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箱入り魔王♀は失恋(鬱)エンドを許さない~争わない世界で魔物は人に恋をする~  作者: たーたん
第4章 魔王と混沌的な恋

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28話 愛は移ろう。それがにせものなら。

 グラヴァルドの陣地である森林Fへは、容易に入ることが出来た。グラヴァルドの兵はカイトだと認識しており、うさ耳白コートの上に全身を覆うローブを羽織った私を連れていても警戒もされてないようだった。マリアンヌも黙って私と一緒についてきてくれている。置いてこようとも思ったが、こんなところまで付き合わせてしまった。


「アベルとは知り合いなんだ。それに僕はこう見えても一応勇者って立場だからさ、グラヴァルドでは有名なんだ」


 私は顔を上げることはせず、無数の足跡が残る泥道の上を歩く。人間の足跡、魔物の足跡が入り混じっている。日が当たっている道には空を飛び交う魔物の影が交差している。頭上の声もハーピーの高い声や、ワイバーンのような唸り声が聞こえる。


「すごい光景だね……人間と魔物が一緒の陣営にいるなんて。それに、言い方が難しいけど、操られているようには見えない。なんというか仲が良いというか……家族みたいというか……ってごめん!」


 私は首を振って返事をする。森林Fでの拠点風景では実際に私もそう見えた。アベルを問いただして、この仕組みが解明できれば、今後同じようなテイマー転生者が現れても対抗できるかもしれない。


「見えて来た。あの天幕だね、坂道になってるから足元気を付けて」


 こくりと頷いて私はカイトの背に隠れるようにしてついていく。ガシャガシャと甲冑を鳴らしながら通り過ぎる数人の兵士たちや、魔物の大きな足音が一緒になって動いている。


「アベルは、その……最悪どうなっちゃうのかな」

「……」


 カイトの問いには答えられなかった。思わずして私の左腕に宿ったコハクの力が役に立つかもしれない。沈黙の氷(サイレンティア)。使わずともどれほどの力なのか既に頭の中にイメージできている。コハクは引き出すことができなかったが、これは水を凍らせる力だけではない。


「アベルとの会話で色々喋ると思うけど疑り深いアベルを騙すためだから。僕とクロが強い絆で結ばれているって前提で協力してね」

「ああ、わかった」


 そう考えると、こうなることは何かに導かれているのではと錯覚してしまう。まるで私がそうしたいことを叶えるためにこうなったような。そう思うも思考を振り払う、だとするならここまで犠牲を払ってまで欲しかったものではない。


「ああ見えるけど、そんな悪い奴じゃないんだよ。ちょっと野心的で人を見下すような性格が悪さしちゃってるけどね。……ここまで来ておいて僕が言うのもおこがましいけど、できれば無事であってほしい」


 ここまで来るまでの間、カイトは何度も兵士たちに声を掛けられていた。カイトは相変わらず間の抜けた声で返事をしていたが、カイトの存在は私が思った以上にグラヴァルドで大きかった。


「これはカイト様」

「アベルは中にいるかな?」

「おられますが……、用件をお伺いしても?」


 足を止めてカイトは野太い声の男と会話している。「ここで待ってて」と、カイトは私から離れて行った。様子を見ることはできないが、なにやら小声で会話している音だけは聞こえる。少しして、駆け足で近づいてくる兵士の声が響いた。


「カイト様。どうぞこちらに――」





 さらに奥に進むと人の気配がなくなった。 厚手の垂れ幕をめくってテントの中に入ると、ハーブの甘い香りで鼻の奥が満たされた。


「カイト……。まさか、ほんとうに? どういうことか説明してもらえるのですか」


 私の姿を見るなりアベルは僅かに高い声で反応した。私は下を向きアベルとは視線を合わせず、カイトに寄り添うように立ち従っている装いを強める。


「うん……。実はクロがたまたま家の近くを偵察していたときに偶然出会ってさ知り合いになったんだ。もちろんお互いの正体はその時は知らなかったよ! 僕は迷子になったどこかの村の女の子かなあって思ってたし、彼女も僕を襲うとかそんな素振りは見せなかったから話す内に仲良くなっていったんだ。って、だいぶはしょった話だとわけわからないよね、あはは」


 カイトの説明にアベルは絶句しているようだった。呆れたように息を吸い込んで飲み込む音だけが聞こえる。


「……クロ様、先日は本当にありがとうございました。お陰様で私とハピコはより深く結ばれ、クロ様のご認可があって今まで隠れるように恋をしていた者たちも大勢救われております」


 少しだけ顔を上げ、うさ耳フードから隠れるようにアベルを一瞥する。不気味なほどわざとらしい笑顔をしたアベルの顔が見えると腹が煮えくり返る。


「……」


 返事をするだけでも攻撃的になりそうだったので、なんとか我慢して頷くだけの返事をする。カイトに従順な姿勢を維持しなくてはならない。それを意識して私はアベルの視線から逃げるようにカイトの影に隠れた。


「ほら、返事してあげて、クロ」


 カイトに促される。このまま黙っていたかったが、カイトも役になりきっているのだろうと感じ、不服ではあったがそう言われては従うしかない。アベルを信じ込ませるためだ。


「それは、よかった、です」

「へえ」


 妙に引っかかる高圧的な返事に私の手は勝手に震え出した。ぐっと奥歯を噛みしめて飛び掛かりそうになる気持ちを抑えつける。


「前に届いたこのレプリカのお陰だよ」

「……カイト様にも届いていましたか」


 ガサリとカイトが懐から円筒を取り出して見せる。中を改められると思ったが、アベルは特に追及はしてこなかった。


「確かめても?」

「え、確かめるって?」

「この場で服を脱ぐように命令してください」

「いやいやっ、そんなこと言えないよ! それに命令するとかそんな関係じゃないんだ、わかるだろ」

「だからです。カイトさんなら言わないであろう《《お願い》》も、聞いてくれますよね。テイムで結ばれた二人の信頼関係は海よりも深いのですから」


 アベルの確認と称した要求は、寒気がする気持ちの悪い内容だった。


「信頼関係についてはそうだけど、そんなことは言えないよ。僕とクロは対等な立場なんだ。君だってそうだろ? 僕がハピコに同じようなことを言ったら、君だっていやな気分になるはずだ」

「それで疑惑が晴れるのなら躊躇いませんがね」

「アベルは素直じゃないなあ」

「……はあ。そこら辺の魔物を手なずけたとは訳が違うのですよ。魔王ですよ。魔物の王です。ひょっこり現れて魔王をテイムした。なんて言われても、カイト様の実力は認めていますが、念のため確認しておきたいのです」


 アベルの足音が近づいてくる。


「安全性の確認は肝心です。経緯については後でじっくり聞かせていただきます。魔王をテイムしたなど、世界の常識が覆りますよ。グラヴァルド帝国が人と魔物の共存を実現し、掌握する。世界の覇者であるとの絶対的な証明ですよ」


 カイトを真ん中にしてぐるりと私とアベルが半回転する。


「しかしなぜ私のところへ? 皇帝陛下への報告が何より優先されるかと思いますが」

「うん、まあそうなんだけど……僕、あの人苦手なの知ってるでしょ? 報告はアベルに任せようと思ってさ、だからクロのことをアベルに任せようと思って。ああでも、僕も一応協力したって名前だけはあげておいてほしい、なんて。最近、農作物の改良も上手くいってないし」

「譲渡する、と……?」

「僕は目立たず生きていければそれでいいんだ。逆に目立つことをアベルにやってもらえるなら僕としては助かるんだよ」

「……」


 カイトとアベルの会話が不意に途切れる。気になって少し顔を上げて見たらカイトはアベルの耳の傍で何か喋っていた。その様子を見られていることに気付いたカイトとアベルは二人して私を見るとそれぞれがにこりと微笑む。


「まったくあなたという人は……。わかりました」

「ありがとうアベル! やっぱり君は頼れるよ!」


 するとカイトは私の方を振り返ると、私の両脇の間に腕を滑り込ませて抱き上げるように引き寄せた。そのままぐっとカイトの胸に押し付けられる。


「クロ、いいかい。これからはこの人、アベルと一緒に過ごすんだ」

「ど、どのくらい……? や、やだ……」


 どう反応すればいいか困惑していたが、嫌がる素振りを見せて恥ずかしさを我慢しつつカイトの背中に手を這わせた。


「大丈夫。離れても心はずっと傍にいるから。」

「……カイトが言うなら、そうする」


 ぐっとカイトの抱きしめる力が強まる。私は胸の中に顔を埋めそれ以上は黙った。


「ははは、なんて聞き分けのいい魔王様なのでしょう。うちのハピコもそのくらい聞き分けがよければいいですが」


 愉し気なアベルの笑い声は、甘いハーブの匂いに混ざってやけに耳の奥に残る。


「アベル、このレプリカの原本を出してくれる? 気持ちの切り替わりと拡張について一文加えて改良しよう。そうすれば、テイマーと絆を結べる魔物の数も増えるし、テイマー同士での交換もできるようになる」


 カイトの提案に思わず身震いするものがあったが、これもきっとアベルに私が血判を押した原本を出してもらうための演技だ。


「魔王が私の物になる。本当にいいのですね?」

「うん、アベルに任せるなら安心だ」


 布が擦れる音がして私は顔を上げた。あからさまに反応してしまったので「しまった」と思うがアベルはカイトを見ていて私の様子には気づいてないようだった。アベルは誇示するように首元のボタンを外していく。


 仕立ての良い軍服の下には、無数の金属筒が鱗のようにびっしりと縫い付けられた、異様な革の胸当てが隠されていた。アベルはその中から――厳重な留め具で守られた一回り禍々しい円筒へ指を掛け、スッと抜き取ってみせた。


「原本はここにあります」

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