33話 失恋は傷。痛いのに忘れたくない。
「クロも祝福してくれているのかい? あははっ、あはははは!」
「ははは! ははっ!」
裸同士で血まみれで笑い合う。カイトの笑い方は、私の絶望とは裏腹の、歓喜と安堵に満ちた声だった。
魔王を倒せば元の世界に戻れる。そんなことを言っていたな。そういう仕組みがあるのか。どうせいつか倒される魔王という存在。私は一体なんなんだろうな?
「(ああ……もう、どうでもいいな)」
いっそこのまま喉を貫かれて死んでしまってもいいかもしれない。こんな無様な恥を晒して、カイトに恋心まで抱かされて。自分で言ったら余計に笑いが込み上げる。しかもそれを自分の中で本物だと信じている部分があったのが尚更尾を引く。
私には効かないと周りに豪語しておきながら、私はとっくの前からテイムに掛かっていたんだ。
「(不思議な気分だ……)」
それでも、恋というのを味わった。好きという感情を経験した。
こうしてカイトにテイムをかけられた今も、カイトが好きで好きでたまらない。今すぐにでもカイトに抱きつきたい衝動に駆られてどうしようもない。あえて再生していない痛みがあるから、好きと拒絶のギリギリのところで行ったり来たりできている。
こんな惨めな状態でこれからも生き続けるくらいなら、ここで本当に勇者に倒されて終わってしまった方がずっと楽かもしれない。無様だ。ライトたちに合わせる顔もない。スロウ、アブ……ファントムにだって。
――けど。
「カイトは」
「うん?」
「私のことが好きか?」
一拍置いてカイトは鼻で笑うと、目に苛立ちをこめて私を睨んだ。
「……そうか」
カイトからの返答がないことが何よりの返事だった。
「最後に、教えてくれないか。最初から、こうするつもりだったのか」
私は本当に子どもだな。この期に及んで可能性に縋っている。これもテイムの影響なのだろう。
「最後、そうか最後だもんね。いいよ教えてあげる」
ぐりっとカイトは喉奥をさらに押し込むようにナイフを押し当てた。
「僕はね、クロ。こんな世界、一秒だっていたくないんだ。元の世界に帰りたい。現実世界で死んでしまったのは不本意だったけど、魔王を殺せば生き返れるんだ。だったら悩む必要なんてない」
中がかき混ぜられているようで気持ちが悪い。私は、せめてカイトの真意を探ろうとした。カイトがどうして私を好きになったのか。私がどうしてカイトを好きになったのか。
……好き? 色んな考えがごちゃごちゃになっているが聞きたいという点では一致している。
「君は偶然、偵察だとか言って僕のところに様子を見にきたようだけど、グラヴァルドが流した情報だよ。僕も後から聞かされたんだけどね。君と会ったのは必然だった。君がこんな性格だから勝機があると思った。現に、じっくり僕のことを気になるようにしていくのは順調だったよ」
カイトは饒舌に語り出している。私を殺す寸前であることがそうさせているのだろうと思う。カイトから見れば私は息も絶え絶えの状態だろうからな。
「でも、僕のこんなスキルじゃ正攻法で魔王を倒すなんて無理だ。僕は他はてんでだめで、どの適正も並以下なんだ。剣も振れないってのも本当だよ、そんな僕が戦いに出て巻き添えなんてくらったものなら、僕の方が先に死んじゃう。ここで死んだらもう本当に終わりなんだ」
喋っている間も私へねじ込んでいるナイフの力は緩まることはなかった。
「なぜアベルがテイムを使えてたんだ? 目を……見ていないのに」
「……ああ、簡単だよ。それはアベルのスキルが模倣。書物に好きな力を複写できるからだよ。といっても威力や効果は劣るけどね」
あの円筒で多種多様なスキルを放つのがアベルの力だったというわけか。私は最初から騙されていたということだ。
「僕が本物のテイマーなんだ」
「……」
「騙していてごめんね、クロ。でもこうするしかなかったんだ」
「シルナは?」
「クロ。もう死ぬっていうのに知りたがるんだね。知ったところでもう意味はないと思うんだけど。シルナは操り人形さ。グラヴァルドには姿形そっくりの人形を生み出せる転生者がいてね。クロの興味や嫉妬を引き出すためのただの小道具だよ」
「そうか……」
複雑だった。頭では理解できて冷静になっていく自分がいるのだが、体はカイトを求めるように熱さを失わない。
コレがカイトの愛情表現であると思い込んでいるのかもっと欲しくて体がうずいて痒いし、違うところも刺してほしいと熱い息が漏れる。
「だから僕の為に早く死んでくれ。それが僕たちが結ばれる唯一の方法なんだ」
テイムの力は確かに強力だった。誘惑的で癖になりそうなほど全身が気持ちよくて、怠惰的で。この感覚をずっと与えてくれるのだとしたら相手しか見えなくなるのは仕方ないのかもしれない。
「ははっ、あはははは!! やっとだ、これで元の世界に――」
歓喜に顔を歪ませ、笑い声を上げるカイト。
「ごめん、カイト」
「……うん?」
いっそこのまま喉を貫かれて死んでしまってもいい。こんな無様な恥を晒して、敵に恋心まで抱かされて。こんな惨めな状態になるくらいなら、ここで終わってしまった方がずっと楽だ。
ああ、もうどうでもいい。
これで本当に終われるなら――、な。
「私はそれじゃあ死なないんだ」
私の中に一つ目標ができた。何度も何度も耳にするその名前。私の甘い考えや行動を利用し、いいように世界を乗っ取ろうとしている。
私に『依存』し、転生者という輪廻を繰り返し続けている元凶。
「え……? ク……」
カイトの言葉が終わるよりも早く、私はコハクから受け継いだ『沈黙の氷』を発動した。カイトの「両目」の表面をそっと指先で撫でるようにして沈黙させた。
「あ……? あれ……? なんだこれ、見えな、目がぁっ!!」
喉元のナイフが外れ、カイトが両目を押さえてベッドの上から転げ落ちてのたうち回る。私はゆっくりと起き上がって自分の姿を眺める。全身血で濡れ、まるで赤いレースを羽織っているようだった。
私が死ぬには再生が追い付かない程、ダメージを負い続けて肉片一つも残さず消すしかない。再生の力は魔王城から供給されているので、先に魔王城を破壊するというのも一つだろう。
「クロおおお!! 僕に何をしたああ! くそあああ!」
コハク、アベル、カイト。その他にどれくらい転生者がいるのかはわからないが、彼らがこぞって口にするのは『グラヴァルド帝国』の名だ。
テイムの件だけを片付けようとした私は本当に浅はかで愚かな魔王だった。何のために私が生まれてきたか、なんとなくわかってきたような気がする。
私は床に落ちていた薄汚れてしまったコートに腕を通す。傍にあった黒革のショルダーバッグも拾い上げ、中にマリアンヌがいることを確認して肩に掛けた。
ごろんと中に入っているマリアンヌが動いたのを感じた。一瞬、マリアンヌはどう思ったのだろうと考えてしまうと胸が苦しくなる。
近くではカイトが変わらず叫び声を上げながら両目を押さえている。殺しはしない。殺してしまってはグラヴァルドに一つ、枠を戻してしまうことになるから。
この循環を止める方法は一つだ。
最初からこうすればよかった。
でも、こんなことはしたくなかったんだ。
――グラヴァルド帝国に攻め込む。




