37.まりえと脱出
檻に鍵をかけられてヤスと田中さんの足音が遠のいていく。すぐにでも檻に追いすがってガチャガチャやって呼び戻したかったけど、踊り続けてくたくたになった足は震えて言うことを聞かなかった。
「もう……せめてなんか服着せてよぉ……」
牢屋の中には捨て猫みたいにうす汚い毛布が敷いてあった。こんなものでも石の上にそのまま寝るより全然まし。わたしは汗でしっとり湿った水着のままそこにごろんと転がった。全身にずーんとした疲れと鈍い痛みが広がって、身体はすぐにでも眠りたいと要求している。
(イスマイル……助けに来てくれるよね?)
とろとろと眠気が忍び寄ってくる中で頭に思い浮かべるのはイスマイルの顔だった。このイベントでは本来一番好感度の高い攻略対象が助けに来るはず。イスマイルは攻略対象じゃないけど繰り返しクッキーをあげてるしいっぱい一緒に行動してるし、間違いなくこのゲームの中では一番好感度が高いはずなんだ。
(もし『攻略対象』であることが優先されたらワルブレヒトかオンドレアが来ちゃうのかな……だったらどうしような……。あ、ダメだ眠い……寝てから考えよ……)
瞼は砂を乗っけられたみたいに重たくて、閉じると同時にわたしの意識は闇に沈んでいった。
***
どこまでもどこまでも。地平線まで地面を埋め尽くすのは箱、箱、箱。
この感じは覚えがある。この間見た悪魔の絵本の夢と同じ。これは夢だ。わたしは夢を見ている。
沢山ある箱はちょっとした段ボール箱くらいの大きさでどこにもつなぎ目はない。いったいどこから開けるのか迷うくらいつるつるで、だというのにそれがただの立方体のオブジェじゃなくて箱だという確信がなぜだかあるのだった。
(何ここ……)
夢の中のわたしは動くことができなかった。わたしが主体ではなく、ただそこで起こることを見ている。これはそういうタイプの夢だった。
気が付くとどこまでも並ぶ箱の一つを覗き込んでいる女の人が一人いた。亜麻色の髪を太く編んで垂らしているその人は、とても悲しそうな顔で箱を撫で、ずっとそこにしゃがみ込んでいる。
(誰なんだろ。っていうかこの箱がなんなの?)
わたしはしばらく代り映えのない、女の人と箱だけの光景をずっと見せられる。もう飽きたなと思ったあたりで遠くに黒くて大きい人影が現われた。それは黒く長い髪を伸ばしたすごく背の高い男の人で、頭の上から長い角が二本にょっきりと生えていた。
(やっぱりこれ、この間の悪魔の絵本の夢の続きだな。あれ、あの悪魔じゃん)
悪魔は女の人のそばまですぅっと滑るように近づいてきて、彼女の手を握って立たせる。そしてそのまま元来た道を引き返し始めた。手を引かれた女の人は名残惜しそうに箱に手を伸ばすけど悪魔は振り返りもせずに手を引っ張るから、やがて彼女もあきらめたようにその場を立ち去る。
あとには元通り、地平線までひしめく箱の群れだけが残される……。
***
「……さん、まりえさん」
気が付くと、わたしは誰かに抱きかかえられていた。眠くてまだ目が開けられないけど、わたしのことをその名前で呼ぶのはこの世界では一人しかいない。
「う~ん……イスマイルぅ……?」
「うーんじゃないんですよ……まったくもう。起きてください、帰りますよ」
「ん……わっ……!」
暗い中目を凝らすと、抱きかかえてくれているのはやっぱりイスマイルだった。目が覚めてくるにつれて自分が水着姿だったことを思い出す。だけど寝ている間寒かったみたいでわたしの身体はみのむしみたいに毛布にくるまっていた。脱出を急いでいるのかそれを剥ごうとするイスマイルを慌てて止める。
「まって、見ないで、水着なの」
「……前も見ましたけど、あなたの水着なら」
「いや……不意打ちで見られるのはなんか恥ずかしいって言うか……」
なんなら初めてフィールドで会った時なんかスライムに服溶かされちゃって下着だったし、前は見られても平気だったのに……なんでか自分でもわかんないんだけど……。こうやって抱きかかえられてる時に半裸なのはちょっと……。
「まあ、以前スイーツショップで話していた時にこういうイベントがあるっていうのはあなたから聞いていたので。念のため着替えを持ってきましたよ。サイズはわからなかったから適当ですが、これを着て早く出ましょう」
「ありがと~。ねえ、ポーションも持ってない? 盗賊全員の相手したからもう足がガクガクで……」
「……!! あなた、まさか」
あ、わたし言葉の選び方を間違えたかも。イスマイルは取り出したてろっとしたワンピースをぱさっと落として口元を押さえるとぶるぶると震え始めた。
「あっ、違う違う、そう言う意味じゃないよ! オンドレアに借りた指輪がちゃんと効いたから! ただ盗賊全員と踊りまくって筋肉痛でやばいだけで、痛いっ!!」
言い終わる前にイスマイルのチョップがわたしの額の真ん中に直撃した。
「叩くことないじゃん……」
「馬鹿者が……。さっさと来なさい。それは?」
「ダンスバトルの商品で宝石貰った」
「まあ、それはとっときなさい。借金返済に役立ちますね」
「うい」
どうやって開けたのか、檻の鍵は開いていた。ほんとになんでもできちゃうな、イスマイルってば……。なんて頼りになるんだ……。
「ねー、わたしのマチェーテとかドレスとかも回収したいよ」
「さっさと出て、オンドレアたちが制圧した後に返してもらうのでいいんじゃないですか?」
「返すのと引き換えに身体とか要求されたら困る」
「……確かにやりかねないか。仕方ない、付き合いますよ」
「わーん、ありがとうイスマイル~」
元のゲームでもここからは盗賊に見つからないように隠れながらアジトの中を探索するパートになったはずだ。わたしこれ本当に苦手で、何度もやり直して牢屋に引き戻された覚えあるわ……。
今回も手こずるかと思ったけど、盗賊たちもわたしと同じで疲れて寝ちゃってるみたいだった。
(うろちょろしてる盗賊の目をかいくぐって脱出しなくていいのは嬉しいけど、灯り全部消えちゃってる……)
そんな中でもイスマイルはわたしの手を引いて迷いなく暗がりを進んでいく。
(エルフって言うのは相当夜目が利くみたいだな……)
イスマイルは真っ暗な中でカチャカチャっといろんな場所の鍵を開けていく。中で寝ている盗賊を起こさないように家探しして、靴とポーチ、マチェーテを回収することができた。
「あとはドレスだけだけど、どこにあるんだろう……」
それぞれの盗賊たちが寝ている部屋をくまなく探してみたけどチョコミントドレスはどこにもなかった。盗賊たちが奪い合っていたのは見たけど、今誰が持ってるんだ……?
「あと探してないのはカシラの部屋だけですね……」
「仕方ない、場合によっては二人で倒して帰らない?」
「やれやれ……そうするしかないか。じゃあ開けますよ」
カシラの部屋らしい場所の扉を開けると、中から光が漏れてきて、ちょっとどきっとした。どうやらランプを消し忘れているだけでちゃんと寝てはいるらしい。すぐに大きないびきが聞こえてきた。わたしたちは足音を立てないようにそっとカシラの部屋に足を踏み入れた。
どれもこれも略奪した戦利品なのだろう。カシラの部屋にはいろんな調度品が雑多に置いてあって、まるで骨董品屋みたいだった。これは行商の人の馬車とかも襲ってるな……。このでっかい甕とか置いといてどうするんだか……。
「ちょっと、まりえさん」
「どしたの?」
イスマイルが小声でわたしの名前を呼びながら袖をつんつんと引っ張る。彼は優美で長い指で寝ているカシラを指さしていた。
「えぇ……」
指の先には探しているチョコミントドレスがあった。あったけど。
「どうしましょうねこれ」
ドレスはカシラの腕にしっかり抱きしめられていて、起こさずに取り上げるのはちょっと無理そうだった。ほんとうに、これどうしよう!
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