18.まりえと湖ピクニック
次の日。イスマイルは約束通り湖にいて、先に水浴びをしていた。そして茂みからがさりと現れたわたしを見て目と口をあんぐりと開けて絶句してしまっている。
「なに……何があった!!」
「えへへ、ゴブリン狩りに熱中しすぎちゃってえ……」
ゴブリンは倒すと毒キノコを落とす。この毒キノコがアンチドートを作る材料として必須だからたくさん採っておく必要があるんだけど、普通の食用キノコよりも自生している数が少ないんだよね。だから自然にゴブリンを追いかけて行って狩る感じになるんだけど……。
「なんかモンスターが一杯固まってる区画にうっかり入っちゃったもんで、ちょっぴり苦戦しちゃって……。服めちゃくちゃ破られちゃった」
「何もされてないでしょうね! なにも、何もされてないでしょうね!?」
そう、わたしの可愛いアリスドレスはボロ雑巾同然、汚し系でごまかせる範囲を超える酷い状態になっていたのだった……。
「大丈夫だよ、ちょっとピンチだったけどこっちは無事のまま全部倒せたから」
「だったら裁縫セットで直しておきなさいよ! 心臓が止まるかと思った……」
「いやあ、どうせここまで来るまでにまた破られるだろうからもったいなくて……、ここについてからまとめて直すつもりだったんだよ」
「……っはぁ~あ……」
「クソデカため息やめてぇ。いますぐ使うからぁ……」
顔を手で覆ってかぶりを振るイスマイルの前でわたしは裁縫セットを使う。リアル裁縫スキルが要求されたらボタン付けと裾上げくらいしかできないからきついなと思ったけど、錬金釜と同じで使用したという事実があれば破れは瞬時に直せた。錬金術ってか魔法だよなあこれもう。
「ほらね、もう大丈夫」
「まあ、何もされてないならいいですよ、今そっちに行きますから……」
「あ、まってまって! わたしもその湖で回復したい! よっと」
「は!?」
わたしが新品同様に直ったアリスドレスのホックをプチンと外すとイスマイルは慌ててくるりと後ろを向いた。
「後ろ向かなくても大丈夫だよ~、今日は下に水着着てきたんだ。下着じゃないから……」
「そういうことは先に言ってから脱ぎ始めてくださいよ、まったく……」
まあ、イスマイルには前回ここで会った時スライムに服全部溶かされた下着姿見られてるから今さらではあるんだけど……。
「きゃー、つめたーい。今日ちょっと暑かったから気持ちいいね」
「ちゃんと入る前に身体に水かけて慣らしなさい」
「わかったわかった、ぱちゃぱちゃっと、これでいいでしょ」
「なんなんですか本当に……」
「まあまあ、せっかく可愛い水着買ったから誰かに見せたかったんだよ」
「おおかた攻略対象とのイベント用でしょそれ……」
そう、ノーマニー×アルケミーは男性向け同人RPGのノウハウで作られてるせいか下着と服の装備項目が別れてて、着ている下着に合わせてスチルの絵が変わったり特殊イベントが起きたりするんだよね。
「この間ここで回復した時は裸で入らなきゃならなかったからね。水着あるなら着たいって。ていうか、今日はイスマイルも水着着てるじゃん」
ここに到着した時イスマイルは水面から上半身しか出していなかったので今日も裸かなと思ったけど、近くに寄ってみたらなんか独特なサルエルパンツみたいなのを穿いていた。
「そりゃ、あなたがここに来るって前もってわかっていたから。私とてむやみやたらに異性に裸体を晒したりはしません」
「そうなんだ。『高貴なエルフ様の身体は自然が産んだ芸術だから下等な人間に見せてやるのは情け』くらいに考えてるかと思った」
「あなたの中のエルフ像、偏ってません?」
なんだかんだと話しながら二人でぱしゃぱしゃと水に浸かる。そうしていると戦闘でついた擦り傷や打撲の痣の痛みがすぅっと消えていくのを感じた。
「うーん、生き返る。傷も綺麗に直ったし、全回復スポットありがたすぎるな」
「ゴブリンの群れの中に入って擦り傷と打撲で済むくらいには鍛錬を積んだんですね。それは素直に偉いと思います」
「てへへ」
あんまり褒めてくれない人に褒められるのって嬉しいよね。照れ笑いしていると、わたしのおなかが急にぐうと鳴った。
「あー、お腹減っちゃった! ねえご飯食べよ! 今日はそのためにここに来たんだった!」
「忙しいしやかましいし……」
ぶつくさ文句を言うイスマイルの手を引いて、わたしは水から上がる。
「ちょっと着替えるから、覗かないでね~」
「誰が覗くか……」
安全地帯から外れないくらいの茂みに身を隠してわたしは替えの下着に着替えようとした。したんだけど……。
「やっば! しくじった!」
「は!? 今度は何ですか」
「替えの下着持ってくるの忘れちゃったぁ……」
「……」
もう突っ込みも放棄したイスマイルに魔法で温風をかけてもらって水着を乾かし、わたしは元通りのアリスドレスに戻った。
「へへ、お手数かけます~。じゃあご飯の準備するね」
気を取り直して、わたしはポシェットからいろいろなものを出す。まずは地面に敷くようのおっきな布、バスケットにつめつめしたサンドイッチ弁当は卵とベーコンレタスとトマト、それともう一種類、きゅうりとツナを混ぜたやつを朝のうちにパンに挟んで、しっかり馴染ませておいたわたしの手作り。魔法瓶みたいなポットにはワルブレヒトから奪還したマリエママの茶葉で淹れたお紅茶を入れてきた。こういうのちょっとガバガバなゲームでよかったよね~。
「さ、食べて食べて~」
「へえ、思ったより美味しそうじゃないですか」
「思ったよりって何~? ちゃんと美味しいよ」
「まあ、サンドイッチをまずく作る人はそうそういないでしょうし、いただきます」
レジャーシートに腰を下ろしたイスマイルの優美な指がサンドイッチをつまむ。そして口元に持っていき……。
「ん、うむ」
半分以上を一口で行った。普段は控えめな口元がぐわっと開いて、サンドイッチをぱくっと頬張る。そのまま少しの間もぐもぐと咀嚼し……。
「どうかな? おいしい?」
「まあ、普通に美味しいですよ」
「よかった! わたしもたーべよ」
しばらくわたしたちは二人でサンドイッチのお弁当を楽しんだ。マリエママのお紅茶は香り高く、それなのにすっきりと飲みやすくてこんなふうに魔法瓶に入れて持ってくるの、ママに申し訳なかったかもと思った。
「ちゃんとその場で抽出時間を守って淹れた方がいいお茶ですよこれは」
「そうだねえ、でもいい香り……。あ、そうだ」
ほどよくお腹が満たされて紅茶であたたまると趣旨を忘れてまったりしてしまいそうだ。わたしはいまここでイスマイルと一緒にピクニックしている本来の目的を思い出し、ポシェットをごそごそとまさぐった。
「はい、イスマイル。『クッキーのプレゼント』だよ。あなたにあげる」
「……ああ、そうでした……」
可愛いリボンで飾ったクッキーの包みを差し出すと、イスマイルはそっと受け取った。せっかくだからイスマイルの目の色と同じ緑のリボンで新しく作った特別な奴だ。
「プレゼントの項目がないNPCだから受け取れないかと思ったけど、そんなことなかったね」
「……そうですね。これ、今開けて食べてもいいですか?」
「どうぞどうぞ」
しゅるりとリボンを引っ張るイスマイルは、気のせいかちょっと真剣な顔をしていた。
「そんな息吞んで開けるようなもんでもないよ」
「うるさいですね。じろじろ見るんじゃありませんよ」
さっきサンドイッチを摘まんだ時と同じ仕草で、イスマイルはクッキーを手にする。しばらくジャム部分を太陽に透かしたりしてたっぷり眺めてから、彼はようやくクッキーを口に入れた。
「……」
「クリームたっぷりの豪華なパフェもいいけどさ。たまにはこういう素朴なお菓子もいいでしょ」
「……これは、こんな味がしたんですね」
「お店では買わなかったんだ?」
「……ええまあ……」
ひとつひとつ、目を閉じて味わいながらイスマイルはクッキーを食べた。そんな彼の横でわたしはステータスのコンパクトを開く。確認するのは同行者の欄。
「あ……やった……」
昨日までワルブレヒトの名前しかなかったそこに、イスマイルの名前がしっかりと表示されていたのだった。
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