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箱入り魔王♀は失恋(鬱)エンドを許さない~争わない世界で魔物は人に恋をする~  作者: たーたん
第5章 箱入り魔王と失恋的な恋

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34話 失恋は再起。生まれ変わるための。

 魔王城に戻った私は玉座を見上げていた。かつての魔王が座っていた王が在るべき場所。私にはあまりにも大きい。どの魔王も最後には勇者に倒されていたわけだが、それまでの間に一体どのような物語があったのだろう。


 いずれ倒されて消えるのが宿命なら、この私の選択がもしかすると私の最後になるのかもしれない。なんて、やる前からこんな気持ちが負けにいくようなものだ。やるからには勝つ。やるからには世界を征服する。歴代の魔王はそう思っていたに違いない。


 もし、うまくいってその後があるのなら、今までは興味の欠片もなかったけど、魔王の軌跡を辿って行ってもいいかもしれないと思った。どのようにして生まれ、どのように戦い、会話し散ったのか。魔王城には記録が残っている。


「魔王様」


 すっと背後からライトの声が聞こえる。


「……うん」


 マリアンヌを座面に置く。その隣、糸の切れた人形のように、首の座らないシルナの頭がゴトリと硬い背もたれの脇に寄りかかる。つい先程まで私を抱きしめ、甘い言葉を囁いていたその体は、操り手を失った今、虚ろなガラス玉のような瞳で宙を見つめ、精気を失っただの塊になっていた。


 シルナと呼ばれていた、私と瓜二つの姿をしている人形。それは外で投げ捨てられた無残な格好で崩れ落ちていた。そのまま放置していてもよかったのだが、連れて帰ってきてしまった。


 ただの操り人形、か……。は、馬鹿馬鹿しい。簡単に信じ、嫉妬までした相手が作られた物だったなんて。


「……お前は生きていたのか? シルナ……」


 最後にシルナをじっと見て、私は振り返った。ライト、スロウ、アブ、ファントムがずらりと並んでいる。

 ライトは明滅し、スロウは触手を滑らかにしならせ、アブとファントムは目が合うと深く頷く。


 みんなそれぞれ私に思うことはあるだろう。けど、今もこうして私のわがままにも応えようとしてくれている。

 不甲斐ない魔王でごめん、心の中でそう思うと、聞こえてないはずなのにみんなが笑った気がした。


「グラヴァルドはなんて言ってきた?」


 グラヴァルド帝国の転生システムを掌握する。あるいは破壊する。この世界に二度と転生者が現れないようにするんだ。私はグラヴァルド帝国に転生システムの全貌を開示し、全てを無条件で明け渡すようメッセージを送った。

 一方的に攻め込むことはできたがしなかった。それは卑怯な気がしたし、もしかすると被害を被りたくないと考え警告を送るだけで応じる可能性もあると考えたからだ。


 それが私の甘さなのかもしれないが、この甘さこそが私なのかもしれない。魔王は非情で冷酷で残虐だ、それは人間が私たちに抱いている一方的な感情だ。


「魔王殿の要求は、我が国に降り立つ勇者たちの『名誉と自由意志』を著しく侮辱するものである。転生者たちは皆、自らの意志で帝国に協力を申し出た人間であり、勇者であり、尊ぶべき命である。

 魔王殿の要求は我々人類に対する明白な脅迫行為であり、到底受け入れられるものではない。彼らの尊い意志を第三者に『明け渡す』などという非人道的な行いは、帝国の誇りにかけて断じて行えない。

 無用な争いを避けたいという言葉が真実であるならば、直ちに不当な干渉を取り下げることを要求する」


 ライトはグラヴァルドからの返事を一度も詰まることなく淡々と読み上げた。内容を聞きながらファントムは腕を組みながら目をつぶって聞いていた。アブは苛立ちを隠しきれてないようで落ち着きがない。なだめるようにアブの体をスロウが這っていた。


「それでもなお武力をもって我々を脅かそうとするならば、それは全人類への明白な宣戦布告とみなされる。我々は人類の威信と存亡にかけて、断固たる反撃を行わざるを得ない。

 神聖なる我がグラヴァルド帝国の持てるすべての力をもって、魔王を完膚なきまでに壊滅させることとなるだろう」


 「以上です」とライトはピカリと赤い光を発し発言を止めた。


「つまり……なんだ? ぐぬぬ……ライトの声ではなく幼女の声で聴きたかった! さすれば理解できたというのに!」


 頭を掻きむしるアブ。頭蓋骨の頭部がガリガリと四本の手で削られている。


「要は、勇者のおもちゃはぜーったい渡さない! もし力ずくで来るなら、帝国のフルパワーでボコボコにしてやるから、文句があるならかかってこーい、ざぁこ。と言っているのです」


 そう言うとライトは、緑色の光に変色しアブ用に言い直した。


「ぐおおお! 人間どもめえ! イイ……!」


 それにアブは悶絶する。ドクロの顔だから表情はわからないが喜んでいるのだと思う。呆れたようにファントムが深いため息を吐いた。


「予定通りグラヴァルドに向かう」


 私は玉座の上に飛び乗るとホログラムスクリーンを起動する。指先に意識を集中する。今までは深く繋がろうとはしてこなかった。魔王城と一つになろうとすればするほど、魔王としての重圧が、私の意思を飛び越えて支配してこようとしてくる。それに抗うにはかなりの体力を消耗してしまう。

 私はそれが怖くて、ホログラムスクリーンをいじるだけに留めていた。


「魔王様、ご無理はなさらず」

「ああ……私は大丈夫だ」


 ライトの気遣いが胸にじんわりと温かい気持ちを遺した。そっと私の傍に近づいて来て淡い光を纏ったまま、いつでも私を支えると言葉がなくても伝わってくる。


 既にライトたちとはこうなるだろうとは話をしていて、どのように侵攻するか考えは一致させていた。二パターン考えられた。一つは森林Fに魔物を集めそこから進軍するパターン。

 今回の件でグラヴァルドはレスティア侵略から今も撤退中のようで、魔物を集結させるにはよい場所だろう。ただしこちらは本当の侵略になりかねず、グラヴァルドが抵抗してくるなら魔物も人間も多く犠牲が出てしまうだろう。


 衝突はするのだが、正面衝突は避けたかった。できるなら一点突破で、グラヴァルドの中枢部だけを制圧できる方法がないか、と思案した結果がもう一つのやろうとしていることだった。

 私は広大な魔王城を含む島全体、そしてそこに息づくすべての魔物たちに向けて声を響かせた。


「全軍に告ぐ。これより我々は、グラヴァルド帝国へ侵攻する」


 城全体が微かに震える。魔物たちの昂りが伝わってくるようだった。かつて魔王城は空に浮かんでいた。先代も先々代の魔王も天空に聳える魔王城で勇者を迎え撃ったという。全身を魔王城に繋げていくと、その情報が頭に入ってくる。


 胸の奥では、まだカイトのテイムの余熱が燻っていた。好きだと言われた感覚、触れられた感触。テイムの影響で偽物な感情だとわかっていても、その形は本物に近かったんだと思う。

 笑い話で思うたび自分でも笑ってしまうが、『失恋』を味わった気分だった。私はその感情を沈黙させようと自分の左手で胸を押さえる。コハクが私の心を落ち着けてくれるようにひんやりと冷やしてくれる。


「我々の目的は『転生システム』そのものを奪い取り、この輪廻を停止することだ。システムの中枢を掌握すればそれで侵攻は終わる。無駄な血は流すな」


 ホログラムスクリーンから延びるように緑色の文字が描かれた半透明の紐が私の掌から肩に向かってじわじわと伸びてくる。

 コハクと出会ったときに見た、あの背景と同じだった。私は目を閉じると、瞼の裏に魔王城の心臓部の気配を感じる。内側で渦巻く膨大な魔力を直接流し込む。


 ズンッ……! と、腹の底に響くような重低音が鳴った。


 凄まじい地鳴りが謁見の間を揺らす。これまで不毛な大地に縫い付けられていた魔王城の土台に、巨大な亀裂が走る音がした。


 ゴゴゴゴゴォォォ!!


 ゆっくりとした浮遊感を感じる。巨大な魔王城が轟音を立てて空へと浮かび上がっている。ステンドグラスの向こう側、見慣れた暗い空がゆっくりと下に落ちていく。アブは窓の近くに移動しており興味深そうに景色を眺めているようだった。


「進路、グラヴァルド帝国!」


 私が大声を出すと、魔王城はゆっくりと方向を変え前進を始める。動作が安定するまでは轟音と揺れでこのまま墜落してしまうのではないかと内心ヒヤヒヤしていた。


「……」


 軌道に乗り振動も緩やかになってくると、私はふうとようやく息を吐き、ホログラムスクリーンに映る大地を見下ろした。同じようにファントムも動かずにスクリーンを見つめていた。


「コハク――」


 ファントムがその名を呟く。切り替えたと言ってもそう簡単に割り切れるものではないだろう。気丈に振る舞って見せるが、心の中ではきっと泣いて蹲っている自分が未だにいるんだ。


 巨大な熊の背中は覚悟と、迷いと、怒りと、悲しみで混ざり合って私の気持ちと同化していくようだった。

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