色の髪の女の人が箱を覗き込んでいるのもおんなじ。ほら、長い角の黒い悪魔が迎えに来た。
この夢を見ているわたしは妙に無感動で、ただ目の前の光景を見続けるだけの存在だった。何も思わない。何も感じない……。
「またこの箱を覗いているのか。おまえがおれ以外の男のことをいつまでも気にかけているのはとても不愉快だな」
「あなた……。許してください。わたしはあなたのもの、とても幸せです。けれどあのひとがこの小さな地獄に囚われていることだけがわたしの心残りなのです……」
女の人の言葉を聞いた悪魔は鋭い歯をむき出して恐ろしげな声で唸った。
「あの男が自力でそこから這い出せるまでおまえはいつまでもここに来るのか。おまえが泣いて頼むから箱に入れるだけにしてやったのに、こんなことになるならすぐに殺してしまえばよかった」
「あ、あのひとはもう十分苦しんでいます。それにわたしのことももう完全に忘れてしまっています。だから殺すだなんて言わないで……!」
女の人は悪魔の黒いローブにすがって泣いている。それでも悪魔は毅然とした態度を変えない。
「愚かな男よな。奴はおまえのことだけでなく、あそこから出る唯一の方法すら忘れてしまったぞ。『外から箱に入ってきた転生者と心から愛し合い、結ばれる』それだけの簡単なことができぬまま、奴は無駄な周回を繰り返して擦り切れ、やがて消えていく。それが今になるならかえって慈悲深いと思わぬか」
「どうして! どうして脱出の条件を忘れさせてしまったの!」
「おまえは誤解をしているな。ペナルティとして消去される記憶はおれが指定したわけではない。無作為に消えているのだ」
「そんな……あまりにもかわいそうです。もう一度教えてあげて!」
「それはできない。それに、忘れる前でも奴にそれはできなかったのだ。なぜだかわかるか? おまえのことを覚えていたからだよ」
悪魔は大きな体を折り曲げ、忌々しそうな声で語りかけながら女の人の頭を愛おしそうに撫でた。
「ちがうわ……。あのひとは自分が助かるためだけに無関係な人を愛することができなかっただけ……。今となってはもういいではないですか、わたしはもうあのひとには忘れられてしまったのですから……」
「おまえを忘れてしまうような男のためにこれ以上泣くな。大体奴は婚約者だったというのに、おまえの家が困窮していた時になにも助け船を出さなかったではないか」
「それは……あのひとの国が貨幣制度のないエルフの国だったからですわ。お金のない人間の苦しみがそもそも理解できなかったのだから仕方がないではないですか……」
「フハハ、だから金貸しの駒として配置してやったのだ。奴を閉じ込める場所を探している時、この虚構の墓所にちょうど『ノーマニー×アルケミー』とかいう仮想の箱があった。おあつらえ向きにエルフの金貸しとして送り込むことができたからな。さすがにこれだけ金貸しとしての人生を繰り返せば、もう金のありがたみは身に染みて理解できているだろうよ。ハハハハ、フハハハハ」
悪魔は重く曇った空を仰いで高らかに笑う。それは聞いているわたしにも心から楽しいことがわかる笑い声だった。
「うっ……うう……」
「わかったか? こんな肌寒い所に一人でくるものではない。腹の子にも障る。付き添ってやれずすまないが、おれはまだここでやることがあるから先に帰りなさい。済んだら後から追いかけるから。いいね」
すすりなく女の人に優しくキスをした悪魔は、その場を後にする彼女をしばらく見送ったあと……。急にわたしのほうを向いた。
「妻はおれが気付いていないと思っているようだが……。おれは知っているぞ。おれの目を盗んでこうやって時々転生者に夢という形でヒントを与えていると言うことをな」
悪魔はわたしに話しかけていた。頭がぼんやりしてよくわからないけど、さっきまで悪魔とその奥さんが話していたことはたぶん、イスマイルのことなんだと思う。外から入ってきた転生者と心から愛し合い、結ばれたらイスマイルはループから解放される。確かそう言っていた? じゃあ、じゃあわたしは……。
「おっと。先ほどまでおれたちが話していた内容を覚えて帰ってもらうわけにはいかぬ。転生者、安彦まりえよ。ゲームをズルでクリアされるのは興ざめであるのでな。おまえたちの言葉では『チート』とか言うのかな? 正々堂々フェアにいこうではないか。おれが三つ数えたらおまえは今ここで見たことをきれいさっぱり忘れる。ゆくぞ。3、2、1、ゼロ」
あっ。
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