36話 失恋は牢獄。箱に入った世界。
私も侮っていたかもしれない。アベルの模倣? というスキルから放たれた数々の魔法は私の動きを止めることはできたにせよ致命傷には至らなかった。
だが、グラヴァルド帝国の勇者隊と名乗る面々から放たれる攻撃は苛烈で、一斉に放たれた一撃はライトの障壁で防げはしたものの破壊された。
確認できる勇者の数は三人。本物か偽物かはこの際どうでもいい。明らかに能力が他の人間よりも突出している。
ライト、アブとは分断されそれぞれが一対一で引き受ける形になった。大柄な男の突進を受け、後方へと押し出されるアブと視界から消える前に目が合う。
――手加減できる相手ではない、殺してもいいのか。そう問われているのはすぐに察知した。
「死にたくなければ道を開けろ! 歯向かう者の命はないと思え!」
それが号令だった。ライトは両手に短刀を持った小柄な女の圧倒的な手数に翻弄され防戦一方になっている。私の声でようやく反撃に転じた。私の前には、刀身が眩く光る片手剣を携えた騎士が、ジリジリと距離を詰めている。
切っ先が蝋燭の火のように揺れていて、意思を持ったように伸びてくる。それとは別に男は腰を低くして地面を蹴ると、一瞬で私の懐に入ってきた。
「我が聖剣の力を受けるがいい!」
左腕で男を掴み上げようとするも揺らめく炎が鞭のようにしなり絡めとられる。がらんどうになった左胴体目がけて、男は剣を振るった。私はそれを右手で掴み取り防御する。
光を放つ剣は肌が焼けるように熱く燃えていて、焼ける音と焦げる臭いが不快感をもたらした。男と剣の炎は、二対の動きになってお互いの隙を埋めるように不規則な攻撃を生む。
「正義の炎で貴様の悪意ごと浄化してやる!」
両手両足を駆使して攻撃をいなしながら反撃するも、炎の鞭は枝分かれし更に数を増やし私の動きに反応してくる。鞭が払われた後の、飛散する火の粉ですら羽虫のように纏わりついてきた。
左腕に炎が触れるたび水蒸気に包まれる。
即座にそれらを凍らせて炎を相殺しながらミスリルすら抉る爪を振り落としたり、体を翻した蹴りの連撃を浴びせるも、ことごとく相手に防御される。
――その者を殺したとしても無意味だ。また新しい転生者が呼び出される。
「戯言を! お前たちが勝手に殺して回っているんだろうが!」
――小さき魔王よ。魔王もまた生まれ続ける。同じだとは思わんか?
男の声が鐘の音のように頭で木霊して戦いに集中できない。沈黙の氷で一気に終わらせたいが、陽炎のように消えたと思ったら質量を持った炎になって弾かれたりと相手の動きが変幻自在で的を絞れない。
――この世界は一体、我々に何を望んでいるのか。不思議に思ったことはないか?
「世界が望む……だと」
足を取られ転倒すると突き刺さんとする剣を横転で回避し、蹴りで引き離しながら立ち上がる。僅かに苦悶の表情を男は浮かべるも、間髪入れずに間を詰め再び剣と炎の鞭が私に襲い掛かる。
――神がこの世にいるとして、神の領域に人間が近づこうとすると、『魔王』という人類の文化を引き下げるための防衛機能が発現するのだ。しかしそれは、人類を根絶やしにするものではない。最終的に我々は勝つ。つまりそれは我々の命は何かしら神の存在に影響を及ぼしているということだ。我々なくして神は存在しえない。我々なくして魔王も存在しえない。
「ちっ、姿を見せない臆病者のくせに、口だけは達者のようだな!」
――おかしいだろう? いずれ討たれる運命にある魔王がその運命を知ってもなお行動するのか。自我を持って、己の考えで行動しているつもりなのかもしれんが、それは全て仕組まれたものだ。独自性などない。
――分かりやすく言い換えよう。我々は最初から神に操作されているのだよ。これだと理解しやすいだろう。
「詭弁だな!!」
テイムという言葉を聞いた瞬間、沸騰したみたいに体中が熱くなる。頭の中の雑念を追い払うように声を張り上げ、左手の力を開放し巨大な氷壁を作った。氷壁を男と私を隔てる障害物にする。
視界が氷で覆われる直前、男が横一線に薙ぐような姿勢を取ったのを見て、私は地面に伏せた。
真横に一閃が走ると、簡単に氷壁は両断される。その振り払い終わったタイミングに合わせ男に飛び掛かった。
男が姿勢を立て直す前が好機だ。途中、炎の鞭が私の動きを捉えようとしてくるが、両手首を使って鞭を巻きつけさせ離れないようにしっかりと握りしめる。
全体重を乗せた両脚の蹴りと男の剣が何度もぶつかり合う。少しずつ男の態勢が崩れていく。男は後方に飛び退き、距離を離そうとするも私は剣から伸びている鞭を離さない。
――お前が憤る感情も全てそうなるよう指示されているだけだ。偽物だ。真実を見ろ、魔王。我々が憤るべき相手は世界そのものだ。人間と魔物ではない。その概念を書き換えない限り、我々の間に真の安寧など訪れない。
「偽物なんかじゃない! マリアンヌも、ハピコも、コハクも! この気持ちの痛みは本物だ!」
仰向けで倒れ込んだ男はいつしか剣から手を離し、何度も私に踏みつけにされ、意識を朦朧とさせていた。
――それも全て魔王を焚きつける演出に過ぎない。
「……私が神とやらの手勢で、私が今、こうしていることも、すべて仕組まれていたことだと?」
マリアンヌが栗毛に恋をしたことも。
ハピコがアベルのことを好きになったことも。
ファントムとコハクの愛情で包まれた関係も。
私がカイトに抱いた気持ちも。
私が人間に手をだそうとするための理由付けだって言うのか?
――その通りだ。
「っ! ふざけるなあ!」
――だからこそ、我々が手を取り合う必要があるのだ。人間と魔物が共存する世界を作り上げるのだよ。それこそ、魔王が望んでいる世界であろう。
私の周囲ではライトとアブが私を避けるように戦闘を続けている。切り取られた空間の中で、私の声は虚空を漂い行き場もなく消えていく。
――そうすることで我々は止まることなく進化し続ける。更なる高みへと辿り着ける。それこそ神の世界、この星を統べる大いなる進化への道だ。
「……」
――頂の先には無限の星々が広がっている。言葉の壁、種別の壁、我々が相反する理由となる壁が一切ないのだ。本物の自由がある。本物の未来がある。
「…………」
瞬きをすると世界が上下に反転し、私は天井の上に立っていた。床を見上げると私の体は縮小されていくようにグラヴァルド帝国を俯瞰する位置まで上昇した。
コマ送りになって全貌が見える。ファントムの姿、王城の門前で人間たちの攻撃を斧を振り回しながら防御している。雄叫びと共に魔斧・白夜を振るえば甚大な損害を与えることもできるだろうに斧を攻撃に使うことはしていない。どんな攻撃にも耐え、弾き、微動だにしない巨大で最強の四天王の無骨で愚直な立ち振る舞いに、人間の攻撃の勢いが弱まっていく。
視点が切り替わりライトもアブの姿も見える。二人も同じだった。「殺してしまうかも」と言っておきながら、備え持った自身の力を開放せずに勇者と競り合っている。スロウならマントの中の虚無空間へもろとも吸い込む大技があるし、アブだって四本の腕から息つく間もない怒涛の攻撃で圧倒できるはずだ。それなのにしない。
「にゅる!」
スロウが私の足元から這い上って来て、体に触手を這わせて抱きついてくる。もちろんスロウだって変幻自在に体を収縮し分裂し、城の内部を破壊しながら地下から屋根裏まで触手を貫き通せるだろう。
ぐっとスロウの締める力が強くなって私は我に返る。アッチを見ろと、スロウの触手が見るべき方向を指している。
私は見上げるように首を曲げ、触手の先を見つめた。
楕円形で波打つ液面に満ちた瞳がぽっかり口を開けるように開いていて、空間を浮かんでいた。
「あれは……」
瞳の中の波は渦を巻き、中央にある白点へと向かっている。
その奥底から生まれる波に乗って、頭の中で男の声が飛沫をあげる。男の声? いや、実際には違った。
老若男女、無数の人間の声が重なり合っていた。
わかってしまえば、無機質で冷たい音の集合体にしか聞こえなくなる。
私は気づいた。
「お前が……『転生システム』そのものだったのか――」




