2話 恋は超える。きっと種族の壁だって。
ミスリル鉱山に囲まれた金持ちが集まる国があって、レスティア王国と呼ばれている。隣国には好戦的な帝国があるが、進軍経路には強力な魔物を配置してあるので攻め込めない。レスティアは安全にミスリルを世界各地に供給できるわけだ。
それもそのはず。その鉱山の奥地には、我々の魔導研究所があって、そこではミスリルを原材料にした労働力となる人工物の開発・研究をしている。
魔王城も結構古いしボロボロだから常に補修が必要で、ゴーレムのような24時間稼働できて命令通りに動く人工物はすごく役に立つ。どうしても魔物だと乱暴でやっつけ仕事になるからな。私はそれが許せない。落書きだって上手く消してくれない。
私はお出かけ用のお気に入りのフード付きコートに身を包んでいる。私の髪は魔王らしく闇のように黒いから目立つような真っ白な絹の生地のオーダーメイド品だ。フードを被るとウサギの耳を長く伸ばしたような飾りが垂れる。鏡で見ると、これがツインテールみたいで可愛いのだ。
足元がごつごつして転んだら危ないからと、私は宙に浮くライトの上に乗って鉱山を移動している。直に研究所に転位できれば楽なのだが、深くなるほどミスリルの反射性のせいで出力が安定しないらしい。
まあでも楽ちんだし、ライトの上はお尻が暖かくて気持ちいいし移動手段としては嫌いじゃない。ぽかぽかしてきて眠くなってしまうくらいだ。
「ミスリルゴーレムなんてたくさんいるだろう。どうしてその個体だけ、その、恋なんてしてるんだ。そもそも物だろ、魔導核のバグとかそんなんじゃないのか」
「恐らくは。ですが、研究員たちは今回の現象に興味津々です。感情の発生理由も、恋への対処法もわからない。そこで、過敏で純真な我らの王がどう反応するのか見てみようということになっているようです」
「さりげなく私をバカにしてるような気がする」
「聞き間違いでしょう。――さあ、そろそろ着きますよ。緩んだ顔を引き締めてください」
運搬用の幅広な通路を抜けると大きな空洞が目の前に広がった。青白いミスリルの原石が隆起し、光の筋が網目のように反射していて明るい。その中央に四角い箱みたいな建築物がある。あれが魔導研究所だ。肝心のミスリルゴーレムとはその出入口付近で待ち合わせの約束をしている。
周りにミスリルゴーレムは多く居たが、相談相手のミスリルゴーレムがどいつかは一目で分かった。絵に描いた乙女のようにモジモジと内股で、自分の指先をイジり削りながら3メートルはある巨体が待機していた。
うねうねし過ぎて足元の地面が削れてクレーターのようになっている。風貌はミスリルの原石をそのまま身に纏った全身トゲトゲで、青白く光る巨躯なのだが仕草が何やら人間の女っぽい。
「な、なんだあの個体は……」
「興味深いですね」
「……性別はないはずだよな?」
「もちろんです。魔道具に性別など必要がありません。しかしこれは魔導核に刻まれた性格なのかもしれませんね。研究員たちはミスリルゴーレムの区別が出来ず、何度も同じ個体に話しかけているという問題があって、言葉遣いや声質に変化を与えたと報告書にあったのを思い出しました」
「単純に番号でも刻印すればいいんじゃないのか……?」
相談していたと思われるミスリルゴーレムにライトは近づく。
「お待たせしました。製造番号A2025いのC号」
「ひゃあああ! ライト様! その上に……わあああ、ままっ魔王様ーー!?」
ミスリルゴーレムは製造番号で呼ばれるとこちらの存在に気付く。驚いた拍子に腕を振り回してしまい、研究所の壁を少し破壊してしまった。中から研究員だろうか巻き込まれた悲鳴が聞こえてきた。
想像以上の可憐な女性の声だった。「ワタシ、コイ、シチャッタンダ」みたいな喋り方だとばかり思っていたので面食らう。聞きやすいからいいのだが。
ミスリルゴーレムの原型は当たり前だがゴーレムだ。本来は四角形を積み上げられてできた人型のような無機物。体に埋め込まれている魔導核によってバラバラにならないように制御され、主人である我々の指示に従う。
種類は多くあるが、ミスリルはその上位種であり、青く透明で鋭利な刃物のようなミスリル原石をそのまま全身から生えているような、剣山のようなボディで見た目はいかつい。
私たちはミスリルゴーレムに案内され、研究所横の岩を削り取ってできたテラスの一角に案内される。上機嫌なミスリルゴーレムはスキップしながら移動していたので地響きが凄かった。
用意された岩肌のベンチは固かったので、私はライトの上に乗っていた。
「魔王様が来てくれるなんて夢みたいです」
「こうして配下の元を訪れて、話を聞いてやるのも魔王の務めだからな。だが私は忙しい。相談といっても話を聞くだけで何もできんかもしれないぞ」
あらかじめ予防線を張る。なにせ相談内容に不穏な気配があるからだ。ライトに聞いても「本人に聞くのがはやいでしょう」と、教えてくれなかった。
ミスリルゴーレムの顔を見上げるも、首が痛くなるのでライトに高く浮かぶように指示した。ライトもそうだがゴーレム全般にも目や鼻、口といったものは存在しない。不要だからだ。だからどこから声が出ているのかわからない。礼儀として顔らしきところを見て会話しているというわけだ。
「それで、相談とはなんだ」
「はっはい! 魔王様!」
ズドン! と、深く一歩進んだミスリルゴーレムの足元は円形状にくぼみ、鉱山内が僅かに揺れたようだ。
「私を人間にしてほしいんです!」
天井からパラパラと小石が降ってくる。私の兎垂れ耳のフードにも小粒が降り注いだので、一度脱いでバサバサと払ってからまた被った。
「に、人間だと?」
なんとも荒唐無稽な相談だった。ゴーレムが人間になりたいなんて、一体何があったというのだ。その時、私の頭の中に閃きが走った。そうか――
「わかったぞ。そのアール15鉱石グラビアアイドルというのに関係しているわけだな! これは人間の秘密計画の名称、それをお前がゴーレムという枠を超えて人間に成り下がってまで解き明かそうとしている。そういう相談だな!?」
今の私はライトの頭よりも閃いている。
「ふふ、魔王様ったら面白いですね」
「ええ、魔王様はユーモアに溢れたピュアなお方です」
ミスリルゴーレムは肩を揺らして笑う仕草を見せた。ライトも何か私を馬鹿にしているような言葉を吐いている。
「ち、違うのか?」
ミスリルゴーレムは自慢げにつらつらとR15とかグラビアとかアイドルについて説明してみせた。私は人工物である物質に人間社会の業を教わった。聞けば聞くほど体が熱くなってくる。誰か焚火でもしてるのか鉱山内で。
「魔王様にはちょっと早いかもしれませんね?」
くすりとミスリルゴーレムが笑った気がした。
「わ、私はとっくに成人しとるわ! そ、それに知ってたし!? そんな丁寧に解説されなくても分かってたし? お前の魔導核の知識が正しいか、ちょっと確かめてみただけだし!」
バンバンとライトの頭を叩くと消えたり点いたりを繰り返す。ライトは静かに浮かんでいるだけで何も言わない。きっと、どんな姿勢をとっても私を落とさせないようにだけ注意を払っているのだ。
「彼との出会いをお話いたしますね! 魔王様に見て欲しいです!」
声を弾ませたミスリルゴーレムは勝手に話をし始めた。それはいいんだが。私も話題を逸らしたのもあったしな。
ただ、最初に伝えた方がよかったのかもしれない。
魔物が人間になる方法なんてない、と。
本来なら話だって聞く必要もないだろう。でも、それだけ伝えて「はい終わり」ではなんというか後味が悪い。
それに私も、恋というものに興味があった。




