4.まりえとオンドレア
イスマイルのその言葉にわたしはお茶のカップを口元に持って行ったままの姿勢で固まってしまう。転生者……って言った? ゲームの世界のモブキャラが? どういうことなの? と、とりあえず様子見でシラを切ろうかな……。
「て、転生者……? おもしろ~い。異世界転生だなんてそんなことほんとにあるわけないっていうか~」
「それは異世界転生がなんだか知っている人の反応ですよね。今の時点でのマリエ・ス・カラカンは自分が転生者であることを忘れているはずなんですよ。本来のマリエさんはこの時点では転生という概念すら知りません」
「え、あっ」
即バレた。っていうか何? このエルフ、なんなの?
「あなた……何者? 一体どういう存在なの……?」
「おっと……自己紹介が遅れましたね。私はイスマイル。このスラムの街で金貸し屋を営んでいます。そして、今まで長い間たくさんのマリエ・ス・カラカンがエンディングを迎えて終わるのを見続けていたNPCなのです。だから、時折マリエの中に生まれてきた別の世界からの転生者が存在することも知っているというわけです」
待って待って、気になる所がいっぱいある! わたしは一個ずつイスマイルに問いただしていくことにした。まず、NPC自称ってとこから……、NPCってのは要するにゲーム上でのお店の店員とかいつも同じところに立ってて「なんとかの街へようこそ!」しか言わないモブキャラとかみたいなやつのことだよね。
「あなた、自分がゲームのキャラクターという認識がある?」
「ええ。何人目のマリエの時だったか。もう思い出せないくらいずっと前に気が付きました」
そんなこと、ありえるんだ。あるか。わたしがこのゲームに転生することがありうるくらいなんだから、他にもイレギュラーが起こっててもおかしくないんだね。
「何人もマリエちゃんを見送ってきた? ってことはこの世界って繰り返してるの? で、あなたはその記憶を引き継いでるってことでいい?」
「おや……今度のマリエは聡明ですね。理解も話も早い。そうです。私にとってはこの世界はマリエが借金をして何らかのエンディングを迎えるまでの期間をいつまでも繰り返す、言ってみればループ世界なのです」
え、話が複雑になってきた。わたしが転生したゲームにマリエちゃんとは関係ないループ系主人公がいる! そうか。主人公なんだったらこのありえないくらいのイケメン顔も納得できる……そうか? 納得できるか? まあいいや。
「そう……。特に隠してる意味はないし、じゃあ答えるね。そう。わたし、このゲームの中に転生してきたの。転生でいいのか? なり代わり? わかんないけど、マリエちゃんの身体を使ってる別の世界の人間だよ。で、聞くけど、どうしてわかったの?」
「本来のマリエ・ス・カラカンが一日目からスラムに、しかもまっさきに私に借金をするためにやってくるということはありえないからです。親に借金を隠されているほど大事に育てられた箱入り娘にはここは本来縁のない区画ですのでね」
「なるほどね……。それで、わたしが転生者だったらどうなる? 転生者にはお金貸してくんないとか言わないよね」
イスマイルの話はびっくりしたけど、それはわたしの目的には関係ない。お金貸してくれるかどうかが今の私には一番重要!
「まさかまさか。お金は貸しましょう。私にとって繰り返す毎日の中で差異があるのはマリエ・ス・カラカンの行動だけですからね。あなたがあっという間にリタイアしてしまったら、私は退屈でならない。できることは協力しましょう」
ニコニコと笑って答えるイスマイル。その言い草にわたしはちょっとむっとした。
「ちょっと、わたしの命がけのゲーム攻略、暇つぶしみたいに言わないで欲しいんだけど」
「そちらこそ。一度きりの人生で終われる人が私の果てしなく続くメンタルケアを暇つぶし呼ばわりしないでいただきたいですね」
むかっ!
「あ? なんだそのいい方」
「ん? 協力すると言っているのになにかご不満で?」
「お?」
「ん?」
良い匂いのハーブティーの湯気を挟んでわたしとイスマイルは睨みあう。にっこりと弧を描いたイスマイルのニコニコ目がうっすら開いてエメラルドみたいな綺麗な瞳が覗いている。くっそ、顔がいいと迫力があるぜ。でもなんかこのメンチの切り合いで負けたくない気がする!
「邪魔するでえ!!」
ぎりぎりとにらみ合っていたら突然ドアが開いて誰か入ってきた。地を這うような低音の関西弁。え、まさか。
「これはこれは……。闇ギルドの王、オンドレア様に置かれましてはご機嫌麗しゅう……」
「おう! ニコニコちゃん。先月の上納金がまだだったやろ。お前と仲良うするためにこの俺が直々にもらいにきてやったでぇ!! お? なんやその嬢ちゃんは。お前んとこに金借りに来るような客にしてはずいぶんとピーチやないか」
出た! 攻略対象その2、オンドレア!! さっき助けに来てくれなかったのにここで来るの!?
高貴なエルフとは思えない低姿勢でイスマイルが挨拶すると、オンドレアは黒い革手袋の手をひらひらさせてわたしの方を見る。よく切れるナイフみたいな眼光の紫の目にがっちりととらえられて、わたしは心臓がどくんと跳ね上がってしまう。
(おお、これはまた……ワルブレヒトともイスマイルともまたタイプの違う危険なイケメン……)
黒い短髪に紫の目、眉毛の上にでっかい傷と、首筋にいかつい入れ墨! 関西ってことはわかるけど何弁なのかわからないガサツな極道口調! 絶対カタギじゃないし実際そう! さっき助けに来てくれなかったからルートのフラグが起きないですむかもって思ったけど、あそこで会わなかったらここに来ちゃうのか!
「おう、どしたん嬢ちゃん。若いのに借金か? 話きこか? なんて名前?」
「あ、あの、いえ、その……ま、マリエ……です」
「声が小さいのう! そんなんじゃ身ィ売るときに男喜ばせられんで!」
「ひぃ!」
「オンドレア様、彼女は今日初めて来たのでまだ身売りの話などはでておりませんので……」
「遅かれ早かれ売ることになるやろ、で、どうなん嬢ちゃん。自分処女なん!?」
「しょっ……!!」
いきなりなんてこと聞くのこいつ! マリエちゃんは箱入り娘だから処女に決まってるでしょ! わたしは……うーん。秘密。
「おうおう、真っ赤んなって、可愛いのう~。答えんでええええ、こらゴリゴリの処女で決まりやな。ここに金借りに来たってことは度々来ることになるか。スラムのアホどもにつまみ食いされたらおもんないな。今のうちに唾つけといたろか」
オンドレアは胸ポケットから何か出すと、わたしのふわふわの髪の毛にそれをちょいとつけた。壁にかけてある鏡をちらっと見ると、それは黒い猫の形をしたブローチみたいな飾りだった。
「これは……?」
「それを付けてる女はここでは手出したらあかんっていう俺の予約済みの印。こっちに来るときには絶対に忘れたらあかんで。ほな、俺は今日はこのへんで。上納金もらってくで。ニコニコちゃあん! 金はこの引き出しやんな?」
「はい、封筒に用意があります。お手を煩わせて恐縮です」
「ええてええて、次もちゃんと用意しといてな。じゃあの、マリエちゃん。れっ」
「おっひょ!!」
どたばたと引き出しを荒らし、それだけじゃなくて帰り際にわたしのほっぺをべろーっと舐めて帰って行くオンドレア。わたしは背筋がぞくぞくしてその場にへなへな座り込んでしまった。もー、どうしてこのゲームの攻略対象はいちいち舐めていくの!!
「大丈夫ですか?」
「……なんとか」
「まあ、あんなのを相手にしなくてはいけないということには同情します。話を続けましょうか」
「うん……」
静かになった店の中で、イスマイルがすっと手を差し出して立たせてくれる。爪の先まで美しい手は優しくて、このエルフに対してさっきむっとしたわたしの気持ちはもうどっかに行ってしまったのだった。
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