1話 恋は繁殖。好きと好きの二人だから。
愛おしむように体を這う指先。甘い言葉と一緒に、ずぶりと何かが侵食してくる。
それは心を縛る鎖であり、命を刈り取る銀の刃だった。
口の中に広がる血の味すらも、甘い恋の味だと錯覚させられていく。
*
足が届かない背の高い玉座の上で、私は肘掛けに体を預けて人差し指でひたすら「の」の字を描き続けていた。パタパタと足を動かし過ぎたせいで靴がひょいと脱げてしまった。素足がひんやりとした空気に触れてスースーする。
まじまじと自分の足の指を眺める。親指は自在に動かせるけど、他の指を動かそうとすると全部の指が動く。練習すれば小指だけ動かすこともできるのだろうか。
「……ゆび」
どこまで足の指が広がるか確認する。指二本分の隙間もなさそうだった。反対の足は? 見てみるも同じくらいしか開かない。当たり前か。ふうん。
足の指の動きが脱げた靴を履かせろの命令だと思ったのか、私の配下である『暗黒のライト』は、念力を使って私に靴を履かせようとする。ふわふわと浮かぶ靴を避けながら遊んでいると、楽しくなって尻尾も反応しているのが分かるし、ぴくぴくと頭の上にある尖った耳もライトの動きに合わせて機敏に動いている。
「ふふんふーん」
このまま遊んでいようかと思っていたが、「魔王様いい加減にしてください」と叱られたので素直に履いた。
「だからいつまでも幼子のように扱われてしまうのですよ。今むすっと怒った顔をしても怖くありません。それよりも」
いや、叱られたのはそこじゃないだろう。だって聞いてるし、私の選択を待っている。時間稼ぎに、ぽいとわざと靴を脱ぎ捨ててまた床に転がしてやった。
ライトは球体のような頭で目も鼻も口もなく、ただ光っている物体だ。体は分厚いマントで包まれていて逆三角形のような形になっている。私の加減で光量が調整できるので照明代わりになるし、暗くて眠れないなんてこともないから便利なやつだ。
それにつるつるとした頭の触り心地もいい。昨日、頭の上に飲み物が置けるように凹みを作ったのでより使いやすくなった。
「靴を脱いだり履いたりだけで一日が終わると思わないことです。魔王様」
こつんとライトの頭に靴が命中してチカチカと明滅した。
「遊んでばかりですと、夜、ライトは点かないに徹しますからね。いいのですか? 暗い魔王様のお部屋で一人眠っていると……」
「わああ!! わかった、決める。決めるから物騒なことを言うな」
私は玉座の上に立った。立っても十分なくらい広い。丸まればここで眠れる。
「勘違いするな。魔王である私が、同族である悪霊を恐れているわけではない。闇という源泉に浸っていると私の力が暴走してしまうからだ。だから適度にお前の光で、その、どうにかしているのだ!」
私は肘掛けの上に座る。足を延ばすも反対側の肘掛けまで届かない。1年前と変わらない。私の身長は人間の子供程度で止まってしまったのか? そんなバカな。
そういえば胸だって大きくならない。これは呪いか? いいや認めない、成長している。髪の毛とか爪は伸びるのにそれ以外は伸びないとか理に反している。それを示すためにぴんと足を延ばしていたら、「行儀が悪いです」と怒られたので降りて大人しく座った。
「そもそもだ! 我々魔族が人間と恋をするなんてことがおかしいのだ!」
びしっとライトに指を差して事の発端を指摘するも「仰る通りです」と肯定される。私の背が伸びないくらいにありえない話だった。だが、争いが起きない比較的平和な世の中に住む魔物たちは、人間を観察したり真似をすることで暇を潰している。
いつしか、『魔物と人間の恋』なんて世迷いワードが、魔王城を経由する魔物ネットワーク内で現在進行形で爆発的に伸びている。
争いが起きないのには理由がある。私が人間と戦うことに意味を見出していないからだ。
世界には私が魔王だと認知はされている。魔王城があるこの孤島周辺の海域にも人間の偵察船だってしょっちゅう来てる。だが攻めてはこない。私もどこかの村や街を滅ぼすなんてことは指示しない。世界征服なんて野心もない。征服したとして、魔物に加え人間の世話もするなんて面倒が増えるだけだ。
世界は絶妙な均衡状態を維持しているのだ。魔物は脅威であり敵であるという人間の解釈は統一され、適度なガス抜きのためにあらかじめ指定しておいた場所で人間と終わらない小競り合いをする。魔物は基本的に戦いが好きなので、人間側も好戦的な戦士たちをアクティブな場所に配置しておけば、魔物も人間も憂さを晴らせるというわけだ。
それともう一つ。勇者がスローライフをしていること。
これが一番の原因かもしれない。
勇者が「魔王を倒す!」となれば、徒党を組んでここに攻めてくるわけだが、その気が勇者にはないのだ。まあ、魔王である私も、それならそれでいいと思ってしまっているわけなのだが。
話を戻そう。
つまり、なんとなく平和を保っているこの世界。魔物と人間は共存している。それを勇者と魔王は良しとしている。だから魔物が人間に恋してしまうのだ。そういうことだ。
「だからなぜそうなるのだ!」
どういうことかまったく意味がわからない。
「私に仰られても困ります魔王様」
「魔物と人間が、こここ、恋などと!」
言うのもはばかられる言葉だ。
「ではハッキリと皆に向けて発信してください」
ライトが言うと、謁見の間に薄緑色の大きな長方形が現れる。私が座る玉座よりも大きなそれは、ホログラムスクリーンと呼ばれる空間に絵や映像、文字を映し出せる魔法の道具だ。
世界情勢だったり魔物ネットワークだったり、情報だったりにアクセスできる便利なもので、私の指先と繋がっているので手元を操作すると簡単に画面を切り替えることができる。
「人間との恋は禁止と命令してください。しかし、そうなるとフラストレーションが溜まった魔物たちは本能的に人間を襲ってしまい、そこから争いが生まれてしまう可能性が出てきます。それでもよいのなら」
「……それと恋愛相談に乗るかなんて極端すぎるだろ!」
「戦いと恋は同じなのです。どちらも争う必要がある」
ぴかりとライトが激しい閃光を放つ。聞けと言われている気分だった。
「わ、私は恋など知らんぞ……でも争いはもっといやだ。戦いたくない」
「我々の定義を揺るがすような発言ではありますが、まあよいでしょう。魔王様にその気がないのならそれで構いません。しかし、配下である魔物たちにエンタメを提供しなければいずれ爆発してしまうのです」
エン、タメ?
「我々の本質は殺戮と支配です。それを抑圧し続けるにはそれ以上の刺激を与えなくてはならない」
「……それが恋だとでもいうのか」
「まさに」
世界を征服しないなら恋愛相談を受けろ。
配下たちが言いたいのはまとめるとこうだった。
――恋。
本で読んだことがあるから概念としては知っている。繁殖行為の一種だ。しかもそれは人間の間で発生するアレだ。我々魔物は違う。死んでも時間の差はあれ生まれ変わる。個体は永遠に消えない。だからその必要はない。
「そうですね、我々にはセックスは必要ありません。一部、人間の精気を奪うという目的で有効活用している魔物はおりますが。人間ほど狂ったように執着するものではありません」
「せっ、わ、私の心を読むな!」
「読まなくても表情でわかります」
顔が爆発しそうになった。なんとか食い止めたので胸が爆音を鳴らしている。少しだけ、ほんの少しだけどういうものなのか興味はある。じゃなくて! ライトの言葉は無視だ。意味不明。無視賢明。
「わかった。とりあえず話を聞く。ただ一人だけだぞ! 誰か適当に選べライト」
「では今一番注目されている者にしましょう。効果的です」
「まあそうだな。魔王である私が動くのだ。目立つ内容の方がいいだろう、何者なんだ」
「ミスリルゴーレムです」
「ん? よく聞こえなかった。者じゃなくて物に聞こえた」
「ミスリルゴーレムです」
そういうことで、穏やかにも程があると定評のレスティア王国。その領地にあるミスリル鉱山に向かうことになった。種族と言うか、そんな壁を通り越した恋愛相談の相手は物質系だった。
いやいや。いやいや物だけど。
ミスリルゴーレムの恋愛相談?
「な、内容は……?」
「【R15】理想の鉱石グラビアアイドルになって栗毛のナイト様に想いを伝えたい、です」
アール15? 鉱石グラビアアイドル…………? 知らない言葉だが、不穏な気配に包まれているのは私の尖った耳と尻尾が検知した。深入りしてはいけないと、さっきから耳と尻尾がピクピク警戒している。
絶対口には出さないが雰囲気で感じる。
なんだかいかがわしいやつだ!
嫌な予感しかしない。




