40.まりえとひと段落
「う~ん……頭がぼんやりするう……」
強い光を瞼に感じて、わたしは眼をしょぼしょぼさせた。どうやらいつのまにか眠っていたらしい。
「ここどこ……身体いたあい……んお?」
枕代わりにもたれている何かにもぞもぞと顔をこすり付ける。ゆっくり寝返りを打って仰向けになり目を開けると、目の前にとんでもない美形の寝顔が飛び込んできた。
「お……お~っ……」
寝起き至近距離のイケメンフェイスに面食らい、私の頭の中でちっちゃい爆発がぼぼぼぼっと連続で起きたような気がした。それくらいイスマイルの寝顔はインパクトがあった……。
働かない頭で推理するに、イスマイルは眠ってしまったわたしを安全なところまで連れ出し、膝枕したまま自分も眠ってしまったのだろう。
(え? っていうか、わたしっていつから寝てたっけ……なんか……あれ?)
唇に熱い何かが触れた記憶がある。夢じゃなければわたし、イスマイルに狭い所で抱きしめられたせいでめろめろのエロバカになっちゃって……。
(キス……されたような気がするんだけど……あれ? どうだろう、夢かな?)
急速に目が覚めるにつれて全身の体温がカアッと上がった。はわはわと唇をわななかせてイスマイルの顔を見上げていたら長い睫毛に覆われた切れ長の目がうっすらと開く。
「ん……? ああ、私も眠ってしまったのか。おはようございますまりえさん。身体は大丈夫ですか?」
「お、おはよ……イスマイル」
「……なんでそんなイチゴみたいに真っ赤な顔になってるんですか?」
「な、なんでっていうか。その、あの、あのさっイスマイルっ! わたしたちってばなんかさ、キス」
「ああ……あなた、そう言えば私の膝の上で涎を垂らしながらとんでもなくはしたない寝言を言ってましたね。何かいかがわしい夢でも見ていたのですか?」
「ふえええ……」
マジ最悪~、夢だったうえになんか変な寝言を言っていたらしい。恥!
「目が覚めたなら膝から降りてくださいね。もう朝だ。王都に帰ってクエストクリアを報告するんでしょう?」
「ああ~、そうだった。そうだったよね……」
「ドレスはそのポシェットに入れさせてもらいましたからね」
「あ、回収できたんだ。良かった~、着てくるね!」
茂みに隠れてチョコミントドレスに着替える。イスマイルって律儀だよなあ。ちゃんと持って帰ってきてくれるんだから。おまけにわたし用に着替えまで用意してくれたし……。
(あ~ん、イスマイルいい男だよ~っ! なんで今までの転生マリエはイスマイルのこと好きにならずにいられたのって……いかんいかん!)
ぶるるっと首を振って、わたしはまだ恋愛脳になっちゃってる寝ぼけ頭をしゃっきりさせた。わたしの目的は素敵な彼氏を作ることじゃない。ノーマルエンドを迎えてこのゲームの世界から現実に帰ることなんだから。
「おまたせ~」
「行きましょうか。ここから徒歩は大変です。私も昨日ずっと飛行魔法を使っていて疲れました。ウェイストーンを使いましょう」
「わたし目隠しされてたから来た道覚えてないよ」
「私が覚えてますよ。あとで地図を描いてあげます。ほら、離れないで」
「あっ……」
イスマイルがわたしの手をぎゅっと握って、もう片方の手の中でウェイストーンを使う。
瞬間移動の時にウェイストーンが放つ青い光は眩しいし、なんとなく目が回るような気持ち悪さがあった。わたしはそれがちょっと苦手で目を閉じるけど、しっかりと彼の手を握っているとちょっとだけましなような気がした。さっき膝枕してた足をはじめ彼の体温は低めでひんやりしているのに、手はなぜか温かい。
「王都の入り口に着きましたよ。もう手を離しても大丈夫です」
「そうだねえ、こんなとこオンドレアの部下に見つかったらまたイスマイルが殴られちゃうかもしれないし」
「もうあんなのはごめんですね」
「わたしも」
しゃっきりしろって自分に活を入れたばっかりだというのにぱっと離された手がなんとなく物足りなくて、わたしはチョコミントドレスのエプロンを頼りなく握ってしまうのだった。
***
そのあと一旦ニコニコファイナンスに寄り、イスマイルと一緒に簡単な地図を描いた。イスマイルに描いてもらった地図をそのまま持って行った方が楽なんだけどオンドレアがイスマイルの筆跡を把握しているので、変に勘繰られないよう念のためわたしがまるっと描き写した形になる。
同じ理由でわたしは一人でオンドレアの事務所にそれを届けに行くことにした。ほんとはイスマイルについてきてほしかったけどこの間の二の舞になってもいけない。
「気を付けて、まりえさん」
「うん。行ってくるね」
返さなくちゃならないとはいえ今はまだチョットダケの指輪はわたしの手にある。オンドレアが力づくでなにかしてきてもなんとか逃げられるだろう。
(返した後に襲われたらもう暴れるしかないな……)
物騒なことを考えながらも前回の道順を思い出しO代行社事務所にたどり着く。わたしのマチェーテを見てみんなさっと道を開けてくれるので全然危なくなかった……。もうブローチつけてないことによる弊害はオンドレアが機嫌悪くするかもしれないってことだけだな……いやそれがもうかなり怖いんだけどね……。
「おお! ピーチちゃん戻ったんかいな! 待ってたでぇ! どや、盗賊団のアジトは割りだせたか?」
わたしが訪ねて行くとオンドレアは大喜びで迎えてくれた。機嫌良さそう、よかった~。
「ええ、ちゃんと見つけました。これがその地図。これでクエストクリアよね?」
「お~、かわええ顔してなかなかいい仕事するやないの。早速カチコミ行かすわ。おい! お前ら、若いの集めてこい、キャン言わせたれ!」
オンドレアの指示で事務所内にいた部下たちがみんなバタバタと出て行った。あの盗賊たち、これからキャン言わされちゃうのか。気のいい奴らだったから殺されないといいな……いや、指輪がなければ普通にわたしめちゃくちゃにされてたはずだからそうだったらいけー! 全員殺せ~!! って思えてたのかな?
「おっとっと、二人きりになってもうたなピーチちゃん。ここはひとつ昼間の事務所で俺といけない取引でもどや?」
「あはは~、オンドレアさんって面白い!!」
「さよか? 脱いだらもっとおもろいかも知れんで?」
おおう、すっげーエロがってくるじゃんオンドレア……。
「今日はちょっといろいろ都合悪いから遠慮しま~す。早くおうちに帰りたいのね……」
「まあそうか。お仕事して疲れたもんな。俺も童貞クンちゃうから乙女のそういう機微のひとつくらいわからんでもないわ」
疲れちゃったしょぼぼ~んって顔で肩をすくめて断るとオンドレアは思ったよりスッと引き下がってくれた。まだそんなに好感度も高くないはずだしね。できればもうこれ以上上げたくないところだけど……。
「まあまあ今のは冗談としてもな。ピーチちゃんはかなり使える冒険者やしできればこれからも仲良うしたいわな。なあピーチちゃん。闇ギルドに入る気はないか?」
「うーん。えっと、わたし冒険者は本職じゃなくて錬金術師なんですよ。できれば表を歩いていたいので、すいません」
「ふーん……」
わたしの答えを聞いてオンドレアの目がすぅっと細くなった。あっ怖い……。
「あ、そうだ。あの、借りてた指輪返します、役に立ちました。ありがとうございました……」
「ええよ。持ってて。」
「えっ、返さなくちゃいけないんじゃ」
「あー、ちょい調べさせてもろたけどな。ピーチちゃん、金借りてる相手の息子と今同居しとんのやろ。何されるかわからんし、まだ借りとってええ」
えっ、ワルブレヒトのことばれちゃってる……。
「ブローチもおおかたそいつに借金のかたとかに取られたんとちゃうの? 俺の気持ち考えて嬉しい嘘ついてくれたやんな? ええ子ぉやなあ……、昔と変わらんで……」
「えっと……あの」
「まあええ。今日は帰ったらええよ。俺ともっと仲良うしたくなるようにあとでご褒美やるからな。帰って風呂入ってねんねしぃや」
「あ、ありがとうございます。で、クエストクリアしたっていう証明が欲しいので」
「表のギルド当てに一筆書けばええんやな? ほい、サラサラちゃんと」
「お手数かけました、それじゃ……」
「気を付けて帰りや~」
わたしはオンドレアのサインの入った証明書を受け取ると、にこにこぺこぺこしながら事務所を出た。怖い怖い怖い……。
(ご褒美ってなんだろう。ワルブレヒト、殺されてたらやだな……)
わたしはそんなことを考えながらスラムから出た。ギルドに証明書を見せたら報酬の5万マニーを受け取ることができて。とりあえず今回のクエストはこれで完了となったのだった。
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