4話 恋は変える。私の全てを見て触って。
「ライト、止めろと言った。聞こえなかったか」
私の2回目の命令でライトの動きは止まる。赤く点灯していたライトが通常通りの白色に戻り口を閉ざした。私はライトの上からひょいと飛び降りた。
ミスリルゴーレムに近づき手を触れると、魔導核の熱で体も焼き切れそうになっているのか、ジュッと私の手のひらが焼けた。私はそのまま手を押し付けるようにして魔力を流し込み、ミスリルゴーレムの体を冷却していく。
「マリアンヌになってお前はどうするつもりなんだ?」
「あ、あ……」
魔導核が再起動しているのだろうかミスリルゴーレムは断続的な声を出し続けるだけだった。
「その気持ちは本当に恋なのか? ただ人間の言葉に踊らされているだけではないのか? 違ったとして、自分の存在を置き換えてまでも叶えたいものなのか?」
「…………」
「そこまでの……、相手なのか?」
ゴリっとミスリルゴーレムの頭部が私の方に向いた。
「はい。魔王様」
「――そうか」
「私は、彼の望むマリアンヌになって一緒に過ごしたいです。私なら理想のマリアンヌになれます。彼は私に愛していると伝えてくれました。私は驚いて何も返事をすることができませんでした。私も、その想いを伝えたいのです。彼を愛していると」
「ライト、さっきのマリアンヌの画像をそこの壁に映せ」
「承知しました」
私の指示に即座に反応するライトは、先ほど映像が流れていた同じ場所に人間のマリアンヌの姿を映し出す。この程度は造作もない。なにせ、私は世界の情勢を鑑みて魔物の配置をしているのだ。どの国や街や村に誰が居て、どのくらいの戦力があるのか、魔王城のネットワークを介せば手に取るようにわかる。
映し出されるマリアンヌは、確かに人間の女として肉付きはよかった。胸も大きいし、腰も細くお尻も大きい。人間の男にとっては理想の凹凸なのだろう。
「いいか。前提として人間という種族になるのは無理だ。それはお前だけじゃない、私たちも同じ。スライムがドラゴンになりたいといっても無理なのと一緒だ」
「……はい」
言った通り魔物が人間になる方法なんてない。種族の壁は超えられない。だが、人間になったと思い込めるようにしてやれることはあるかもしれない。
「だが、スライムが自分はドラゴンだって思うことはできる。だから私はその想像の手助けをしてやる。この女を模してお前を削って人間の形にする。私の爪はミスリルなんて撫でる感覚でサクサク切れるからな。お前の形をもっとあの男が望むような形に整えてやる、どうだ?」
「わ、わあ……! 素敵、素敵です!」
私はうん、と笑って見せる。心なしかミスリルゴーレムも喜んでいるように見える。ただ、どうにも胸の中のもやもやは消えてくれない。それに、さっきからライトの感触が冷たいのも気になる。ったく、ライトめ。自分から言っておいて機嫌を損ねるなんて本当に子どもだな!
確かにこのまま消してやったほうがいいのかもしれないが、私は少し恋という感情を知りたくなっていた。あの栗毛は心底気持ち悪いが、こいつにとっては理想の相手に見えている。作られた物でさえそう思わせるほどの感情のうねりが恋。それが本物なのだとしたら、今魔物の間で流行っているのも頷ける。……かもしれない。
「じゃあいくぞ!」
「魔王様、お待ちください」
「ちっ。なんだ、お前はもう黙ってろライト」
ライトの横やりが入る。せっかくのやる気を削がないでほしい。
「お忘れですか魔王様。魔王様のお絵描きレベルは1なのです。案山子より酷い物になってしまいます」
「……そ、そんなのやってみなくちゃわからないだろ」
ミスリルゴーレムはごりりと後ずさった。ライトが緑色に光ると、幾重にもなる細い光線が放たれミスリルゴーレムの表面をなぞっていく。何かの形を象っていく。人間か?
「この線に沿って削ってください。やるからには全力です魔王様。人間の男が抗えない姿にしましょう」
最後の言葉の意味はわからなかったがライトも協力してくれることは間違いないようだった。
「ライト様……ありがとうございます!」
「ミスリルゴーレム、いいえ、マリアンヌ。人間になる準備はよろしいですか?」
「はいっ!」
弾けるような笑顔の雰囲気で、ミスリルゴーレムは大きく返事をした。
*
「――これが、私」
ピカピカに磨いたミスリルに映る自分の姿を見て、感嘆の声を漏らすミスリルゴーレム。いいや、もうマリアンヌと呼ぶことにするか。ミスリルという青白い金属はそのままだが、形は人間そのものだ。会心の出来だ。
「しかし、完全に人間の裸体になってしまったな」
「魔王様にはない見事な曲線です。ふくよかな胸、張りのある臀部。見事に再現できております。硬度のあるミスリルを容易く削る力、お見事でございます」
気づけば胸や腰、お尻を見てしまう。目のやり場に困ったので、スロウを呼び似合うドレスを調達させることにした。その前に余計な一言を言われた気がしたので、返事の代わりにライトを蹴り飛ばした。
「上出来です魔王様。グラマラス・ミスリルゴーレム・マリアンヌ、ここに誕生です!!」
そう叫びながらライトは吹き飛ばされていった。
「グラマラス・ミスリルゴーレム・マリアンヌ……」
「いや、繰り返さなくてもいい。無視しろ、長いし。マリアンヌでいいだろ」
「体も軽いし、ふふ! 見てください魔王様! ジャンプも、こうやって走ることも! アルバート様が求めていたこんなポーズだってできます!」
マリアンヌは何やら胸を強調するような前かがみのポーズをする。
「や、やめろ! はしゃぐのはいいが、そんなポーズを簡単にするな!」
「ふふ! ふふふ!!」
私の一喝にも動じないマリアンヌは上機嫌だ。
「待てマリアンヌ。まだ最後の仕上げが出来ていない」
私は何もない宙に手を突っ込むとぐにゃりと歪んだ渦が現れ、そこから絵の具を取り出した。
「これは絶対に消えない魔法の絵の具だ。最後の仕上げ、それは顔だ! 私が顔を描く。思い切り美人にだ。それでお前は本当の意味で生まれ変われる」
マリアンヌの頭部は人間サイズまで削り取ってあるが、丸い面を被ったような状態で目も鼻も口もない。
「今なら描ける。人間を虜にするようなとびきりの笑顔をな! 準備はいいな!」
私は創作意欲に駆られて昂っていた。ライトも上手だって褒めてくれたし、この熱量を維持して完成まで仕上げる。この絵の具で描かれたら一生消えない。よくこれで魔王城に落書きしていた。当然消えないからカーペットで隠されているが。
私は筆も取り出し黒の絵の具を乗せると、感情の赴くままに描いていく。新しい筆を用意し、次にピンクの絵の具を乗せて頬っぺたの柔らかさを表現する。そして止めは赤の絵の具! にっこりと微笑むように『ω』を描いて作業を終えた。
「――完成だ」
ライトは黙ったままだった。渾身の出来に言葉を失くしているのだろう。出来上がった顔はこうだ!
(´,,•ω•,,`) ※横読み推奨
「かわいい!」
あまりの出来の良さに私はつい叫んでしまった。
「魔王様が描いてくれた私の顔……」
胸部に手を置き、じっと自分を見つめているマリアンヌ。
「魔王様」
「な、なんだ。もう消せないんだ、今更気に食わないなんて言っても困るぞ!」
「いいえ。魔王様は最初、人間にはなれないと仰いました」
「ま、まあ……、言ったな」
その事実は変わらない。人間と言う種にはなることはできない。
マリアンヌは私の前に立つとガリガリと関節を曲げながら私の手を取る。ひんやりとしたミスリルの感触は硬くて冷たいが、胸の奥にだけ伝わる温もりがあった。
「でも私、人間です! 見てください! やっぱり魔王様は凄いです! 本当に、本当にありがとうございます……(´,,•ω•,,`)!!」
「……うん」
お前がそう思うなら、お前は間違いなく人間だよ。マリアンヌ。




