43.まりえと自己との対話
久しぶりに一人になった家で、わたしは考え事をしながら次の採集の準備をすることにした。
まずイスマイル用にクッキーを焼く。いまはコロコロした棒状の生地をスライスするシンプルクッキーだけど、たしか金属加工ができるようになったら猫さんクッキーとかうさぎさんクッキーとか作れるようになったと思うんだよね。ゲーム内で特に描写はなかったけど多分クッキー型が作れるんだろう。ここに来る前もクッキー作るのは結構好きで、ナッツを抱きしめてるうさぎさんのクッキーとかよく作ったからイスマイルにも食べてほしいな。
(なんか凝ったものを作って食べてほしいって思う気持ち、久しぶりだ……)
クズの元彼は最初は喜んでくれたけど、あいつ慣れると食べたふりして捨ててたからな……。飽きたんなら言ってくれれば別の物作ったし、捨てるならわかんないようにやればいいのに家のゴミ箱に捨てやがって……。だからだんだん作らなくなった。
(イスマイル、あんなに喜んでくれるだなんてさ)
ちょっと思いついて緑にしただけのリボンの色まで指定して。男の人ってそういうのわりとどうでもいい、食えればいいって思うほうだと思ってたけど。
(やっぱりエルフって芸術を尊ぶみたいなとこあるのかな?)
シンプルに一本リボン結びにしただけのクッキーに芸術性があるかどうかはまあ、横に置いておくとして……。
そうだ、宝石が手に入るようになったってことはアクセサリーとかお守りとか作れるようになるよね。リボンとかも組み合わせてめちゃくちゃ可愛いの作ったら売れるんじゃないだろうか。
わたしは元々ロリータテイスト強めのガーリィ系ブランドのショップ店員だった。ゴリゴリのロリータとかじゃなくてショッピングモールに入ってる低価格帯のとこ。割とネットとかで揶揄の対象になったりするけど、靴とかかばんとかのアイテムは値段の割にすっごく可愛くてわたしは好きだったのだ。
「マリエパパの本棚でお守りとかの作り方調べよ~っと」
わたしはまた脚立を抱えてマリエパパの本棚の前に行った。ワルブレヒトがいないので今度は安心して調べものができる。もしかしたら今のワルブレヒトはもうあんな邪魔なんかしないかもしれないけど。
(いやどうかな……。意地悪しないだけで壁ドン不意打ちみたいなことは普通にやってきそうな気がするよな……。マリエちゃんのことあきらめたわけじゃなさそうだもんな……)
ワルブレヒトの必死さはある意味一途な愛の表れとも言えるだろう。婚約者のことを放棄できないままマリエちゃんにまで手を出そうとしてるところがクズ感を出しちゃってるけど、家での立場と自分の本心の間で揺れ動いてどっちつかずになってしまっていると思えばしんどい問題持ちの乙女ゲー攻略対象らしいと思う。
(そんでもさあ……やっぱりワルブレヒトが好きなのはわたしじゃなくて『マリエちゃん』なんだもんね。これ言っちゃうと「お前は誰だ~! マリエを返せ~!」みたいなことになってややこしくなりそうだから言ってないんだけど)
まだオンドレアの方がマリエちゃんとは過去一度会っただけだから、中身がわたしになってから関係が始まったって意味では安彦まりえに気があると言っていいだろう。だけどワルブレヒトには兄弟子としてマリエちゃんをずっと見守っていたっていう実績があるから……。騙してるみたいで後味悪いよねえ。ごめんワルブレヒト、わたしみたいなのが大好きなマリエちゃんに成り代わっちゃってて……。
(おっと、あったぞ。アミュレットとタリスマンの作り方)
脱線しまくる考え事の中わたしは目当ての本を見つけた。
(おお、装備するだけでモンスターを遠ざけるチャームとかあるじゃん。急いでフィールドの奥とかに行きたいとき消耗品の香水を使わないで済むのはいいかもしれないな……。一般の人がお守りとして買ったりもするだろうし、これはいい金策になりそう。え? へえ~、性転換するヘアピンとかあるんだ。そんなのいつ使うんだ?)
様々なお役立ちアイテムの作り方が次々と脳内にポップアップしてきて、ぽこぽことやかましい。わたしはその中から自分が使うための物と売り物として役に立ちそうなものをそれぞれ把握し、今後鉱山で何を採集するべきなのかをノートにまとめたりした。
「ふう、よしよし。明日からの方針が決まったぞ。じゃあせっかく一人で安心できることだしぱーっとお風呂に入ろうかな」
マリエパパが錬金術で何かそういう装置を作ったらしくて、この家のお風呂は24時間ずっと湧きっぱなし。いつでも好きな時に熱いお風呂に入れる最高なお風呂場があるのだ。
今までいつワルブレヒトが乱入してこないとも限らなかったのでびくびくしながらさっさと済ませていたんだけど、今日はそういう心配はせずにのびのびゆっくりお風呂に入れる~!
わたしが小走りで脱衣所に向かうとお風呂場を掃除してくれていたらしいホムちゃんたちがんわんわ言いながらわらわら出てきた。私が留守の間にもいつもこうやって掃除しておいてくれてるらしい。ありがたいぜ。
「ひゃっほ~!!」
誰に遠慮する必要もなし。ぱっぱと裸になってかけ湯をすると、わたしはおっきな湯船に浸かって思いっきり手足を伸ばした。
「あ~、サイコ~!! きもちいい~っ!」
あったかくて綺麗なお湯はわたしの全身を柔らかく撫で、ぽかぽかと暖かく包んで疲れを癒してくれる。それはまるで頼れる誰かに抱きしめられているみたいに安心で……。
「……いや、違くて」
なんでこんな時にイスマイルの顔を思い浮かべてしまうのか。抱きしめてきた腕の感触とか、おぶってくれた時の背中の熱さとか、もしかしたらされたかもしれないキスのこととか考えてしまうのか。
(キスしてないキスしてない。キスしてないよ? イスマイルも夢だって言ってたじゃん?)
だけどもしも夢じゃなかったりしたら?
「ああ、ふぅ……ぶくぶく……」
そう思っただけでまた全身の力がへなっと抜けて、口元まで勝手にお湯に沈んでしまう。わたしは誰に言ってるかわからない言い訳を口元でぶつぶつと呟き、それは泡になってぼこぼこと水中に散っていく。
「ぶくぶくぶくぶく……」
違うんだもん違うんだもん。好きなんかじゃないんだもん。ちょっと頼れてかっこよくて優しくて、あんなの誰だって特別に思っちゃうもん。きっと他の転生マリエたちだってイスマイルにちょっとぐらついたりしたに違いないんだもん。だけどみんな目的とか別の推しとかいたからちゃんとそれぞれのエンディングを迎えたんだ……! わたしも目的を見誤っちゃいけないよ……!
(ん~、馬鹿! エロバカヒロインボディ! 何勝手にじんじん熱くなっちゃったりしてるんだよぅ……!)
とうとうわたしは頭のてっぺんまでお湯の中にどっぷり沈んで、がばごぼがばとお湯の中でわめき始めてしまった。その言葉はわたしにもわからないくらい要領を得なくてまとまらないめちゃくちゃなものだったけど、吐き出してちょっとすっとしたのでわたしはそのまま頭を洗って部屋に戻り、夕ご飯も食べずにベッドに入った。
(……)
入ったら入ったで勝手に思い浮かんじゃうイスマイルの顔と胸のじんじんは別に帰ってくれなくて、それをわたしがどう鎮めたかはちょっと誰にも知られたくない。
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