30.まりえとでまかせ
クッキーを売ってた時に会った時のオンドレアはメロ怖い、くらいのかんじだったけど、今のオンドレアは普通に怖い。だけど怖がっていることを悟られたら負けのような気がした。
「いただきます……」
透明で綺麗なクリスタルの器に缶詰の桃が細かく切られて出される。表面がつやつや光って、埃臭い事務所に似合わない高級品って見ただけでわかった。喉が詰まって食べたくなかったけど、出されたものを食べないのは失礼にあたる。こういう一触即発系のひとに失礼はまずい。特に部下が見てる時なんか余計だ。無理して口に入れたもののこの状況じゃ味なんかわからなかった。
「うまいか?」
「……おいしい……です」
「せやろ~? 特別なお客さんが来た時にだけ開けるとっておきや。味わって食べてな。冷コーも飲むか?」
「いただきます」
「おうそこの、砂糖とミルクたっぷり入れて出してやりぃ」
オンドレアが命じると部下がさっとアイスコーヒーを出してきた。手際良すぎ。いつもやってるんだろうなこれ。喉が詰まっていたので飲み物はありがたい。
「じゃあ早速お仕事の話しよか。表のギルドである程度は話聞いとんのよな?」
「はい。鉱山へ行く馬車を襲撃している盗賊のボスを討伐してほしいという依頼を受けました……」
「そうそう、俺らの息のかかってない野良の盗賊が場ぁ荒らしとってな。困っとるんよ。もちろん俺らもただ手ぇこまねいてるわけとちゃうくて、見つけ次第それなりの責任取ってもらおうとしとんのやけどな。なんやあいつら逃げ足早くて、どこにアジトがあるんか掴めんのよ」
「はあ……。それでわたしは何をしたらいいんでしょう……?」
言葉選びはこれでいいのかはらはらしながら会話を続ける。いつもわたしが下手なことしたら助けてくれるイスマイルは今わたしの後ろで血泡で詰まった鼻をぴすぴす言わせながら直立しているだけだ。わたしと違って今余計なことを口にしたらその場で殺されかねない。彼の助けは期待できないだろう。
「ホンマはピーチちゃんやのうて脳筋の女冒険者を適当に見繕ってやらせる予定やってんけど……。なんやピーチちゃん、お兄ィさんが知らんうちに随分ごっつくなってまったようやないの。ギルドに出入りしてる一番強い女ってのが今回の依頼の最低条件でな」
え? マジ? わたしも自分がそんなに強い人扱いだって全然知らなかったんだけど……。
「ピーチちゃんにやってほしいのはな、やつらにわざと捕まってアジトの場所をつきとめるお役目なんよ。できるか?」
「おとり捜査ってことですか?」
「そないなかんじやな。一度現場でドンパチやらかしたら奴ら完全に俺らのこと警戒してまってな。尻尾掴みづらくなってまったんよ。ピーチちゃんがアジトのほう見つけてさえくれたらあとは俺らがカチコミに行く」
「なるほど……。わたしはボス討伐として依頼を受けたわけですけど……、報酬の方はどんな感じになるんでしょうか……」
「前から気になっとったけどピーチちゃんそないに金に困っとんの? なあニコニコちゃん。お前の収支報告ではピーチちゃんの借金って蛙のションベンみたいな額やなかった? そないにえげつい利子つけたん? 俺そんな指示した? なあ」
「違います、わたしは別の所に借金があるんです! イスマイルさんのところでは返済の準備のための種銭を借りただけなんです!」
ギチっと音を立てて拳を握り立ち上がりかけるオンドレアをわたしは慌てて止める。これ以上殴られたらイスマイルの顔が大変なことになっちゃう!
「別んとこぉ? 俺の知らん話やな。どこに借金しとるんや」
「私じゃなくて親がした借金なんですけど、別の土地の人から借りてるので……」
「ああ、なるほどな。シマ違いやから俺の耳に入っとらんのか……まあええわ。とりあえず今はお仕事の話やな。脱線してもうた。えらいすまんな」
「いえ……」
こーわっ。情緒不安定すぎるでしょこの人。はらはらするなあ、もう……。
「ギャラはギルドに出してた通り討伐のお値段のままやで。やり方はまあピーチちゃんにまかせる。ピーチちゃんほどの上玉やったらやつらもいきなり殺すってことはせえへんと思うしな」
「戦利品のふりして潜り込むとかそういう感じになりますかね……」
「あああもう、だから適当な女にやらせたかったんよ! 俺のピーチちゃんが……」
何を想像したのか、オンドレアは急に頭を掻きむしり始めた。怖いなあ……ほんとに怖いよ。
オンドレアは要するに「私にだけ優しい極道」ポジションの攻略対象なのだ。ヒロインのことを一途に愛するあまりあらゆる障壁を暴力行為で徹底的に排除してしまう暴君。自由意思を封じられ、圧倒的な力で強引にねじ伏せられてモノにされたいMッ気のあるプレイヤーにはウケるキャラだろう。そんな男とのグッドエンドが誰とも会えないところに閉じ込められて生涯を愛され抜いて終えるというのはそれこそ垂涎の展開なのかもしれない。わたしは嫌だけど。
「ええわ……。他の女やったらほかしとくんやけど、他ならぬピーチちゃんやもんな。お兄ィさんがお守り貸したる。これは俺の宝物やからこのお仕事が終わったら返してな」
「え、なんですか」
オンドレアは左手の小指に填めていた指輪を抜き取ると、わたしの手を取って填めてきた。一度は左手の薬指にしようとしてきたけど、ぶかぶかだったので最終的に人差し指になった。見てみると何本かのキノコが絡みついたような意匠の指輪で、あんまり趣味がいいとは思えない。
「これって……」
「これはな。『チョットダケの指輪』っちゅうマジックアイテムやんな。おなごが危ない目に遭いそうになると、その場の常識を捻じ曲げる力があるんよ」
「その場の常識を、捻じ曲げる?」
「まあ、使ぉて見ればわかるわ……。なくさんでな。そう言えば俺があげたブローチまたつけとらんやないの。デザインが気に入らんのか? ほなら正直に言うてや。まさか本当に失くしたん?」
あ、やばい。
「いえ……そんな、なくすだなんて……」
「じゃあいまどこにあるんよ。見せてみ?」
まだわたしの手を握ったまま笑顔なのに、睨みつけてくるような視線を下から送ってくるオンドレア。わたしはそれを見ながら一生懸命頭を回転させて考える……考える……。
「今は見せられない……」
「おん? なんでやねん。理由聞かせてみ」
「……誰にも触れない大事なところに入れちゃったの」
「……おお? ん?」
「マリエの大事な秘密のお部屋にないないしちゃった♡」
「……おお、おほほ。はははっ」
ありえないか? ありえないな。自分でもありえないと思うよ。だけど……。
「ははは、ピーチちゃん。ピーチちゃんとんでもないことするなあ……。たまらんわ……、罪な女やで……」
この返事は闇ギルドの王のお気に召したようだった。いや、何も言ってないよ。大事な秘密のお部屋って普通に自分ちの今はワルブレヒトが居座ってる部屋のことだし。男と住んでるとか今バレたらやばいから。でもオンドレアはわたしの言い方で勝手に何か想像して機嫌を良くしたようだった。
「なんで? なんでそんなとこにしまってまったん? お兄ィさんにほじくり出してほしいんかな?」
「……内緒!」
「っかぁ~!! ミッステリアスやのぉ~!! なあ、ピーチちゃん、借金まみれの家なんか出てまって俺の女にならへん? お兄ィさんが全部肩代わりしてやるから……」
「嬉しいけど、借金は自分で返したいんです。そうじゃないと自分のこと嫌いになっちゃいそうだから……。自分のことは最後までやらせて?」
わたしはうる、きゅるんとでも音がしそうな媚び上目遣いでお願いする。美少女の顔を持っているのだから適宜有効活用しなければ。
「はあ、しゃーない。そう言うなら今回は引き下がったる。俺は追いかけるより追いかけられる方が好きな男やからな」
上目遣いは思ったより効いたようで、オンドレアはひとまず引き下がってくれた。
「そのうちそっちから俺のこと欲しい欲しいって言わせてやるからな、楽しみにしとき……」
「それじゃ、取引完了ということで……わたし、おうちに帰ります。作戦立てなきゃ」
「せやな。気を付けて帰りぃ。さ、ニコニコちゃんには話したいことが仰山あるわ。もう顔拭いてええで。こっち来て座れや」
帰り際、イスマイルはわたしのことを一瞥もしなかった。誰かが見ているといけないので、わたしはニコニコファイナンスでイスマイルを待つことにした。
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