27.まりえと吊り橋効果
ジャイアントスライム討伐の報酬をもらえたわたしは結局チョコミントドレスを買った。ミントグリーンと白のストライプ、エプロンとパニエがチョコレート色。
「ねー、見てこれ可愛すぎるでしょ~!」
「やれやれ……まあ前回のドレスよりも防御力は高いようだし、いい買い物なんじゃないですか」
「うん、これでまた新しいフィールドに行けるようになっても大丈夫。イスマイル、上着ありがとね。それとこれ、利息」
お洋服屋さんの前で待っていてくれたイスマイルに、借りていたいろいろなものを返した。
「次に呼ぶときはなるべく朝イチで呼ぶようにするね。甘いの食べた次の日は水浴び行きたいでしょ? それは午後に行ってよ」
「あなたのスケジュールに合わせて私は生活しないといけないわけですか……」
「うーん。わたしにとって同行者はさ、イスマイルしかいないんだから。ね、頼らせてよ……」
「……」
言いながらなんかちょっと恥ずかしい台詞だなと思ってイスマイルの顔を見上げると、イスマイルもなんだか変な表情をしていた。わたしはすぐに顔を伏せて、イスマイルの顔を見ないままわたしはスラムと王都の境目まで彼と一緒に歩く。ここまで来たら今日もまたバイバイだ。
「またね、イスマイル」
「ええ、まりえさん。また」
時間は夕方に差し掛かっていて、家に帰るころには夜になっちゃうだろう。オレンジ色の光を反射した長い金髪がスラムの暗がりに消えていくのを見てると、すっぱすぎるものを飲んだみたいに喉の奥がぎゅーってした。
イスマイルとお別れして一人きりで帰る家路がやけに寂しく感じる。
(やだなやだな、なんかこれあれじゃん……)
もやもやした気持ちを抱えたまま、わたしは玄関のドアを開けた。
「おかえりマリエ。おや、また服が変わっている。可愛いよ」
「え、ああ。ただいまワルブレヒト……兄さん」
ワルブレヒトに声をかけられたけど、なんだかわたしはぼんやりしてしまって気の抜けた返事しかする気にならなかった。
「お風呂に入っておいでよ。夕ご飯はロールキャベツだから」
「んー、うん……。そうする」
なんだかワルブレヒトはあれからがつがつ来ることがなく、わたしとの家族ごっこを楽しむ方向にシフトしたような気がする。
(頭の打ちどころが悪かったのかな? 身の危険を感じないのはいいことだけど……、だったらブローチ返してほしいよな……)
わたしは新しい下着を用意してお風呂場に向かった。お風呂に入っている間、脱衣所ではホムちゃんが見張りをしている。この間何匹かにこっそりプレゼントクッキーをあげてみたら好感度があがったらしくてわたしの言うことを聞くようになった。ワルブレヒトが万が一覗きに来たり下着をへんないやらしいやつに変えたりしようもんなら大声で騒ぐようにお願いしている。今のところ騒がれたことはない。
「ふーっ……」
猫足のバスタブに満たされたカモミールのお湯を手ですくうとぱしゃっと顔にかけた。目を閉じたまま後ろに寄りかかると口元まで沈んで、わたしはぶくぶくと口から息を吐く。
「ぶくぶく……これはぁ……吊り橋効果……ですかねぇ……」
吊り橋効果。心理学者だかなんだかのショート動画で聞きかじっただけの知識しかないけど、それは魅力的な相手に感じるドキドキと危機に陥ったときのドキドキを混同して、共に危機に陥った人物を魅力的に感じてしまう心と体のバグだ。特にあの時はふたりとも発情をうながすピンクスライムの媚毒にさらされていた。だからなんかそんな感じになっちゃっただけで……。
「そういうんじゃない……はず」
くっそお……、熱に浮かされたような顔で覆いかぶさってくるイスマイルのイケメン顔が脳みそに焼き付いて離れないよっ……! これはマリエちゃんがちょろいのか? それともわたしがチョロいのか? どっちだとしても今心を揺らしてるのはわたし、安彦まりえだっ……!
「目的を見誤るなっ……まりえっ! わたしは……このゲームをクリアして元の世界に帰るんだよっ……! 」
イスマイルがどんなにやさしくたってかっこよくたって、最後にはお別れになるんだ。だから、だからあれは……イスマイルは……。
「好きになっちゃダメなひとだからっ……!」
もしイスマイルが没になった攻略対象とかだったとして、わたしも知らないまともなエンディングがあったとしたら? なんてことを寝る前にちょっと想像しちゃったこともある……。だけど、そんなものがあるなんて保証はない、ただの妄想なんだよ。すがっちゃダメなやつなの。初めて話した時にわたし聞いたじゃん。「イスマイルって実は隠し攻略対象ってことはないよね?」って。イスマイルなんて言った? 「馬鹿じゃないですか」って言ったんだよ……。
「そうだったら言ってくれるはずだもん……。わたしがゲームをクリアできるように手伝ってくれてるんだから。知らないエンディングなんかあったら教えてくれるはずだもん……イスマイル、なんだかんだいいやつなんだから……」
依存、ダメ絶対。
「推す……推すくらい。推すくらいの感じで、そのくらいの距離感でやっていこう」
あんまり長いこと入ってるとワルブレヒトが様子見に来ちゃうかもしれない。わたしは顔をぱしゃぱしゃと洗って気持ちを切り替えるとお風呂から出た。
*
「マリエ、なんだか今日はキラキラしていつもよりすごく可愛いけど……。どうしたの?」
「え? あー……推しができた」
「推し? ああ、そういえばマリエは楽団を見にいくのが好きだったもんね。お気に入りの奏者でもできたのかい?」
「んー、そんなとこ。女性ホルモンじゃぶじゃぶ」
「へえ……」
髪を乾かした後ワルブレヒトと食卓を囲みながらそんな会話をした。なんだこれ。お祖母ちゃんとの会話か?
「そんなことよりさあ、いい加減ブローチ返して。あれがないとスラムに行けない」
「スラムなんか行かなくていいだろ? 君みたいな女の子がスラムに何しに行くっていうのさ」
「何しに行くってそりゃあ」
イスマイルに会いに……。
「効率よくお金稼ぐためにだよ。兄さんが聞くことじゃないでしょ。行かせたくないなら借金反故にしてくれればいいのに!」
浮かんだ考えがまだ浮ついてて、わたしの語気は強くなってしまう。やつあたりか。なんて人間臭いんだわたしは。やだな。
「嫌だよ。借金がなくなったら君は僕と一緒に住んでくれないし、こうやって食事もしてくれないだろ」
「そりゃそうだよ……」
返事して顔を上げると、ワルブレヒトは少し悲しそうな顔をしていた。
「ずっと仲のいい兄弟子でいたかった」
「え?」
「師匠が生きていて順調に借金を返してくれていたら、僕は君の中で優しい兄弟子のままでいられたよね」
「……ワルブレヒト……兄さん?」
「僕だって夢が見たかったんだ。婚約者なんかいなくて、可愛い妹弟子と自然に愛し合って、家族になりたかった」
「……」
そこまで言って、ワルブレヒトはにっこりと笑った。
「だからブローチは返さない。借金も反故にしない。そもそも僕は親の仕事の一端を頼み込んでやらせてもらっている立場だからなかったことにする権限はないよ。言っただろ。愛人になるなら借金をまけてもらうように『頼んであげる』って」
「そう……だっけ」
「そうさ。君はお金が用意できるまで僕とこうやって何度でも食卓を囲むんだ。家族みたいにね。ごちそうさまでした」
「あ、ごちそうさま……」
ワルブレヒトはそこまで一気に言うとてきぱきと食器を洗いに行ってしまった。その後ろ姿を見ていると本来のマリエちゃんが持っている兄弟子との思い出が胸をちくちく刺す。
「……何やってるんだろうなあ、わたしは」
下手の考え休むに似たり。今日はもう疲れた。 わたしはそのまま自室に上がると、ベッドに倒れ込んだ。
眠る直前、イスマイルは今頃何してるだろうとちょっと思ってしまうけど。
(……いい加減にしろ、わたし)
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