19.まりえと森の中
「……今何か変なことしました?」
コンパクトを閉じると、イスマイルは不思議そうな顔でわたしのことを見た。
「え? 鏡でステータス確認しただけだけど」
「なんだか時間が跳んだような違和感があります。それのせいですか?」
「あ、もしかして初めて見た? そうそう、これ見てる間だけ時間が止まるんだよね」
「あなたそういうものを人前で無防備に開くんじゃないですよ。悪用されたらどうするんですか」
「大丈夫だよ。他の人にはただの鏡にしか見えないんじゃないかな。ほら」
わたしはイスマイルに向けてコンパクトを開く。いぶかしげに覗くイスマイルの動きは別に止まらない。
「女の子がコンパクト持ってたって身だしなみに関心があるんだなくらいにしか思われないって」
「まあ……そうですね。で、あなたはそれを使って何か確認していたんですか?」
「あっ、そうだよ! あのね、イスマイルのこと同行者に登録できたよ!」
「なんと」
イスマイルの反応は小さかったけど、目がいつもの倍ぐらい大きく開いていた。かなりびっくりしているようだった。
「これで一緒に戦ったときイスマイルが倒した敵の経験値がわたしにも入る!」
「待ってくださいよ。同行者って本来攻略対象しかなれないものだと聞いていましたけど」
「そうだけど、なんかうまいことルールの抜け道を通れたっぽい」
「……はあ。あなたにはびっくりさせられっぱなしだ」
「へへ、見直した?」
ドヤ顔でイスマイルの顔を覗き込むわたし。イスマイルはなぜかわたしの顔の近くで手をキツネさんの形にした。何?
ぺちん!
「痛った!? なんでデコピンするの!?」
「ムカつく、その顔やめなさい」
「も~っ!!」
「で? 私を同行者にしたあなたはこれからどうするつもりなんです」
「ん、えーっとね」
今まではこの湖まで来たら全回復して王都に戻っていた。だけど今は隣にイスマイルがいる。イスマイルの戦闘能力が高いことは初めてスラムに入ってごろつきから助けてもらった時に確認済み。だとしたら……。
「そりゃあ、この森のボス撃破目指してガンガン行こうぜでしょう!」
「ボス」
「そうそう! フィールドの奥にはボスがいるんだよ! 冒険者ギルドから討伐依頼が出てるからね。倒したらいっぱいお金もらえるわけ」
「ボスモンスターは具体的に何かわかっているんですか」
「森のボスはジャイアントスライムだったと思う……。それを倒したら1万マニーもらえるはず。この間ワルブレヒトに最初の徴収だって1万取られちゃったからさっさといただきたいんだよね」
食後のお茶を飲み終わったのでわたしは拡げていたピクニックセットを全部元通りに片づけてうーんと伸びをした。
「最初の徴収と最初のフィールドのボスの報奨金が同額って、それはそのお金で払えっていうことですよね」
「そう、かもしんないね」
「あなた、もしかして出遅れてるんじゃないですか? もたもたしてるから」
「えっ……あー……。今から巻き返すの! ほら、行くよっ!」
イスマイルといると自分の攻略の下手さを突きつけられがちだ……。そう、わたしは実はそんなにゲーム攻略するのが上手じゃない。わたしにとってゲームをプレイするということはどれだけ楽しめたかが重要で、どれだけ効率的に華麗にスコアを叩き出すかとか短期間でクリアするとかそういうのは二の次だったから。
自分の命がかかっている今だって、ゲームの中でマリエちゃんの姿で生きているという事実のプレッシャーを受け流すためにこの生活を少しでも楽しもうとしてしまっているところは……ある。水着で水浴びしたりピクニックしたり、ちょっと真剣さが足りないかもしれない。
(でもそれが人間ってもんだからさ……。狂ったりしない程度に頑張んなきゃね。さあ行こう、まりえ)
湖に入る手前くらいで草原だったフィールドは森に切り替わっている。隠れるところのない草原ではスライムばかりがはびこっていたけど、ここでは……。
「ギギッ!」
「ギッ!!」
「まりえさん、ゴブリンです」
「おっ、来た来た」
茂みをかき分けてゴブリンが何匹も飛び出してくる。子供くらいの背丈の緑色の小鬼。ゲームしてる時は思わなかったけど、こうやって目の当たりにすると服着たり武器持ったりしてる敵って普通に殺しちゃっていいのかちょっと悩むよねえ。
「まあ、殺すんだけどっ!!」
わたしは仕込み傘の持ち手を捻って刃を出す。スライムと違って酸などは出してこないのでまずは閉じたままの傘を槍として使って戦う。
「ギャギャッ!!」
飛びかかってきたゴブリンを大きすぎないステップでかわして、すれ違いざまに刃をずぶり。押し返す勢いでわたしは一体目ごと二体目に体当たりする。さっき食べたサンドイッチには腕力増強のバフ効果があるから、いまのわたしは大人の男の人くらいの力が悠々と出せるようになっていた。
「まりえさん!!」
「ぶえ!!」
イスマイルの声に顔を上げると三体目のゴブリンの顔がすぐそこに迫っていて、わたしは思わず可愛くない悲鳴を上げる。だけど次の瞬間、こぶしくらいでかい石が横合いから飛んできて、ゴブリンの顔ごとわたしの視界からフレームアウトしていった。
「イスマイル!」
他のゴブリンの追撃を受けないように素早く後ろに飛びすさると、わたしはイスマイルの方に駆け出す。彼は彼で群がってくるゴブリンを相手しているところだった。その合間にも投石でわたしを助けてくれる余裕がある。
(イスマイル戦うのうますぎるなあ! 大体レベルいくつくらいの想定なんだ? どっちにせよ、助かる~!!)
わたしも今日までにいっぱい戦ってまあまあ戦闘に慣れてはきてる。イスマイルと二人でなら今日ボスまで行くのもそんなに無茶じゃないかも!
「やぁっ!!」
イスマイルが一声気合を入れるとスラムの時に見たのと同じ風の腕輪が飛んでいって、群がるゴブリンたちを片っ端から吹っ飛ばしている。地面に叩きつけられてもまだ向かってくるしぶとい奴らをわたしが仕込み傘で仕留め、しばらくそういうふうに役割分担して戦った。わたしが一人だと服を破られたりちょっと怪我したりでまあまあ大変だったけど、今度は無傷で勝つことができた。
「……これでこの区画のゴブリンは全部倒しましたかね」
「そだね。このまま森の深部まで行こうか。イスマイルはこの先に行ったことある?」
「エルフのわたしでも用もないのに深部にはあまり行きませんよ。この森の奥のモンスターは獰猛だ」
「そっか。じゃあやっぱりイスマイルを同行者にしてからでよかった」
「……まあ、退屈はしないですみそうですよ」
澄ました言葉遣いをしながらもイスマイルはちょっと楽しそうだった。もしかしたら金貸しの仕事ってめっちゃつまんないのかもしれないな……。
「イスマイル、干しキノコ渡しとくよ。魔力回復アイテム」
「ありがとうございます。ふむ」
見た目干し芋みたいに見えないこともない干しキノコをイスマイルは白い歯で噛む。ガムみたいに口の中でくちゃくちゃくちゃくちゃって噛んでる姿はあんまりエルフっぽくない感じがした。
「それ、美味しい?」
「美味しくはないですよ。もっと美味しいのを作ってくれると嬉しいですね」
「美味しいのって言ったらなんだろ、それで出汁とってスープでも作ろうかな」
「急いで補給するのにはこれでも悪くないですけど……おっと、気を付けて。何かの気配を感じます」
イスマイルの注意を聞いて、うっそうと茂る植物の間から何かが来るんじゃないかとわたしは身構える。がさりがさりと何かが動いている音はするのに、ゴブリンたちのように飛び出してくることはない。
(森の深部、何がいたっけ。こういうところに出るモンスターって大体……なんか植物系とか?)
わたしがそこまで考えた時、しゅるっ! と空気を切り裂く音がして何かが足首に巻き付く。
「ひゃっ!!! おわーっ!!!!」
「まりえさん!!」
地面に引き倒され、尻もちをついたわたしの足が勢いよく引っ張られ、引きずられそうになる直前にイスマイルが手を捕まえてくれた。
「痛い痛い痛い、身体裂ける~っ!!」
「この、えい!」
イスマイルが風の斬撃で何かを切断したらしく、足を引っ張る力から解放されたわたしの身体はイスマイルの腕の中に引っ張り上げられた。
「食人花です! いったん戻りましょう!」
「う、うん!」
まだ深部の入り口だったのが幸いした。わたしたちはあわてて前のフィールドに走って戻るのだった。
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