3話 恋は盲目。狂っても乱れても求めて。
「鉱山の奥で眠っていた私は、腕のミスリルの先端が欠けていることに気付き、採掘現場に向かいました。そんな嵐の晩の出来事です」
「嵐で夜だなんてわかるものなのだな」
「良質な原石を探していたら、レスティア王国の調査兵団が鉱山の視察に来ておりました。そこで私は出逢ってしまったのです。運命のアルバート様と」
ガリと無骨な音を立て両手をこすり合わせる。乙女なミスリルゴーレムは話を続ける。単独行動をしていたアルバートという男が、「なんて美しいミスリルゴーレムなんだ!」と声を掛けて来たらしい。くるくるとした栗毛が素敵で、黒縁の丸眼鏡を掛けた中年の男のようだった。
どうしてもその運命の出会いを見せたいと懇願されたので、魔導核とライトを魔力回路で接続させた。魔導核に記録されている映像をライトは研究所の白い壁に映写する。何やら花冠で縁取りされてセピア色になっている映像に、ミスリルゴーレム視点での栗毛の青年が映った。
「こんなものを記録しているのですか」
ライトの声は冷たかった。映像が再生される。
「その無骨な骨格に慎ましく生えるミスリル原石。素材そのままの青白さを残した姿、どこか女性的な曲線を思わせる関節部分。なんて完璧なミスリルゴーレムなんだ! はっ、申し遅れました。僕はアルバートと申します。レスティア王国のミスリル技術研究員をしている者です」
栗毛は手首を柔らかくひるがえして空中に円を描くと、芝居がかった大げさな動作でうやうやしく頭を下げた。
「……!?!?」
ミスリルゴーレムは戸惑うように首を傾げている。自分が話しかけられていると思っていないのだろう。「君だよ、麗しのミスリルゴーレム」と栗毛の声が聞こえるとミスリルゴーレムの視線は彼に集中した。固定されたように動かなくなる。
「突然のお願いで無礼なのは百も承知ですが、この気持ち抑えきれません。ぜひ君の姿を模写したい! 少しだけ、僕に少しだけ時間をいただけませんか。君の美しい姿を、ささやかながら記録にも残すことを承諾していただけないでしょうか。でも君のような美しい原石そのままのゴーレムに出逢うのは初めてなんだ。この胸のときめきは抑えきれない。どうか、僕のグラビアモデルになってほしい!」
「……!?!?」
そこで映像は一時停止された。……なんだこの男は。自分の理想に酔いしれてるだけの人間にしか見えない。気持ち悪い。
「これが彼との出会いです。相手は人間ですので、私は十分警戒していました。ですが、彼は純真で熱い眼差しで私を美しいと言ってくれました。初めてのことです。この時の私は魔導核はもうキュンキュンと熱暴走し、これが恋なのだと悟るのには時間は要しませんでした」
「今自分で熱暴走って言ったが……」
長くなりそうな予感がした。乾いた空気の鉱山内にいると喉が渇いてきた。仕方ないので魔力を行使して、四天王が一人、『光速のスロウ』を召喚する。タコのような頭、イカのような触手を持つこいつは私の調達係だ。どこにでもひっついて動くスロウは、どんな隙間にも入れるし光のように速く動く。
レスティア王国でお気に入りのミルクティーを買ってこいと命じる。「にゅるー!」と返事をすると、僅かな粘液を残して姿を消した。人の住んでいる場所には迂闊に魔物は入っちゃいけないのだが、スロウは私の知らない方法で手に入れてくるのだ。
「しかしこの栗毛の男も、その。……奇妙な人間だな」
ミスリルゴーレムは我々が造った魔法の人工物だ。それを美しいやら、女性的やら。どんな目をしているんだ。
「鉱石フェチというやつなのでしょう。人間の性欲を嘗めないことです」
「せっ、こほん……。フェチ?」
初めて聞く言葉だ。呪詛か何かだろうか。
「はい。性的興奮を覚えているのです。人間はどんなものにも劣情を抱きます。その点に関しては畏怖の念すら覚えます」
ゴホゴホと私は咳き込んだ。いきなり何を言い出すんだこの照明物は。つまりこの栗毛は、ミスリルゴーレムにその、コーフンしちゃってるとでも?
言われてみればそんな口ぶりな気もするが、それはありえないだろう。だって、人間は人間を好きになるんだ。コーフンするとかいうやつは、好き同士じゃなくちゃできないやつだ!
「私はこの先も見て平気なんだろうな……?」
私は少し不安になる。いや、鉱物の塊と人間とのやりとりだ。それだけなのに危険な香りが漂ってくる。本能的な何かが止めようとしてくるが、興味がそいつらを押しのけて私の口から飛び出してきた。
「ま、まあ、この栗毛の正体を見極めるという観点で続きを見てやらんでもない」
「ふふ。ここから先は少し恥ずかしいですが、魔王様になら見せられます」
「いちいち、ふふ、とか言うな!」
停止していた映像が再生される。
「ああ、素晴らしい。この冷たさ、この硬度……! 僕の婚約者のマリアンヌには、到底出せない完璧な鋭角だ! 頼む、そのまま座って少しだけ脚を開いてくれないか! もっと奥の、そう! 脚の付け根! その部分の光の屈折を見せてくれ!」
ミスリルゴーレムの視点が低くなる。どうやら座ったようだ。
「美しい! 美しい! マリアンヌにはない輝きだ! そしてこの従順さ、ああ私は今ミスリルゴーレムを意のままに操って、私の感情赴くままに自由にしている!」
そんなやりとりを数日分見せられた。私は一体何を見せられているんだ? スロウが持ってきてくれたミルクティーが無ければ到底耐えられなかっただろう。
「ありがとうスロウ」と伝えると、にゅるりと嬉しそうにしてスロウは闇の中に滑るように消えて行った。甘さが私の疲れた脳に染み渡る。中に弾力のある粒々が入っていてお腹も膨れるのだ。
「彼は、毎晩のように私のもとへ訪れるようになり、度々マリアンヌさんのことを口にします。彼女に対して不満があるようでした。写真を見せてもらいましたがとてもスタイルのよい魅力的な人間の女性でした。……これです」
女性の姿が壁に映し出される。マリアンヌは直ぐに消した。
「決まってこう言うのです。従順さが足りない、私のように言うことを聞けばいいのに、苛立たせる声で喋らないで欲しいと。私に文句を言うなと」
映像は終わっている。ミスリルゴーレムの魔導核の中はこの男のことでいっぱいだ。他の業務内容の記録まで上書きしてしまっている。
「ただ、彼はマリアンヌさんの女性としての体つきには賛辞を送っていました。いつしか、彼は私のことをマリアンヌと呼ぶようになりました。とても不思議で、彼の婚約者である名で私を呼ばれると嬉しくてたまらないのです……。彼は私に、『君がマリアンヌだったらいいのに』と想いを告げてくれたのです。その瞬間から私は身も心もマリアンヌになったのです」
こんな男のどこがいいんだ。私には一つも理解できないし、魅力など微塵も感じない。私なら既にこの栗毛は消炭にしているだろう。しかし、これが恋というものなのか。感情なんて持たないはずの物質が惹かれてしまうほどの現象。ある種の呪いに近いのかもと感じた。
「そして昨晩、彼は私に身を寄せてこう囁いてくれたのです。ああ愛しのマリアンヌ。君を愛していると――私は天にも昇る気分になり」
「魔王様。お手間を取らせてしまい申し訳ありませんでした。魔導核の研究に繋がると思いましたが見当違いでした。ただの暴走状態ですね。この個体は破棄しましょう。研究の価値すらありません。ただ魔導核は貴重ですから、記録だけ抹消するとしましょうか」
この栗毛の言うことは何なんだ。さっきから状況も何もかも頭が痛くなることばっかりだ。人間がミスリルゴーレムを愛していると本気で言ってるのか?
「そんな……! あ、あああ!」
ライトは赤色に光ると、回路で繋がっているミスリルゴーレムの魔導核の焼却を始める。苦悶の声をミスリルゴーレムは上げた。その場でうずくまり、小刻みに体が振動している。
「にに人間にしてくださいいィ、魔王さまあァァあ!」
短い両手で頭部を押さえるようにしてミスリルゴーレムは叫んだ。
「ワタシはアルバート、様のっ、理想のマリアンヌになりたい! でも、ワワ、私は人間の体じゃない、ミスリルの、道具。でも……そんな私を、彼は、私は、カレは! にに、人間に……! ニンゲ……あァあ!」
「随分と溜め込んだものですね。この男の狂気じみた笑顔が映ると、人間の際限のない欲望が見えおぞましいものを感じます」
ライトの判断は至って当然だ。こんな状態の魔導核を研究したところで何の生産性向上も見込めない。でもなんだこのモヤモヤは。こんな終わり方はダメだと別の私が叫んでいるようだ。
「……アル、バー……ト、様……」
「やめろライト。消すな。分かったよ私がお前を人間にしてやる」
つい口走った。
望んだ形でなかったとしても、人間になったと思うことができるのなら、もしかしたらそれは人間なのかもしれないなんて思ってしまった。
私にはまだ分からない。
けれど、これほど相手を狂わせるものを恋や愛と呼ぶのかもしれなかった。




