42.まりえと兄弟子
ホムンクルスの練習用に今作った賢者の石を使ってしまったので、ワルブレヒトが新しく賢者の石を一個くれた。ありがたくいただいてそれを早速王様に転売……はまだしていない。
「なんか、もったいない気がしちゃって~」
「まあ……、いろんな用途に使えそうですからね」
「そうじゃなくても賢者の石だよ? 覚えてないけどゲームの後半で絶対使わなきゃならないみたいなことになったら困っちゃいそうでさあ」
「賢者の石だよと言われましても私は知りませんけどね……。偶然もらった宝石にばかり材料が混じっていたことはなんだか意図的なものを感じますね」
「でしょう?」
どうしよっかな~とか考えながら久しぶりにスイーツショップのバイトに出たらイスマイルが食べに来ていたのだった。今日は暑いからか彼はイチゴのジャムがどっさり乗ったふわふわのかき氷を食べていた。また全然口を汚さずにスッスッて食べてるけど、よく頭痛くならないね?
「なんですかその目は。サボってないでお客様に熱いコーヒーのお代わりをくださいよ」
「エルフってコーヒーとか飲むんだね」
「ここに来てから初めて飲みましたけどね。慣れるとまあなかなかかぐわしくてよいですね」
やっぱりイスマイルってこことは違う所から来てるよねえ。時々言葉の端々にそんなニュアンスが乗るんだよ。だとしてももともとエルフだったっぽくもあるからわたしとは違う世界から来たんだろう。
時々夢の中で見させられる悪魔の絵本の映像ってもしかしてイスマイルに関係あるのかな? ワルブレヒトとオンドレアは攻略対象だからマリエちゃんとのエピソードの記憶だったけど、イスマイルは攻略対象じゃないから違うものが見せられてるのかもしれない。
「ねえ、話変わるんだけどさあ。イスマイルってどこまでも箱がいっぱい並んでる場所って知ってる? 時々夢で見るんだけど」
「箱? なんですかそれ。夢の話を聞かされても困りますよ。ごく個人的で荒唐無稽で筋の通っていないものでしょう? 他人の夢ってのは」
「そっかあ」
「そうですよ。おかしな人」
「なんだよ~、うーん。でもまあいいかあ。ごめん忘れて」
いぶかしげにコーヒーを口にするイスマイルは嘘をついている感じではなかった。ほんとに知らないのだろう。
「それで、あなたはこれからどうするつもりなんですか?」
「ああ、そうそう。あのあとまたギルドに行ってみたら盗賊は出なくなったらしくて、鉱山に採掘の目的で入れるようになってたんだよ。だから採掘依頼受けてきた」
「そういえばあの後闇ギルドからそんな通達がありましたね。これから宝石の供給が爆発して値崩れがおこるだろうと。宝石で借金の返済をしようとする者が現れても受け付けるなと私も言われましたよ」
「そうだよねえ。ゲーム的にも宝石でぼろもうけできたらさっさとエンディングに行っちゃうもんなあ」
「宝石そのものの採掘依頼は今のうちに受けてさっさとクリアした方がよさそうですね。先に受けておいたのは賢いですよ」
「えへへ……」
イスマイルに褒められるの嬉しいんだよなあ……。なんか盗賊のアジトから帰ってくる前よりも嬉しく感じちゃう気がする。もっと頑張って褒められたいって思っちゃうんだよねえ。
「というわけで明日採掘に行くからまたついてきて。コウモリとか出るし、手伝って欲しい」
「そう来ると思いました。森で水浴びした後ならいいですよ」
「なるべく早く早朝水浴びして」
「ひとの都合を考えないんですから……。まあいいですよ。朝は早いほうですし」
「やったね! イスマイル大好き」
「っあぁ……っ。はぁ……」
「あ、今頃頭キーンて来たの? もう一杯コーヒー淹れてあげるね」
「ふ~っ。まあ、もらいます。ありがとう」
そのあと、宝石じゃなくて鉱石取ってマチェーテ強化したいとかそんな話をいくつかしてイスマイルとは別れた。
「んわんわ」
「ホムちゃん!」
家に帰ろうとすると、森のフィールドから木箱を抱えたホムちゃんがやってくる。この子は昨日ワルブレヒトと作ったホムンクルス。ホムンクルスが作れるようになると低レベル帯フィールドでの採集をホムちゃんに頼めるようになるのだ。どうやら薬草やベリーなどを摘んできてくれたらしい。どうやって倒したのやらスライムのドロップアイテムまで取ってきていた。
「すごいねえ、ホムちゃん。産まれたばっかりなのに」
「んわ!」
ちなみにわたしの今の称号は『マチェーテ・マリエ』ではなく『街で噂の錬金術師』に変わっている。何のゲームの主人公だかわからないような状態だったから今の称号の方がまあ嬉しいかな。
***
「ただいま~」
「そうか。すぐ行くって伝えてくれ」
ホムちゃんと一緒に家に帰ってみるとリビングでワルブレヒトが誰かと話していた。客でも来てるのかと思ったんだけど、よく見たら彼が話していたのは大きな鳥だった。どうやらそれもホムンクルスのようだ。
「兄さんどうしたの?」
「ああ、お帰りマリエ。実家から連絡が来ていて、詳しいことはわからないんだけど一旦帰ってこいと言われたんだ」
「そうなんだ。何かあったのかな」
「なんだか緊急の用らしいんだが、要領を得ない。ホムンクルスも必要最低限のことしか託されていないようだし」
「カエッテコイカエッテコイ」
ワルブレヒトの実家は別の街。フィールドみたいに徒歩で行けるところじゃなくて馬車で時間をかけて行かなきゃならない。行って帰ってくるだけでも結構かかるだろう。
「そういうわけだ。マリエ。名残惜しいけど僕は少し留守にするよ。あまり無理はしないようにね」
「ん……兄さんこそ、気を付けて行ってきてよね」
ワルブレヒト相手にそんなことを言う日が来るとは思わなかったけど、わたしは素直に行ってらっしゃいと言いたい気持ちになっていた。昨日一日でこんなにこの人に対する評価とか気持ちが変わっちゃうだなんてね。
「それじゃ、行ってくるから。僕のホムンクルスたちは君が勝手に使っていいよ」
「わかった、ありがとう」
ばたばたと忙しく旅の用意をしたワルブレヒトは肩に鳥ホムンクルスを乗せたまま玄関の扉を開ける。わたしも大根ホムちゃんと一緒に見送ることにした。
「それじゃあ元気でね。いい子で待ってるんだよ」
「わかったわかったいってらっしゃい、って……きゃ」
別れ際、ワルブレヒトはわたしの頬にそっとキスをしてきた。柔らかく温かい唇の感触。初めてこの家でワルブレヒトと遭遇した時のわたしは彼に頬を舐められて腰が砕けてへなへなになっちゃっていたけど、今のわたしにとってそのキスはただ懐かしくてくすぐったいだけのものだった。
(わたしが強くなったからなのかな。それとも、他に気になってるひとがいるからなのかも)
ワルブレヒトに対して今のわたしが持っている好意は家族に対しての親愛。
意地悪なクズ野郎であることをやめて優しい兄弟子に戻ったワルブレヒトは、やがて人ごみに紛れて見えなくなったのだった。
面白かった、続きが気になるなどございましたら感想、評価、ブクマ、いいねなどで応援いただけると嬉しいです。




