17.まりえのお誘い
「そういうわけでねえ、レベル5こえたからゴブリンもあんま苦戦せずに倒せるようになったんだよ~。だけどやっぱりドレス着たまま一日戦闘してると汗のにおい気になっちゃうって言うか……。洗い替え欲しいんだけどせっかく買うならもっといいやつ欲しいじゃん? 次はチョコミントドレス買いたいんだよね~」
「まりえさん、食べてる人の横でいつまでもくっちゃべってる給仕がいますか」
「いいじゃん、今お客さんイスマイルしかいないんだから」
あのあとわたしはもう一日かけてスライムを狩りまくり、地道にレベルを上げた。探索、戦闘、錬金、バイトでスケジュールをみっちみちにして動きまくるの、現実だったらオーバーワークすぎるけどマリエちゃんの18歳の身体はそんなのものともしない。
ワルブレヒトが次にいつ徴収を言い出してくるのかわからないんだけど、その時に5万と言わず10万20万財布に入ってるようにしたいじゃん? てなわけで今日の午前中はスイーツショップのバイトしてるというわけよ……。
「まったく……。裁縫セットはどうしましたか!」
「裁縫セット? スライムに服溶かされた時に使う奴だよね。もうスライムの酸は対策できてるから持ってないけど」
「装備の損傷がないときにあれを使うことで服が新品の状態になります。無駄遣いしないで今ある装備でなんとかなさいよ。どうせこの後違うフィールドに行く時に炎やらなんやらに耐性のある服を買うことになるんですから。あと、私からの借金も返さないともうすぐ利息発生しますからね」
「え~、ちょっとおまけしてよ。絶対返すからさ。ていうかわたしに協力してくれるんなら利息とんなくてよくない……?」
「ちっ!」
「舌打ち!」
今日のイスマイルは天を突くのかというくらい高い生クリームタワーの乗ったいちごパンケーキをフォーク一本で器用に減らしていた。えっ、粉砂糖もかかってるのにその上さらにメープルシロップまでかけんの……すげー。
「現状私があなたに協力できるのは『金貸しエルフのイスマイル』というNPCの本分を全うする邪魔にならない範囲だけですよ。そういうルールになっているので」
「ルール? 何それ? 誰が決めたの? そんなの」
「……一介のNPCがそんなの知るわけないでしょう」
やっぱゲームのキャラだから設定に縛られるとかそういうのがあるのかな? いいスマイルの名前にそぐわない仏頂面でイスマイルはパンケーキを立て続けにもぐもぐもぐっと口に突っ込みそのまましばらく黙ってしまう。
「……ほんとはさ~、わたしまたイスマイルに探索についてきてほしいんだよね。やっぱり一人より誰か同行者がいたほうがはかどるから」
「まあそうでしょうね。だけど私は同行者にならないでしょう。今までの転生マリエについて行ったこともないですよ」
「前回って出先で偶然会って成り行きで一緒に帰ってきたって感じだったよね? じゃあまた湖とかで会って、そのまま奥に探索行ったら二人でクリアしたりできる?」
「さあ……。まあ試してみるのもいいでしょうね。とはいえその間私は金貸しの仕事ができませんので、それなりに対価が欲しい所ですね。とりあえず今は紅茶のお代わりをください」
「はぁい……。うーん。じゃあさ、わたしの手作りまごころクッキーのプレゼントあげる」
「クッキーのプレゼント……? あそこに売ってる奴ですか?」
イスマイルがちらっと見た先にはこのあいだ店頭で手売りしたわたしのプレゼント用クッキーがカゴに入って陳列されている。オンドレアによるセクハラ事案で手売りはやめたけど、商品としては好評なのでああやって売ることになっているのだ。買い取り委託だから作っただけ報酬は財布に入るし、悪くない稼ぎになる。
「思い出したんだけど、イスマイルってプレゼントを渡す選択肢が出ないほうのNPCだったなって。だけどここに来て数日でもう一番お世話になってるじゃん。ゲームのイスマイルって森人の店から全然動かないけど、ここにいるあなたはそうじゃないでしょ? だから外だったらプレゼント渡せるんじゃないかって思ったんだよね~」
「まりえさん……」
「明日水浴びに湖に行くでしょ? わたしもゴブリン生息地突破したら湖に回復に寄るからさ~。そこで渡すよ。ていうか一緒にお昼ごはんしない? ピクニックみたいできっと楽しいよ」
イスマイルはわたしのことをじっと見つめてくる。イケメンに見られるのやっぱ照れるな……。
「……あなた、クッキーひと包みぽっちで私を買収しようとしてらっしゃる……?」
「えっ、違うし! お茶とサンドイッチも持っていくよ!」
「だから無駄遣いするなと……」
「サンドイッチも手作り! サンドイッチくらいわたしにだって作れるし!」
ものすごいケチンボみたいに言われて、あわてて訂正するわたし。スライム10匹討伐分のお値段するならお弁当は自分で作った方がいいので、クッキーといっしょにサンドイッチも自作することに決めたのだ。
「ふーっ、まあいいでしょう。スラムはエルフの身体にとっては人間の欲望から出るエネルギーが濃すぎる。どっちにせよ水浴びに行く日はしばらくフィールドで過ごすことにしてますので……。いいですよ。湖でお昼を食べましょう」
「やったー! イスマイルカッコいい! イスマイルイケメン!!」
「なんなんですかあなたは……」
呆れた顔をしながらも、イスマイルは断らなかった。この間はあんまり仲良くなりすぎるとお別れが辛いかもって思ったけど、やっぱりうっかりやのわたしにはこの変な世界で孤独に攻略するのは無理っぽい。最後にはお別れしちゃうことになるんだとしても、わたしはイスマイルとちゃんとなんらかの関係を結びたいと思った。
「じゃあそういうことで。明日湖でね。いらっしゃいませー! 何名様ですかー?」
時間がお昼に切り替わり、他のお客さんも入ってきた。わたしはイスマイルのティーカップにもう一杯だけ紅茶を注いであげると給仕の仕事に戻った。甘いものばっかりのこの店でもランチタイムからアフタヌーンティーの時間は結構混む。ばたばたと接客していたらいつの間にかイスマイルはパンケーキを食べ終わって席を立っていたようだった。
「……楽しみにしてますから」
「えっ?」
声がした方を振り返ると、風になびく金髪の先だけが閉じられていくドアの隙間から見えた。去り際のイスマイルがなんて言ったかちゃんとは聞き取れなかったんだけど、その声はちょっといつもより柔らかい雰囲気に聞こえた。
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