5話 恋は抉る。あなた好みじゃなければ。
「恋ってこの世界に存在する全てのものに訪れる平等な機会なんです(´,,•ω•,,`)」
「ほう。本当の恋なのかもわからないのによく言えますね」
変わらぬ笑顔でマリアンヌは言った。ライトは戻って来てネチネチと小言を言う。基本的に優しくて明るくて(体的に)気遣いができる性格なのだが、保護者みたいで先生のようで皮肉屋も混ざった、そんな言い方をしょっちゅうする。
全てのものに訪れる平等な機会、か。いい言葉だと思った。
「偉そうに。お前は恋をしたことあるのか、ライト」
「いいえ。必要ありませんからね。私も物質系に近い存在ですから。……しかし、胸が熱くなるのが恋という表現ならば、私はしょっちゅう魔王様に恋しておりますね」
「……えっ?」
突然のライトの告白に、私は情けない声を上げてしまった。「わあ(´,,•ω•,,`)」とマリアンヌも興奮した声を出す。ライトの上に私は乗っているのだが、急にお尻を乗せていること自体が恥ずかしくなる。すこしだけ腰を上げて辛い姿勢を取った。
「野菜を残してお肉ばかり食べたり、勉強していると思ったらゲームしていたり。本当に胸が熱く、ははは。いや、それは顔が真っ赤になるでしたね。失礼」
私はドシンと全体重をライトの上に乗せた。「ふふ」とマリアンヌが笑う。その慎まし気な仕草は、本当に人間のようだった。
スロウが調達してきたマリアンヌ用の衣装は、柔らかさをイメージした純白のドレスだった。なにせ本体が超硬度の金属だ。この硬さと柔らかさの対比がより女性らしくなるのではとこの私が提案した。
上等な絹とたっぷりのレースがあしらわれた、お姫様が着るようなふわふわの衣装に包まれたマリアンヌがくるりと一回転する。スカートが滑らかに追従してふわりと広がった。
「魔王様、どうでしょうか……」
胸元で両手を組み合わせ、もじもじとドレスの裾を揺らすマリアンヌ。
「ああ似合う。かわいいぞ! 私のセンスも抜群だな! どうだ似合うだろうライト! スロウ!」
「ええ。馬子にも衣裳というやつですね」
「にゅるる~♪」
私は素直な感想を口にするとライトもその場に残っていたスロウも絶賛する。私はなんだか鼻が高くなった気分だ。人間の女より女らしいぞ! 自分の身を捨ててまで、人間の姿に近づこうとする彼女の熱意と恋への想いを感じると、なんだか私まで期待で胸が膨らんでくる。
もしかして、この感覚が胸を成長させるのか? そうだとするなら、いつまで経っても成長しない理由にも説得力が出てくる。
「魔王様は恋と聞いて今誰を想像していますか?」
「……だ、誰も想像などしていない」
頭の中になぜかのほほん顔の勇者の姿が浮かんだので、幻影を八つ裂きにした。
「見ていてくださいね魔王様。私、きっとアルバート様の心を掴んで見せますからっ!」
マリアンヌの表情は晴れ晴れとしたものだった。迷いなき笑顔は私が描いたものだが、相応しい表情をしていると思う。
「ああ。応援するぞ、マリアンヌ!」
なんにせよ、私はすっかりその気だった。見ていろ栗毛。魔物が人間を恋をするのではない。人間が魔物に恋をさせてやるのだ。今のマリアンヌを見て心穏やかに出来る人間の男などこの世にいないだろう! 居たとしたらそいつは人間ではない!
「それでアルバートはまたミスリル鉱山にやってくるのですか?」
「はい。明日は一日休暇とのことで、朝からいらしてくださいます。一日中一緒に過ごそうと言われています。私の後ろ姿を念入りに研究するとのことで、すごく恥ずかしいのですが、ふふ。愛しのアルバート様……大胆なお方です」
アルバートはアルバートでちゃんと気持ち悪いやつを徹底しているようだ。そう言ったらマリアンヌに失礼か。そのアルバートのフェチというやつで、こんな巡り合わせを生んだのだ。応援すると決めたし、この男に合わせることがマリアンヌたっての希望なのだ。
「せっかくの晴れ舞台です。こんな堅苦しい鉱山で会うのではなく、どこかロマンチックな場所、そうですね、日の当たる屋外で会いましょう。恋を成すには雰囲気も大切なのです」
「おお、いいことを言うじゃないかライト」
「で、でもどうすれば……?」
「――私に案がございます」
*
――翌日。
レスティア王国に使いを出して栗毛を呼び出した。青空の下で私の全てを映してもらいたいとか、色々想像を掻き立てる文を添えて。字はスロウが描いてくれた。内容はライトが考えた。
山脈に囲まれる王国を見渡せる丘陵。ここには樹齢千年の大木があり、その下で告白をすると結ばれるという伝説がレスティア王国の中にあるらしい。なので普段は恋人たちが多いのだがライトが人払いをした。今はドレスアップしたマリアンヌが一人、突き抜ける風を全身に浴びながら栗毛を待っている。
私は近くの茂みに身を潜めて様子を見守ることにした。隣にはライトがいる。どんな思いで見守っているのだろうか。マリアンヌも今、何を考えているのだろう。
「来た」
私の尖った耳がピクリと反応した。遠くで駆ける馬の蹄の音を感知する。私までドキドキしてきた。この私が緊張してしまっている。魔物と人間との恋だなんて本来なら許されない。異種族間の恋愛なんて人間にとっても禁忌の類いだろう。
「マリアンヌ! その……がんばれ!!」
「はい! 魔王様!」
だが、恋を認めることで世界が争うことなく今の状態を維持できるのなら。魔物と人間が好き同士になっていればもしかして……。
大木の傍で馬を降りた栗毛はマリアンヌに近づいていく。
「そこの美しいドレスを着たお嬢さん、周辺でミスリルゴーレムを見かけませんでしたか? このような姿で3メートルはある巨体の物質系魔物なのですが」
栗毛は持参していた図鑑のようなものをマリアンヌに見せながら話しかけた。
「……(´,,•ω•,,`)」
強い風にスカート押さえるようにしながら恥ずかしそうにマリアンヌは頷く。太陽光に反射するマリアンヌの青白い光沢はここから見ていても綺麗だと思う。どうだ栗毛。お前が望む理想のマリアンヌがここに居るぞ。
マリアンヌ、私に見せてほしい。恋とはどんな感情で、どんな言葉が声になるのか、私の胸のドキドキと関係があるのか知りたい。そして何より、マリアンヌが喜ぶ姿をこの目で見たい。
「大変です魔王様。失念しておりました」
「うるさい、静かにしろ……!」
振り払うも、ライトは私の腕に体を寄せて耳打ちする。
「ゴーレムの声は人間には届きません――彼らにはきっと奇怪な音波か、岩石が削り合う音にしか聞こえません」
ライトの一言に私の呼吸は止まった。ドキドキする胸が広がるたびに、太い針に刺されるような痛みを感じる。
「アルバート様っ! 私です! マリアンヌです!」
マリアンヌが喋るたび栗毛の顔が引きつる。その表情の変化で悟る。それは人間にとっては恐怖を煽る音にしか聞こえていないのだ。
今すぐ飛び出して止めるべきか? 私が代わりに翻訳してやれば。だがそうなると私の姿を人間に晒すことになる。レスティア王国に察知されれば一大事だ。マリアンヌはふわりとスカートを揺らしながら栗毛を見つめている。栗毛は唖然とした顔でマリアンヌの顔を凝視していた。少し後ずさっている。
「ど、どうですか? アルバート様が望む理想のマリアンヌになりました。アルバート様のためなら、どんな姿にでもなります。どんな願いでも叶えてみせます。人間のマリアンヌよりも貴方に尽くし、愛し続けます」
一歩、マリアンヌは栗毛に近づく。両手を広げる姿は、抱きしめられるのを待つような少女のように見えた。私はどうしたらいい……?
「だから、どうか……、アルバート様のお傍に置いていただけませんかっ。アルバート様、心からお慕い申しております」
「ひィっ――!?」
栗毛は一瞬の内に表情が変わり、その場で腰を抜かしたようにへたり込んだ。
「お、驚かせてごめんなさい! で、でも見てください! 私、アルバート様に釣り合う存在になるために魔王様に人間にしてもらったんです!」
「ち、近寄るな! く、来るな……化け物め!」
「ば、ばけもの……(´,,•ω•,,`)?」
栗毛の一言は、どんな刃物よりも鋭利で空気を切り裂く力があった。マリアンヌが繰り返した言葉を、私も同じように呟いていた。
ばけものだと? お前がそれを言うのか、栗毛……!




