35話 失恋は岐路。もうきっと戻らない。
特になんの障害もなく、グラヴァルド帝国の帝都上空に到着する。陸路や海路と違って空路はまだ未開拓であるため遮るものは分厚い雲くらいしかなかった。かくいう私も、魔王城と繋がって魔力で浮かび上がらせているわけなのだが、どういった原理で浮かんでいるのかなんて理解していない。
ホログラムスクリーンには魔王城の影で真っ暗になっているグラヴァルド帝国が映し出されている。人間たちはどんな気持ちで見上げているのだろう。攻撃され、殺されてしまうのではと絶望しているのかもしれない。
整然と区画された街並み。グラヴァルドを象徴する尖塔がいくつも立ち並び、その中心にそびえ立つ、魔王城にも劣らない針山のような漆黒の巨大な宮殿がある。グラヴァルド城。おそらくここに『転生システム』の中枢があるはずだ。
『グラヴァルド帝国に告ぐ』
私は魔王城の通信魔法を最大出力にし、帝都全域に響き渡る声で告げた。
「これが本当に最後の警告だ。転生システムの中枢を明け渡せ。私の目的は人間そのものの殲滅ではない。大人しく従えば攻撃はしないし無駄な血も流れずに済む」
ライトからは「無駄です」と止められていた。私も頭ではわかっている。それでも、最後に一度だけ私の意思を伝えたかった。私の中にあるどうしても捨てきれない『甘さ』だし、私なりの大義名分を確固たるものにしたいという弱さでもあるし、向こうからしても簡単に受け入れられる話でもないだろう。
魔物の言いなりになるなんて、私たちにテイムされているようなものだからな。つい皮肉めいたことを思ってしまった。私は続けて喋った。
「今、転生している者、勇者……どっちだっていいが、そちらもこちらに来てもらう。安全は保障するし、大人しくしてくれれば危害は加えない。これは我々が提示する最大限譲歩した案だ! 賢明な選択をしろ。一時間待つ」
そう告げてから一時間待つ。帝都からの返答はない。『沈黙』を保ったまま魔王城とグラヴァルド城がにらみ合っている状態が続いた。玉座に座る私。ホログラムスクリーンを見つめる四天王たち。言葉を発しない、しんと静まる時間が続く。私は大きく深呼吸してから、ぱんと自分の両頬を叩いた。
魔王城に閉じ込めているアベルとカイトにライトは転生システムの所在について尋問したが、アベルは私が沈黙させたのもあり無反応だったし、カイトも目が見えなくなったことで半狂乱になっていて会話できたものじゃなかった。
「……予定通り私とライト、スロウ、アブ、ファントムだけで行く」
四天王は私の方を見ると各々が頷いた。
「スロウはグラヴァルド城の構造を把握、ライトはその情報をもとに全体を監視しろ。アブは城内部の脅威を無力化。ただし逃げる者は追うな。ファントムは援軍が入らぬよう出入り口を封鎖だ」
私はホログラムスクリーンの前で腕を組みグラヴァルド城を真っ直ぐに見据えた。
「私はグラヴァルド帝王に謁見を願いに行く」
私が宣言した直後、薄緑色のスクリーンが突如真っ赤に染まった。同時にけたたましい警報音が魔王城の静寂を切り裂くように鳴り響く。グラヴァルドを囲う城壁にそびえる尖塔周辺から、鼓膜を劈くような轟音と共に閃光が放たれた。
「グラヴァルドの攻撃です!」
ライトも同じように赤く激しく点滅し反応する。直線、曲線、放射状と様々に形を変えて一直線に空へ昇り、魔王城を含む島全体を球体上に覆う防壁に激突し、城全体が上下左右に激しく揺れた。
それが、グラヴァルドの答えだった。口ではああ言ったが、胸の奥には迷いがまだ残っていた。余白を、猶予を、油断を、隙を生み、相手からの奇襲を許す機会を与えてしまった。相変わらず先手を取るようで後手に回ってしまう私の中途半端な行動だ。だが、グラヴァルドの行動は私の背中を押す機会にもなる。
「全て防御しました。見た目が派手なだけで威力は大したことありませんね」
私はホログラムスクリーンの右手側にある魔王城のバルコニーを開放し移動する。四天王たちの足音が私の後に続く。
「行くぞ!!」
たん、と跳躍しバルコニーの手すりをすり抜け、グラヴァルド城を直下に捉えながら身を躍らせた。上空からの自由落下。風が耳元で激しく唸る。それぞれが軌道を変え、四方に散るのを見た。スロウは速度を活かし私たちよりも速く落下していき、ファントムはグラヴァルド城門付近へ、ライト、アブ、私は城へ直接降下を試みる。
途中何度か尖塔から光芒が放たれ魔王城を攻撃していた。それに加え、布陣を整えたグラヴァルド城から矢や火球、雷撃といった攻撃が次々と繰り出され私たちを襲った。空中で体を捻り、避け、弾き、ライトの虚無空間に吸い込むなどして、攻撃を掻い潜っていく。講堂のような広々とした空間が広がっているであろう尾根を指差す。このまま突き破ってここに着地する合図だ。
――魔王よ。自らを生み出した源を断つことは、自身の存在を失うことと同じであると知っているのか?
視界を覆う塵埃と頭上から降り注ぐ瓦礫の雨の中に立つと、私の頭にしわがれた男の低い声が鳴った。脳内に直接語り掛けてきているようにハッキリと聞き取れる。威圧感のような私を見下しているような、声だけでもその高慢さが伝わってきて苛立たせる。
直感が告げている。この声は間違いなくグラヴァルド帝国の皇帝であると。
「阿呆が。今になって臆しているのか? だったら最後のチャンスを与えてやってもいいぞ。転生の仕組みごと明け渡せ。お前の存在が消えてしまう前にな」
――魔王を象っただけの小娘が。
中は予想通り大きな広間になっていて、私たちは程なくして兵士たちに囲まれる。量産された甲冑ではなく、ひと際目立つグラヴァルド特有の細かな意匠が施されている兵士たちが何人か確認できた。佇まいからしてアベルのような雰囲気を感じる。
「取り巻きは殺しても構わん。我ら勇者隊の力を見せるときだ。魔王は生きていればいい。腕や足がなくなろうともな。……最悪、殺してしまったときはそのときだ」
兵の列から一歩前に出る数人の男や女。どいつも舐めたような顔だったが、その気迫はアベルとは比にならないほどの重みがあった。
しかし、言うに事欠いて勇者隊、か。まったく、反吐が出る。自分たちが踊らされているだけなのを知っているだろうに。自分が殺されないよう上手く立ち回っているだけで、腹の内では私を殺したいくせに。
「私に勝てると思っているのか? お前たちは死んでも使い回されるだけのただの駒だぞ。武器を下ろして、降伏しろ。私を殺す夢は諦めてもらうが、少なくとも死なずには済む。皇帝の命を捻り潰すなんて容易いぞ。――その後手のひらを返したって遅いからな?」
私が凄むと、勇者隊と名乗った面々がたじろぐ空気が伝わる。やっぱり虚勢なんだ。それにたぶん、私との戦力差にもそれぞれが気づいている。だがお互い転生してきた同士。仮にも敵に寝返るなんてことは率先してしたくないだろうし、譲れない意地だってあるんだろう。
だが、ここで死んでしまっては元も子もないはずだ。
「私に恨みでもあるのか? 私はお前たちを殺さないと言っている。グラヴァルドに言いくるめられただけだろ、そんな、作られた敵意だけで命を賭けて戦う理由なんてどこにある。ないだろ、私たちが戦う理由なんて!」
私は転生システムを止めたいだけなんだ。わかってくれ。
「黙れ魔王! ここには俺の家族がいるんだ! そうやって人間をたぶらかしてなぶり殺しにするお前たちはただの獣だ! 家族と人類の未来は俺たちが守る、魔王を打ち倒し、平和な世界を切り開いていく! それが俺たち勇者の役目なんだ!」
もう嫌なんだ。振り回されるのは。私の選択は最悪の結末しか生まない。だからこれでもう、本当に最後にしたい。
「……邪魔しないでくれ……頼むから……」
私の声は空しく掻き消え、一斉に勇者たちが飛び掛かって来た。




