6話 恋は未知。私はしたことがないから。
尻もちをついた姿勢のまま剣を引き抜く栗毛。鞘も引き抜いてそれを杖のようにして立ち上がる。切っ先はマリアンヌに向けられていた。
「こ、こいつ、人間の女のふりをしてるのか!? 服を着てそんな気味の悪い顔を貼り付けて……なんて醜いんだ!」
腰を曲げ、手を差し伸べようとするマリアンヌの前にヒュンと栗毛の払った刃が宙を切った。新調したマリアンヌのドレスは真横に引き裂かれ、中から青白い鉱石の地肌が光を反射する。私が時間を掛けて削った胸部が露になる。
「そんな……私ですっ! マリアンヌです!(´,,•ω•,,`)」
マリアンヌの悲痛の声は人間には届かない。栗毛の心底怯え切った表情はミスリルよりも青白かった。
「近づくな! おぞましい化け物め! 直ぐに報告して討伐しなくては……!」
逃げ出そうとする馬の元にゆっくりと後ずさる栗毛は、手綱を握ると必死にしがみ付き、その場を去ろうとしている。
「待て! 栗毛!!」
「ま、魔王様っ!」
私は未だに迷っていた状態だったが、ライトの制止を振りほどき茂みから飛び出した。何かに突き動かされる感情は止められなかった。魔王という存在は、きっとうさ耳フードの真っ白なコートの魔力で打ち消してくれるはず。
「こいつは化け物なんかじゃない!」
馬は私の気配に感づいたのか、上半身を上げて栗毛を突き飛ばすと逃げるように丘を下って行った。
「こいつは、お前が夜な夜な愛を囁いたミスリルゴーレムだ! お前のために自分の体を削って、お前が望むマリアンヌの姿になってここまで来たんだぞ! なぜ直ぐに気付かない!? なぜ見てわからない!?」
「な、何を言っている……?」
自分でも信じられないくらい私は苛立っていた。今すぐ栗毛の体を引きちぎってしまいたい衝動に駆られる。だが、それはマリアンヌのことを考えたらできない。かといって大地を割ってみせるとか、力で威圧しても一層栗毛を慄かせるだけだ。会話を続けるには言葉で。言葉だけで伝えるしかない。
「子供がこんなところに一人でいたら危険だ! さあこっちに! その魔物は危険だ! 人間に化けている!」
私を人間の子供だと勘違いしているようだ。
「私のことはどうだっていいんだ! 目の前の女、マリアンヌを見ろ!!」
私の言葉に、栗毛は眼鏡を掛け直して目を見開いた。
「マリアンヌ? ど、どうしてその名前を?」
栗毛は視線をマリアンヌに戻す。剥き出しになった青白い金属の肌をまじまじと見ている。剣は向けたままだったが、自分が知るミスリルゴーレムと同じものだとようやく気づいたのだろう。
「ミ、ミスリルゴーレム……だって? 嘘だろ、君はあのマリアンヌなのか?」
「そうだ! 私が言葉を翻訳してやる! いいかよく聞け人間!」
「な、何の冗談だ?」
大声を出して喉が痛いが、それでマリアンヌの想いが栗毛に伝わるのならこれくらい我慢できる。
「マリアンヌは今、『あなたをお慕い申しております』と言ったんだ! お前が愛していると言ったから、その想いに応えようと、お前が望む理想の人間の姿になったんだ! この姿を見て何も思わないのか、マリアンヌはお前のことが好きだと言ってるんだ!」
「は、はぁ? そんなバカなことが……」
まだわからないのかこいつは。誰かを好きになったら、愛してるって絶対の言葉を言ったのなら、相手がどんな姿になろうとも一目で分かるものじゃないのか。じゃないと嘘をついていることになる。軽々と嘘を吐ける言葉じゃないはずだ。好きも、愛だって!
「ああ、アルバート様……」
マリアンヌも縋るような目で栗毛を見つめ何度も何度も小さく頷いている。両手を広げたままの姿勢は一つも崩していない。栗毛が受け入れてくれるのを今か今かと待っている。
「なんて、なんてことだ……!」
マリアンヌはゆっくりと地面に座り込んだ。膝を揃えてつま先を内に向ける。胸をわずかに前へ突き出して、抱きしめられるのを待つように、再び両手を広げ差し出した。
「アルバート様はこの姿勢が……お好きでしたよね。ゴーレムの時は上手くできませんでしたが、今ならこんなに上手にできちゃいます(´,,•ω•,,`)」
一陣の風が吹いた。その風は私の体を貫通しなかった。痛みを伴って体を包んで、マリアンヌの姿を見ているだけで胸が苦しくなってくる。
「あ、ああ……そんな……」
伝わったのだろうか。強張った栗毛の肩の力が抜けたように感じる。相変わらず剣を向けているのは癪に障るが。
「お前の好きなポーズだと言っている。こんなに上手くできるようになったと、お前から褒められるのを待っている……! お前の言葉そのままマリアンヌに伝わる。私を介して会話しろ。ありがたく思え、マリアンヌはお前のような人間のことを――」
「ぼ、僕の完璧な芸術品を、ただの醜い人形にしやがってええ!!」
突如、栗毛は発狂したような高い声を上げた。片手に持っていた鞘を投げ捨てその手でガシガシと頭を掻きむしりはじめる。
「なんだその姿勢は……? 僕の芸術品に触ったのか!? 誰の許可を得た! よくも、よくも!!」
栗毛の口から出たのは、愛の言葉でも、打ち震える涙の声でもなく、底知れぬ絶望と嫌悪に満ちた狂人の叫びだった。
「…………は?」
「よくも、こんな人間の女みたいな醜悪な姿に……。誰がそうなれと言ったマリアンヌ! 僕が愛したのは、あの無機質で冷たい『石』としての鋭角なフォルムだったのに! なぜ僕が発見した最高傑作が、こんな価値のないガラクタに成り下がってしまったんだああ!!」
私は耳を疑った。こいつは彼女の心など最初から見はいなかった。ただの物として、自分の性癖を満たすためだけの鉱石の塊としてしか愛していなかったのだ。
「あ……アルバート、さま……」
「汚らしい音をだすな! その唸り声を聞くだけで吐き気がする! 主体性持ったミスリル像なんて、ただの悍ましい呪いじゃないか!! あの自然な姿こそ至高であったのに! 所詮は魔物か……心底、落胆したよ……二度と僕の前に現れるんじゃない!」
栗毛は吐き捨てるように叫ぶと掻きむしっていた手から煙幕のような魔法を放った。視界が灰色に染まって栗毛の姿が見えなくなるが、逃げるように走り去っていくのは私の目にはハッキリ映る。
「わ、私は……」
煙の中、栗毛が好きだと言った姿勢のまま微動だにしないマリアンヌ。少しして、糸が切れたように両腕がだらんと落ちた。ミスリルゴーレムであればその腕部の振動は大地を抉り衝撃を生むはずだが、今のマリアンヌは雑草の頭を垂れさせるほどの力しかなかった。
「……マリアンヌ……」




