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箱入り魔王♀は失恋(鬱)エンドを許さない~争わない世界で魔物は人に恋をする~  作者: たーたん
第4章 魔王と混沌的な恋

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29話 愛は憎悪。どこまでも深くなる。

 天幕の中央に鎮座する黒檀のように深い色合いを持つ分厚い机。その上には地図が広げられ四隅を真鍮製の重しが押さえている。そして地図の上には、精巧に彫られた『魔物』と『人間』の小さな駒が配置されている。周囲の状況を示しているのだろうか。 


 アベルは、懐から出した禍々しい装飾の円筒から丸まった羊皮紙を取り出すと、駒を乱雑に払い机の上へ広げた。隣同士に並ぶアベルとカイトの隙間から、気取られないように覗く。


「(……私の血だ。あれで間違いない)」


 不幸中の幸いか、私の血が残っているので本物か偽物なのか一目で区別がつく。このまま燃やせばこいつをコピーして生まれたレプリカの効力も消え、魔物を拘束している呪縛は終わる。


 右手の人差し指に集中する。爪の部分が熱くなり、そのまま息を吹きかければ火炎の波が放たれる。間に割って入り強引に奪い取ったっていい。


 ふと、疑問が浮かび上がる。この羊皮紙を処分した後のことだ。即座に呪縛は解かれるのだろうか。やはりテイマーのスキルを持つ元凶、アベルをどうにかしないと根本的な解決にはならないのではないか。


 私の左腕には、示し合わせたような力がある。まるでコハクの願いを具現化したような力。沈黙の氷(サイレンティア)。この氷の手で相手に触れれば、ファントムが地下牢で閉じ籠っていたように思考そのものを凍結することができる。


 燃やすか。凍らせるか。

 羊皮紙だけか、アベルもろともか。

 ただ少し、カイトが邪魔だった。カイトにまで被害を広げてしまいたくはない。


「さあ、ここに手を。この文言の横に魔力を流し込むだけでいい」


 アベルが羊皮紙の余白を指でトントンと叩き、急かすように顎をしゃくった。二人は私に道を開けるように離れ、見えづらかった机の全貌が明らかになる。カイトは心配そうな瞳で私を見ている。「今がチャンスだよ」と目線で合図しているとわかるし、「早く」と言わんばかりの表情で促している。


「大丈夫だよ、クロ。怖くないからね」


 私の迷いを怯えだと勘違いしたのか、カイトが背中からそっと私の肩に手を置いた。私はカイトの目を見て頷いた。迷うな。後のことなんて誰にもわからない。だが、テイマーという悪循環はここで断ち切ることはできる。


「う、うん。カイトの言う通りにする……」


 アベルを凍らせれば、この机の上の原本もろとも沈黙させられる。ゆっくりと息を吐き、右手に集めていた熱を散らした。代わりに、左腕の奥底で眠る絶対零度の呪いを呼び起こす。気取られないよう、従順な素振りのまま、私は差し出された羊皮紙へと左手を伸ばした。


「クロ様、その腕は?」


 アベルが即座に反応した。腕を掴まれるのではと思い、そう身構えると今までの躊躇いが嘘のように体が素早く動いた。意思とは無関係に体が勝手に動く。口すらも。


「お前が殺したコハクの力だ」

「……何を」

「そして、お前もろとも沈黙させ永遠に捕らえる氷の檻だ」


 アベルを一瞥する。高圧的で得意げな笑みの仮面が欠けたように歪んでいた。私の指先が羊皮紙に触れると同時に、静寂が弾け幾重にも枝分かれする霜が根を這うように広がっていく。


パキ、ィィィインッ!


 青白い閃光が迸り、羊皮紙ごと黒檀の机が凄まじい冷気に呑み込まれた。盤上の駒も、無造作に置いてあった銀のゴブレットもピキピキと音を立てて凍りついていく。羊皮紙に宿っていた私の力が、それに抵抗するように悲鳴をあげると、砂のような粒子になって飛散し、あたりに雪のように降り注いだ。


「な、なんてことをするんです……! カイト、まさか……」

「ごめんアベル――」


 私は素早く左腕を動かす。渦を巻くように白煙を帯びた腕はアベルを掴んだはずだったが、アベルは私の想定以上の速さで不自然に後ろへ飛び退いていた。動きが速すぎる。まるで風に引っ張られるような――


「正気ですか、カイト様――!」


 魔物の咆哮と人間の雄叫びがぶつかり合う声が地響きになって私の足元を揺らした。激しく争う剣戟や断末魔、何かが崩れる音が四方から聞こえてくる。


「アベル、様っ……! 外、外で……!」


 焦った様子の兵士が息を切らし、転がるようにして入って来た。


「魔、魔物どもが! 狂ったように……いきなり我々に牙を! あちこちで襲われています! ここにもすぐ――ご命令を!!」


 外から響いた鼓膜をつんざくような悲鳴に兵士はビクンと肩を跳ねさせた。

 魔物が人間を!? 


「ちっ、……解けたか。慌てることはない! 相手はただの魔物だ! 我がグラヴァルドの脅威ではない。向かってくる魔物は全て討伐し、撤退準備を急げ! 態勢を整える!」

「ライト! 私の周りにいる魔物に攻撃するなと指示を飛ばせ!」


 私の声はアベルの声と重なった。アベルと視線が交錯する。その一瞬、私が動けないでいるとアベルは躊躇なく外に飛び出す。その際にアベルは懐から別の円筒を取り出して、何か呟くとあたり一面が閃光に包まれる。


「――!」


 僅かの時間だが目が眩む。アベルの気配が消える。なんなんだ、さっきといい今といい、アベルはテイムだけじゃないのか?


『近くにアブが待機しておりますので向かわせました』


 脳内にライトの声が響く。私は手早くバッグとコートを脱いだ。おろおろしているカイトに押し付ける。


「カイト、これを羽織ってどこか安全な場所に逃げるんだ。コートの障壁が身を守ってくれるし、匂いでどこにいるか場所がわかるから終わったら迎えに行く。あと、このバッグも頼む。大事なものが入っているんだ」

「あ、う、うん。クロは……? テイムの紙は処分したし、クロも一緒に逃げよう」

「私はアベルを追う。やっぱり元凶を止めなくちゃダメだ」


 それだけ言い残して私も外に飛び出した。


 外はさっきまでの景色とは正反対だった。混乱と狂乱で染め上がっている。手を取り合っていた魔物と人間はお互いを殺し合っていて、困惑している魔物や人間もいて隠れるようにお互い抱き合っていたりもする。


「今すぐ攻撃を止めろ!!」


 魔王の権能を乗せた私の一喝は、戦場の喧騒を力ずくでねじ伏せた。魔物たちの聴覚にだけ響く拡声された私の声は、彼らの脳内に突き刺さるように陣地の端まで届いたはずだ。魔物たちが一斉に私を見る。


「全員退け、命令だ!」


 洗脳が解け、敵陣のど真ん中に放り出された現状すらきっと魔物たちは把握できていない。そこへ、本来いるはずのない魔王の私までが声を張り上げているのだ。許容量を超えた混乱に、魔物たちの動きはピタリと止まるのは必然だった。


 アベルも撤退すると命令していた。これで、無益な殺し合いは終わる――


 そう確信した私の期待は、次の瞬間、冷酷な金属の音にかき消された。


「――好機だ! 一匹残らず仕留めろ!!」


 誰かの鋭く迫真に迫った号令が響く。正気に戻り、困惑して武器を下ろそうと私の指示を待つ魔物たちへ、グラヴァルドの兵士たちが一斉に襲いかかった。


 ドスッ、ガシャッ、と肉を切り裂き骨を断つ殺戮の音が、静まり返った陣地に響き渡る。私の命令に従い、無防備に立ち尽くしていた魔物たちは、反撃の機会すら与えられぬまま次々と泥の中に沈んでいく。人間たちに躊躇いなんてものはなかった。


「ま、待て……!」


 いや、最初からそんなものはなかったのかもしれない。彼らにとって、目の前の魔物は「都合のいい従者」から、単に「隙をさらした討伐対象」に成り代わっただけだ。あちこちで動けない魔物の首が撥ねられ、槍で貫かれた血飛沫が舞う地獄が加速していく。どさりと上から、弓で射られたハーピーが落ちてくた。「まおうさま、どうして」と細切れの言葉を遺しながら、私の目を見ながら息絶えた。


 おかしい。


 人間たちは逃げるんじゃなかったのか? こっちは攻撃を止めたんだぞ? なんで一方的に攻撃を受けているんだ。おかしいだろ、向こうだって撤退するって言ったじゃないか。


 私は周囲を見渡すと包囲されつつあった。数人、十人、返り血を浴びた兵士たちがどんどん増えてくる。私に向けられる刃はどれも血で染まっている。その奥に兵を引き連れて撤退しようとしている軍服姿の男を見つける。――アベルだ。見つけた。


「魔王様ァァ!! 我が輩が参りましたぞォォ!!」


 けたたましい声を上げながら頭上からアブの声が聞こえる。どこからか跳び込んできたのか、私の真横にずしんと着地すると、両足を踏みしめて立つ。四本の腕には剣や手斧、槍を携えている。アブを見上げると、目玉のないドクロの両穴で周囲を見渡し怒声を張り上げた。


「おのれ人間ども! その命で報いを受けるがいい!!」

「……やめろ、アブ。残った魔物を連れてこの場から退くことを優先してくれ」

「この惨状を見てもそう仰るのですか!? ……人間どもの、この万死に値する所業、まさか黙って見逃すおつもりではないですよね?」

「当初の目的通りだ。元凶はなんとかする。それ以上のことはしない」

「魔王様!」


 頼む……、言うことを聞いてくれ……。私だって一人残らず報いを受けさせたい。壊滅してやりたい。けど、そうしてしまったら魔物が本格的に脅威になる。そうなってしまったら、魔物と人間の戦争が始まってしまう。


 私の認知する範囲からアベルが消えようとしているので、私は何も言わずアブの顔を真っすぐに見つめる。言うよりも私の気持ちを表情で伝える。アブは何も返答せず黙ったままだったが、私はそれをわかってくれたと判断し、アベルを追って大きく跳躍した。


 ――アベルが眼下に迫る。


 アベルも私が肉薄していることに気付いたようだ。


 ……これでおしまいだ、アベル。


 空っぽになりそうな、がらんどうの心に、それだけの言葉を飲み込んだ。

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