41.まりえと賢者の石
「ただいま~……」
オンドレアの含みのある言い方が頭に残ってもやもやしつつ、わたしは我が家に帰ってきた。
「おかえりマリエ。年頃の娘が外泊なんて感心はしないけど、見たところ無事なようでよかったよ」
「兄さん……」
わたしが帰ってくる音を聞いて、奥からワルブレヒトが出てくる。「無事なようでよかった~」はわたしこそ言いたいことだ。ワルブレヒトはクズでムカつくけどオンドレアみたいな悪い人に危害を加えられればいいとまでは思わない。転生前もざまぁ系の漫画とかはそんなに好きじゃなかったわたしだし。でも別に口に出しては言わないんだけど。癪だし。
「お昼ご飯は食べたの?」
「……まだ」
「そう。じゃあ作ってあげるから手を洗ってきなさい」
「あ、待って兄さん」
まるでお母さんみたいなことを言ってキッチンに行こうとするワルブレヒトをわたしは呼び止めた。
「冒険者ギルドの報酬で5万稼いできたから、前もって渡しとくよ」
「へえ……こんなに早く用意してきたか」
ギルドでもらったお金の袋をポシェットから取り出してそのまま渡すと、ワルブレヒトはそれを受け取って手の中でまじまじと見た。
「本当に……本当に君は自分でちゃんとやりたいんだね。どうしてこんなに頑張るの? 僕の庇護下にいれば金に困ることはないし、美味しいものも綺麗な服も好きなだけ与えてあげられる。そんな武骨な刃物を腰に差す必要もない。こんな生活を強いている僕が言うのもなんだけど、君ぐらいの年頃の女の子はもっと王都でキラキラしていたいんじゃないのかい?」
そりゃあまあ。わたしだって元の世界では可愛いアイテムを買いに来る女の子たちをたくさん見て来たよ。みんな可愛い服を試着して、どれがいいのか選んで楽しそうだった。わたしもそのお手伝いをするのが好きだった。だけどそれとこれとは話が別!
「あのさ、確かにキラキラしたくない女の子のほうが少ないとはわたしも思うよ。だけど女の子ってそれだけじゃないんだよ。少なくともわたしはちょっとくらいお金に困っても自分らしく生きたいし、愛人になってまで権威にぶら下がりたくはないと思うよ」
「そうか……」
いつもなら「そんな強がり言っていいのかい?」みたいにまた意地悪なことを言ってくるターンだと思って身構えたけど、わたしの予想に反してワルブレヒトの態度は静かなものだった。
「師匠……君のお父さんが生前ね。もし自分に何かあったら、まだ教えられていない錬金術の秘伝を僕から教えてほしいと頼んできていたんだ。確かに、僕も美食や享楽に溺れる君より、錬金術師として独り立ちした君の方が魅力的に思える……」
んん? あれ? ワルブレヒトどうしちゃった? 急に物分かりのいいことを言い出すワルブレヒトに対してわたしは不自然な心変わりを感じた。
(もしかしてオンドレアが貸しておいてくれてる指輪のおかげなのかな、それとも……ここまでなるべく接触を避けてあんまり関わってなかったからワルブレヒトの好感度と攻略対象としての優先度が下がってるのかもしれない。どっちだとしてもわたしにはありがたいけど……)
そうなると、シンプルにいもうと弟子としての情みたいなものが出てくるよな……。いや、この感情はゲームで設定されたマリエちゃんの感情なんだとは思うけど。
「ねえ、お腹すいちゃったよ。とりあえずお昼もらえる? 一緒に錬金術勉強してた時に良く作ってくれたあれが食べたい」
「トマトとルッコラのパスタだよね。いいよ。ご飯を食べたら話の続きをしよう。ほら、手を洗っておいでってば」
「うん……」
言われるままにわたしは手を洗いに行く。手洗い場の前の鏡を覗くとそこにはなんとなくきょとーんとした感じの顔のマリエちゃんが映っている……。
「いただきます」
「いただきます」
トマトとルッコラのパスタは美味しかった。薄切りのレモンが浮かんだとても透明度の高い綺麗なアイスティーまでついて、まるで喫茶店のメニューみたい。食べ終わってそれを飲んでいると、ワルブレヒトはさっきの話の続きを始めた。
「僕が師匠から教わって一番うまくできるのはホムンクルスの作成と使役だ。知ってるよね」
「うん、知ってる。なんなら今それを目の当たりにしてる」
椅子によじ登ったホムちゃんたちがんわんわ言いながら空いた食器を下げていくのを見ながらわたしは答える。
「ホムンクルスの作成には賢者の石が不可欠。師匠が君に教えられなかったのはまさにその賢者の石の作り方だ」
「賢者の石……。王様が欲しがってるとかで採掘家さんたちが探してたよ」
「ああ、あらゆる金属を金に変えられるし、不老不死の霊薬が作れるとも言われているね。売ればうちとの借金なんかすぐ返せるだろう」
「それって……」
ワルブレヒトはなんだかいろんなものを諦めたような、そのくせなにかに憧れているような独特な瞳をしていた。なんか……なんかそういう顔するとなかなかメロいなこの人。本来だったらこの人がメイン攻略対象なんだもんね。最初っからそういう態度でいてくれたらわたしもちょっとは優しくできたのに。
(まあ、チョロいか……そんな風に思っちゃうのは。でも仕方ないじゃない)
わたしは安心できる楽しい家族に憧れている。加害性のない兄としてふるまってくれるなら彼がここにいること自体はそこまで不愉快ではないと今は思えた。
「工房に行こう」
ワルブレヒトは立ち上がって食卓を離れる。わたしもその後ろをついていく。工房へ向かう背中はきっと夢で見た幼いマリエちゃんが何度も見た風景で、マリエパパの部屋に入った時に感じたノスタルジーと同じくらいわたしの胸をきゅうと締め付けるのだった。
「ところで昨日はどこに行ってたの」
「ギルドの依頼で、鉱山に行ってきたんだよ」
「へえ、じゃあ宝石がたくさん採れたんじゃない。使えるかもしれないから見せてみて」
採掘家さんたちにもらったクズ宝石とダンスバトルで勝ち取ったまあまあ大きい宝石を見せるとワルブレヒトは手に手袋をはめ、一つ一つ検分し始めた。
「ふうん、なかなかいいじゃないか。ここにある宝石で賢者の石を作るのに十分な材料がそろっているよ」
「え? こんなんで作れちゃうの?」
「実はね。材料だけならだれにでも揃えられちゃうんだよ。作り方だけが門外不出なんだ。錬金術師が石を自分で作れることも秘密だよ。攫われて拷問されてしまうかもしれないから」
作業台にワルブレヒトが材料を並べると、わたしの頭に勝手に賢者の石の作り方がポップアップする。う、うおお。恐ろしい秘密……この瞬間わたしの脳みそが黄金になったわけか。
「これを錬金釜に入れて、あとはわかるよね。その間にホムンクルスの材料を揃えよう。僕は大根でつくるのが好きだね。大根、馬糞、内臓……」
「内臓? 何の内臓?」
「内臓を使いたくなかったら精液でも作れるけどね。君は出せないじゃない? 精液。だから内臓」
「何の内臓? ねえ」
「何でもいいんだよ。ネズミでも、蛙でも、なんならさばいた魚のワタでもさ」
いろいろ教えてもらいながら、なんとなくどうしてワルブレヒトが涼しい顔して絶倫なのかわかった気がした。ホムンクルスいっぱい作れる材料を揃えられる才能ってことね……、いやはや……。
何とも言えない事実を知ると同時に、わたしはホムンクルスの作り方も習得した。
「ほら、賢者の石ができた。この錬金釜は特殊な製法でできているから平気だけど、うっかり別の金属に触れさせたらそれが金に変わってしまうから気を付けて、取り扱うときは絶対に錬金術用の手袋をはめること。じゃあこのままホムンクルスの材料を流し込むよ」
「う、うん……」
錬金釜での錬金術は本当に簡単。材料を入れた釜の前でしばらく待ったあと、ワルブレヒトが蓋を開けると……。
「……んわー」
「ほんとうにできた……」
釜の底でできたてほやほやのホムちゃんが一匹、眠そうに目を擦っていた。
「マリエ。僕はもう君に意地悪なことはしないよ。だけど君が錬金術師として大成して、君自身を救う姿を側で見ていたい。その時が来たら、僕も君一人を愛するためにすべてを捨てられるかもう一度考えたいから……。それまでそばにいさせておくれ」
ワルブレヒトはそう言うと、そのままわたしを置いて工房を出て行った。
「ええ……ここにきてこういうデレとかありなの……?」
借金返済完了の方法をワルブレヒト自身から提示されて本来なら攻略順調! と喜ぶべきなのに、わたしが感じていたのは居心地の悪さだった。気のせいかもしれないけど、このゲームの終わりが急に近づいてきたようなそんな気持ちになって怖くなったのだ。
(大丈夫……だよね?)
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