32.まりえと馬車
「馬車って初めて乗る~っ!!」
あれから話した作戦にイスマイルが付き合うと言ってくれたので、わたしたちはさっそくそれを実行に移した。
まずは王都から鉱山へ行く道の手前で張って、採掘家の人たちを呼び止める。最初は怪しんでいた採掘家さんたちもわたしが王都の冒険者で盗賊のアジトを探していると説明したら、護衛をしてくれるならということで馬車に乗せてもらえた。お尻は痛いけどこっちに来てから移動は基本的に徒歩だったから、あまり乗る機会のない馬車に乗るのはうきうきするものがある。
「いやあしかし、噂のマチェーテ・マリエがこんなに可愛いお嬢さんだったとはなあ」
「てっきりメスのオークみたいな女傑かと思ってたのに、本当にいいとこの箱入り娘にしか見えないよ」
「あはは~。ほんとに、こんなに噂が広がっちゃうなんてわたしも意外でぇ……」
ステータス画面に記されている称号っていうのは要するにマリエちゃんの世間での評判なのだった。最初は『新人錬金術師』、その後の行動によって例えば『街のお薬屋さん』とか『熟練錬金術師』とか、なんか『夜の蝶』なんてのもあったような気がする。夜の蝶と比べたらマチェーテ・マリエはいい方だとは思うけど、なんか擦れちゃってる感じは否めないな……。まあおかげで作戦は今のところ上手くいっている。美少女ヒロインと話すのは採掘家の人たちにとってかなり楽しいらしく、わたしが酔わないようにかあれこれと話題を振ってくれた。
「皆さん国王様に雇われた採掘家だと伺ってますけど、いったいあの鉱山では何が採れるんですか?」
「うーん。お嬢さんは錬金術師だったな。それならお嬢さんにも国王から話が来る可能性もあるから言うが、国王は『賢者の石』を探しているんだよ」
「賢者の石……」
出た~っ、出ました~っ!! 錬金術師ものだったら絶対に出てくる賢者の石! 実態どういうものなのかふわっとしててあんまりわかんない超メジャーアイテム来たよ~っ!!
なんだっけ……。賢者の石って別の金属を金にするとか、エリクサーを作るとか、あとはなんか不老不死になるんだっけ? 飲んだら。実際眉唾だと思うけど、今いるこの世界はゲームだからね。そっか、もし手に入れたら王様に売ればすっごい金になってさっさと借金返せるかもな。そうでなくとも鉱山に行っていろんな金属手に入れてお金になるものを作るって言うのはもともとの方針だったはずなんだよ。盗賊を根絶やしにしたらわたしも探すか……。
「せっかくだからわたしも一緒に掘らせてもらっていいです? 賢者の石とかじゃなくて錬金の材料欲しいんですよね」
「ああ、クズ宝石くらいなら別に持って行っていいよ。つるはしも貸してやろう。盗賊が出るのは帰り道だからな」
「今もどこかでこの馬車を見張ってるんでしょうかね」
「そうだろうなあ……。忌々しいことだ」
そこまで話して、わたしは身だしなみを整えるふりをしてコンパクトを開いた。ちょっと考え事をしたくなったからだ。実は今この馬車を見張ってるのは盗賊だけじゃない。わたしは一人で馬車に乗り込んでいる今もイスマイルの同行者設定を有効にしている。彼には姿を隠したままつかず離れずわたしを追跡してもらって、もしわたしが盗賊に攫われたりしようもんなら助けに来てもらう算段になっているのだ。
というかさ、あの人風魔法で飛ぶんだよね。すごくない? だから今もまさに馬車とおんなじスピードで飛びながら近くを並走してるはずなんだ。
(というか……あんなにすごいのにイスマイルったらなんでオンドレアにおとなしく指なんか折られてるんだか……。魔法を使えばすぐ逃げられたんじゃない?)
それもきっと禁じられているのだろう。イスマイルもわたしとは違う関わり方でこのゲームを戦っている。
(わたしは……事故でゲームの中に転生してしまった。考えてみればなんでこんな荒唐無稽なことがスッと飲み込めるのかって話だけど……フィクションだったらよくあるやつだからまあわかる)
でもイスマイルは? 主人公じゃないからレベルもステータスもない。転生者ではないっぽい。今までにわたしと同じようにマリエちゃんとして転生してきた転生者に教えてもらった知識でしかゲームを知らない。
(でも転生者じゃないとも言ってないんだよな……)
転生? 転移? わかんないけど……実はイスマイルも別の世界からこのゲームの中に入っている可能性は捨てきれないと思った。もしそうだとしたらわたしと同じ世界のひとではないのかもしれない。魔法は元々習得しているものだと言ってたし。
(どうしてイスマイルがループしてんのかもわかんないし、わたしを手伝ってくれるのも暇つぶしだけじゃないような気がするんだよな……。まあでも考えてもしょうがないかあ……聞いてもこれ以上教えてもらえなそうだしなあ……)
そこまで考えてわたしはコンパクトを閉じた。止まっていた時間が流れ出す。馬が地面をける音、車輪が砂利を蹴散らす音、わたしに話しかけてくる採掘家さんたちの声が周りに戻ってきた。
「鉱山が見えて来たぞ。行きはいいんだ。行きはなあ」
「帰りはわたしがおとりになるので、その間に王都に向かって全力で馬車を走らせてくださいね」
「まあ、そうさせてもらうが……しかしいかなマチェーテ・マリエでも女の子を一人で盗賊の群れの中に放置するのは気がひけるぜ……」
「大丈夫大丈夫、気にしないでください~」
今回盗賊に捕まっても絶対に無事に済むという確信がわたしにはあった。オンドレアが貸してくれたチョットダケの指輪があることもそうだけど、このイベントのことをわたしが覚えているのも大きい。
おそらくこれは以前スイーツショップでイスマイルと話した負けイベントに繋がっているのだ。盗賊に負けるとアジトに連れていかれて、一番好感度の高い攻略対象に助けてもらう胸キュンイベントが発生する。ワルブレヒトとオンドレア、今どっちの攻略対象の好感度の方が高いかはわからないんだけど、そこにイスマイルが滑り込むことによってどちらの好感度も上がらずにアジトを割り出すことができるってわけ。
(この間滝つぼでちょっとイヤンな感じになっちゃった時みたいなことになっちゃうとちょっと困っちゃうけどな……困っちゃうというか、普通に照れちゃうと言うか……)
スライムの媚薬にあてられてそういう感じになっちゃうのはエルフの名折れだってイスマイルは言ってたけど、媚薬とかなしにそうなった場合はどうなんだろうかなあ、イスマイルはなあ。
「お嬢ちゃんなんか顔赤いな? どうした? いざ盗賊が来た時に熱っぽくてうまくいかないみたいになったら困るぜ?」
「えっ? あっ、いや~、なんかお尻痛くてえ……汗出てきちゃって……」
「あ~、ここいら足場悪いからなあ、慣れないといいとこのお嬢ちゃんにはしんどいかもなあ」
「ねえ~、えへへへ……」
ごまかし笑いのわたしを馬車は運んでいく。鉱山はもう目と鼻の先に迫っていた。
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