11.まりえと服を溶かすスライム
落ち着け、落ち着け、落ち着けよ、わたし。RPGを作~る感じのゲームだからね。戦闘はターン制だし、ゆっくりどうするか考えられるはずで……。とか思ってたらまたスライムが酸をびゅっと吐いてきた! ちょっとだけだけどスカートの裾にかかってしまう。
「きゃーっ!! やだ!!」
ちょっとかかっただけなのに太腿まで丸見えになったよ!? ねえ、ターン制じゃないの!? こりゃまずい、一旦時間止めよう!!
わたしはコンパクトを取り出してステータス鏡を見る。これから目を離さずにいる間は時間が止まることは自宅の部屋で検証済み。あとはそろりそろりと近づいて骨だけになった傘の先端でスケベスライム野郎を突き刺せば……。すかっ! 外れだっ!
「スイカ割り、あんまり得意じゃないからなあ……。お? モンスター図鑑の項があるじゃん」
コンパクトの下の方を親指でスワイプするとページ送りができることに気がついたわたしは、片手の傘で何もない空間を何度も突きながらステータス画面の図鑑のページを開いてみる。ほとんどがハテナマークで埋め尽くされてる中、一番上だけ灰色の文字で「スライム」と書かれていた。ついでに横に「NEW!」の文字がチカチカしている。
「文字が灰色なのはどうしてだ? おっ、当たった……うう……感触きもぉい」
ずぶん、ぼびょ~っとでもいうような何とも言えない嫌~な感触が手に伝わって、攻撃を成功させられたことがわかった。まだ見たままのコンパクトの中で灰色だった図鑑のスライムの文字がじわっとその濃さを増し、黒い文字に変わった。
わたしはコンパクトから目を離して戦果を確認する。傘が刺さったままのスライムはぴくりとも動かなくなっていて、周りに薬草とかと同じ虹色の光が散っている。
「なるほど、ドロップアイテム扱いになったっていうわけね」
よしよし。確かこれはスライムゼリー。お菓子とかにもなるし湿布にもなるはず。
「ん? あれっ!? えっ!!?」
しゃがんで拾っていると急に背中がすうすう冷たくなった。驚いて手をやってみたら、つるっとした剥き出しの皮膚の感触!
「あぶなーっ!!」
振り向きざまに飛びのくとそこには二匹目のスライム! わっ! 違う! こっちに三匹目! 嘘! 四匹目ッ!?
「囲まれてるぅ!! やばっ、やばっ!!」
次々飛ばされてくる酸に服を溶かされて、焦りながらもう一度コンパクトを開く。やっぱそうだ、これ、ターン制じゃない。リアルタイムバトルなんだ……。
「嘘でしょ~……」
わたしが身一つで戦わなきゃいけないんだ。わたしアクションゲームは全然やったことない……っていうかゲームですらない。リアル戦闘だ。そんなのもっとやったことない。ただの一般女性がスライムとはいえ複数の相手に渡り合えるわけない。狭いとことかに誘い込んで一匹ずつとかにしないと……。
わたしはコンパクトから目を離さないままで、傘を杖みたいに使って足元を探り探り逃げ出した。ぶきゅって感触がしたのは一匹くらい倒したんだろうか。こいつら弱いんだよね。それは助かるんだけども……。
「今は拾えないね、帰り道に拾ってくか……ん?」
モンスター図鑑に「NEW!」が増えてる。スライムの下に灰色の文字が……。なんて書いてあるか確認した瞬間、わたしはぞぉっとした。
「ゴブ……リン……?」
ゴブリン。小鬼。ファンタジーのゲームではお馴染みの邪悪なザコ敵。だけど今服を溶かされて下着だけになってる華奢な美少女にとっては……。
「出口に向かって逃げたつもりだったのに……。方向間違えて森の方に来ちゃったのか……。ファストトラベル……場所移動の欄はないゲームか。あ~! そうだ、出口にワープするアイテムとかあったんだ。まだそれ作ってな……、あ」
嫌なことを思い出した。この世界の元になってるゲーム、ノーマニー×アルケミーは普段男性向けで活動してる同人サークルが出した女性向けのゲーム。いくつかのシステムは過去作から流用していて、そのせいか体験版では負けエロイベントがあったのだ。
負けエロイベントってなんだよって話だけど、まあ要するにフィールド上でモンスターに負けるとその……めっぽういやらしい目に遭わされてしまうという……。
乙女ゲーをなんだと思ってるんですか! ってプチ炎上して製品版ではその仕様はなくなったんだけど……。この世界が体験版仕様でないという保証はぜんぜんない。というかそれを確かめる方法が実際負けてみるしかなく、負けるとその……いやいや……。
「これはまずい、これはまずいぞ……。もっとなんかいいことも思い出せ……。うーん、うーん……あっ!!」
わたし追い詰められた方が記憶がはっきり思い出せるのかな? 森の途中に湖があって、そこは体力回復用の安全スペースじゃなかったか? だったら逆にそっちに行っちゃった方がいいのかもしれない!
わたしは気持ちを切り替えて湖に向かうことにした。もちろんゲームのマップなんか覚えちゃいないんだけど、そんなにマップで迷いまくらせるような複雑なゲームじゃなかった気がする。迷っちゃったのは道を見ずに逃げたせいなんだし、湖が近ければ匂いが変わると思う。高校時代に自然のレクリエーションで山歩きした時の記憶だけが頼りだ。
不幸中の幸い、ポシェットは服にカウントされてないらしくて途中拾ったものは失くしてない。コンパクトからちらっとだけ目を外し、ポシェットに手を突っ込んで目当ての物を探って出した。
「さっきは慌ててたから忘れてたけど、ベリーとか木の実でバフがつくんだよね。ほんとはジャムの材料にするつもりだったけど今食べちゃお……酸っぱ!」
わたしが食べたのはスグリの実。このゲームの中では素早さを底上げする効能がある。これでモンスターに捕まらずにちょこまか逃げて湖まで逃げ切る。そのあとはどうするかって? そんなの湖についてからゆっくり考えるんだよぉっ!
「おらっ! おらっ! どけどけっ!!」
スライムの吐いてくる酸を素早く避け、飛びかかってくる奴はバッティングセンター仕込みのホームラン。ゴブリンはもう近寄ってくる前に逃げ! なんだあいつ緑色でキモい!
スグリを食べ食べ、ダッシュしていると新鮮な水の匂いがしてきた。湖が近づいてるのだ。わたしは低い木をがさがさとかき分け、安全地帯である湖のほとりに駆け込んだ!
「はあ……はあ……なんとか助かった……」
下着にポシェットとブーツ、手には骨だけの傘っていうみっともない格好だけどひとまず落ち着けるところに着けた。誰かが落としたボロ布でもいいからなんか羽織れるものとかあったら嬉しいんだけど……。
そんなことを考えていたわたしの耳に、ぱしゃりとひとつ水音が聞こえた。
「誰か先客がいるのかな……」
もしくは人魚とか妖精とかそういうファンタジーなNPCでも……。なんて考えながら湖の方に近づくと、予想通り湖の中ですいすいと気持ちよさそうに泳いでる人がいた。その人は浅い所に立つとシャンプーかなんかのCMみたいに長い金髪をぱっしゃーんってしながら白い胸を反らす。水の球が日の光をきらきらと反射しながら空に散っていって、わたしはその幻想的な風景に目を奪われてぽかんと立ち尽くしてしまう。
髪の毛を見て一瞬女の人かと思ったけど何もない平らな胸は男の人のものだった。その人はわたしが見ているのに気づいたようで、髪を掻きあげながら叫んだ。
「こらっ!! 何を見ている! 不届きものめ!!」
「きゃーっ!!!」
「きゃーはこっちのセリフだ!! なんだその恰好は! 露出狂か!? 破廉恥な!!」
恥ずかしがって両手で顔を覆うわたしを怒鳴ったのは昨日ぶり、エルフのイスマイルだった!
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