38話 箱の中の魔王が知らない恋。
私の存在も同時に消えることは覚悟していたがそうはならなかった。
魔王城で討たれた勇者は、そのスキルを魔王城に吸収される。コハクの場合は、力そのものがファントムを捕らえており、あの不思議な空間でコハクのスキルは魔王城に取り込まれた。
神だのを信じているわけではないが、人間自身も勇者のスキルを利用しようとしていた一方で、魔王城も同じことをしているのではと思うと虚しくて笑えてくる。
グラヴァルドの力も多分に漏れず、魔王城にスキルを取り込まれた。魔王城が近くにあったからだろうか。
グラヴァルド帝王のスキルは自分でも言っていたが『規格外し』という、定められた事柄を捻じ曲げて逸脱できるものだった。それに加え、転生に関する様々な情報も入手できた。簡単にまとめると、
1、魔王出現時に召喚が可能になり、門と一対である冠を放り込むと発動する。
2、転生者は私が見た楕円形の瞳のような門と呼ばれる中から冠を被って現れる。
3、転生者が死亡すると、冠に力が戻り再召喚が可能になる。
4、魔王消失後召喚は不可能になり、冠を投げても発動しない。
これらの事象の前提となっている『勇者は一人しか召喚できない規則』をグラヴァルド帝王は破ったわけだ。その目的はそのままの言葉を使うなら神に近づくため。……女神に一方的で個人的な愛情を押し付けるため。
帝王が遺した「魔王を討伐したあの日」という言葉が少しだけ気になったが、その意味は魔王城の記録を深く掘って行けばわかるかもしれない。記憶の片隅にでも置いておく。
私は高らかに帝王の死を告げると、グラヴァルド城で交戦していた四天王や勇者、兵士たちは一斉に降伏した。一部、魔王討伐に強い使命を感じている勇者は混乱に乗じて撤退し、今も捜索しているが、見つかるのも時間の問題だろう。
今後は魔王が管理し凍結すると明言し、各国へ勇者と所持している転生に関わる冠などの道具を引き渡すように要求した。もし抵抗するのなら、グラヴァルド帝国のようになるとも。
「グラヴァルドの陥落の事実は強制力がありますね。さすが、トップクラスの軍事国家といったところでしょう。各国も勇者の安全を第一にするならばと、あれこれ言っていますが、概ね抵抗せず我々に譲渡する方向で進んでいます」
「……そうか」
私は魔王城に引きこもっていた。元から無理やり叩き起こしたような行動だった。終わった後は達成感よりも虚無感が勝ったし、ただただ疲れた、という感情しか湧かなかった。
いつものように、玉座の上で靴を脱いで素足のままブラブラしている。いつか見た足の指の大きさと何ら今も変わっていない。私は成長しているのだろうか。人間と関わりたくないと強く思ってしまうこれは、むしろ退化なのだろうか。
「ライト。あとは任せていいか」
「承知しました。……もはや人間に、我々を脅かす力はありません。お疲れでしょう。どうかごゆっくりお休みください」
白く発光したライトの丸い光が、安堵したようにゆっくりと明滅する。魔王城は静かだ。喧騒も、血の匂いも、狂気じみた帝王の妄執も、ここには届かない。
すべてが終わり、再び静寂だけが戻った魔王城。
私はゆっくりと両脚を曲げた。素足を座面に乗せ、両膝を抱え込むようにして小さく丸くなる。
マリアンヌをたぐり寄せて抱きしめ「ごめん」と謝った。栗毛に恋をしていた時間はマリアンヌにとってかけがえのない大切な時間だっただろう。
ハピコを思って「ごめん」と謝る。アベルとの関係はテイムによるもので、どうしても壊さなくてはいけなかった。もっと別の方法で気づかせてやれればよかった。でも、ハピコのあの笑顔は破りたくはなかった。もしかしたらと、アベルに言いくるめられ、認めてしまった私は本当に愚かだった。
左腕を抱いてコハクに「ごめん」と謝る。愛する者の手で最後を迎える悲惨な目に遭わせてしまった。それでもなお、ファントムを想い続ける気持ちは変わらなかった。本物の愛を教えてもらった。到底私には真似できない。
右手で自分の首を絞める。既に傷は塞がっているが、ナイフの感触は思い出せる。私はカイトが好きだった。そうカイトに仕向けられていた感情だったが、胸の高鳴りも、体が熱くなるほどの緊張や興奮も身をもって経験できた。それが嘘だったという喪失感も。
恋や愛は辛い。誰かを好きになったとして。
相手も同じ気持ちなのか、どうやって知ればいいのだろう。自分の気持ちは本物だって、どうやって気づけばいいのだろう。相手の言葉に惑わされて、好きだって勘違いしてしまったら、どうやったら正気に戻れるのだろう。
考えるだけで胸が苦しい。答えなんて出ない。底なし沼に入り込んだみたいに出口なんて一向に見つからない。だったら、このまま闇の底まで堕ちていたい。
もう私の役目は終わったはずだ。
最初から何もしないことが正解だったのかもしれない。
依存が起源で私は生まれた。
てっきり人間が転生システムに頼り、悪用し続けているからだと思っていた。
――でも、それっておかしくないか?
人間が何かに依存しはじめたから私という魔王が生まれたのなら、転生システムに依存していくのは、《《私が生まれたあと》》からということになる。
転生システムに依存しているから、それを咎めるために私が生まれたんじゃない。
何もなければ人間は同士討ちを始めてしまう。
きっと共通の敵が欲しかった。都合のいい捌け口が欲しかった。
好戦的ではなく、言いなりにできて、騙しやすい、子供のような弱い敵を。
私が生まれた本当の理由は……。
世界が、私に依存させるべく生まれたのだ。
だから何もかも上手くいかないのだ。
私は、何かをすることを望まれてはいなかった。
ただいればいい。依存されていればいいのだ。
「……ふふ、ははは……」
それに気づいた私はひとしきり自嘲を終えた後、深い眠りについた。
顔は涙でぐしゃぐしゃに濡れていた。




