27話 愛は力。難も乗り越えられるもの。
カイトとシルナは、大きな車輪がついた荷台に作物の入った木箱を積んでいた。
「カイト!」
「どわあ」とひっくり返す勢いで飛び跳ねた。驚かせるつもりなんてなかったのだが、少し急ぎ足で現れたのかもしれない。シルナもいたが、どうやら私の気配を探知できなかったようだ。
カイトは麦わら帽子を脱ぎ、首元に巻いていたタオルでボサボサの髪を掻き上げるようにしながら汗を拭う。目を丸くしながらうさ耳コートに身を包む私を見ていたが、私は表情を変えずにカイトを見上げていた。氷の左腕は隠すようにしている。シルナはお尻を高く上げ両手を地面について猫のように私を威嚇していた。
「大事な話が……あるんだ」
じっとカイトの目を見て言うと雰囲気が伝わったのか、ゆるゆるのカイトの顔が引き締まったような気がした。
「……うん、わかった。それじゃ家の中で話そうか」
「あるじさま! こんなやつ家に入れちゃだめ!」
「クロは大事な話って言うし、それなら座ってちゃんと聞いた方がいいでしょ?」
私はシルナに睨み返したかったが、話が脱線する未来しか見えなかったので、できるだけ眼中に入れないようにする。この件が終わって落ち着いたらシルナについてしっかり調べよう。私と同じ声でギャーギャー言うのは耳障りでしかない。
私は心の中で書き留めておいて、カイトに促されるまま家の中に入った。
木造の室内は外よりも土臭く、人の臭いも混ざって独特の臭いだった。入って左側にかまど水桶がある調理スペースがあり、壁を伝うように紐で縛られた作物が干されている。右手にはアンバランスな木のテーブルと4つの椅子。年季が入った棚が並んでいる。奥には扉があってもう一部屋あるようだった。
事と次第によってはカイトと会うのは今日で最後になるかもしれない。
その決意を持って、私は協力を仰ぎに来たのだ。
私は椅子に座ると、カイトとシルナはテーブルの反対側に座る。
「……時間がないから単刀直入に言う」
一度深呼吸する。
「私は魔王……なんだ。迷子でも近くに住む村娘でもない」
私の言葉にシルナの耳がぴくりと震え、肩に力が入るのがわかった。カイトも流石にのほほんとした顔が引き締まり目を見開く。
「……」
カイトは腕を組んだ。「魔王」と繰り返すように呟いて、それから細長く静かに息を吐いた。シルナは口を閉じているが、敵意丸出しの目で私を睨み続けている。
「……うん。実はそうじゃないかなって、少しだけ思ってたんだ」
カイトの反応は想定内だった。お互い素性を明かしていないが、カイトが勇者であることを知っているのと同じで、カイトも私の素性について知っていてもおかしくはないと思っていた。
「驚かないのか」
「いやいや、驚いてるよ」
カイトは両肩を上げ、困ったように笑った。
「シルナがクロの姿と似ているのも。何か関係しているかもしれないね」
「シルナが……魔物だってこと? ち、ちがうよ! シルナは人間だもん!」
「うん、そうだねごめん。シルナは人間だ」
わしゃわしゃとシルナの頭をカイトが撫でる。見ていていい気分はしない。
「僕も言わないと、不公平だよね」
カイトの言葉にシルナは口を開きかけたが、カイトに視線で制されると私を睨むようにして唇を噛んだ。
「実は僕は勇者なんだ。ごめん、農民って言ってたけどあれは嘘なんだ。ごめん、勇者が畑仕事して戦ってないとか知られるの恥ずかしくて……」
知っている。だが、私が問うより先にカイト自ら正体を明かしてくれたのは、敵対するような感じもしないし、良い兆候だと思った。
「これだけは先に伝えたいんだけど、僕は戦うつもりはないよ。こんなこと言うと、クロにも帝国の人にも情けないって思われるかもだけど、僕は魔王を倒すとか、そんなつもりはないんだ。平和に過ごしていたい」
「……ああ」
私もだと言いかかったが、言葉を飲み込んだ。
カイトの誠実な瞳は、私が思う理想の世界を映しているようだった。だからなんとなく気になるし、シルナが間に入っているとなんとなくイライラもするんだろう。
「カイトのスキルはなんなんだ? 私は勇者が一人じゃないことも知っているし、グラヴァルドの話も聞いてる……。よく殺されないでいるな」
勇者が現れれば魔王城はそれを感知する。勇者は常に一人だけだと思っていた。カイトの存在を知っていたのもそのためだ。けれど、実際には複数の転生者がいる。
あれも勇者だというのなら魔王城はなぜ見落とした?
これも人間どもが仕組んだ何かなのか?
今は答えが出ない……。
もしかすると、転生者がそのまま勇者というわけではないのかもしれない。
「む~~、なにが言いたいの?」
私以上にイライラしているのか、私と同じ声で喋りかけてくるシルナがいると私の感情もごちゃごちゃになりそうだ。
「クロは僕を心配してくれてるんだよ、シルナ」
今は黙っててくれと睨むも睨み返されるだけ。本当に鏡でも見てる気分だ。こんな顔で私は人睨むのか? まったく怖くもないじゃないか……。
「僕は戦闘向きのスキルじゃないんだ。でも、世界に僕の力は役に立つみたいでね。はやく魔王を倒せーとか冒険にでかけろーとか小言のように言われてるんだけど」
頬を掻きながら笑うカイト。笑うところなんてないのに、カイトの笑顔が向けられたら私も笑いそうになってくる。
カイトは後ろ振り返るように見た。後ろの木窓の向こうにはカイトの畑がある。
「僕は生産系のスキルなんだ。季節や土地に合わないものも関係なく作物を育てることができる。難しいと言われる種も量産できるんだ」
「生産系……」
「そう」とカイトは続ける。
「定期的に育てた作物をグラヴァルドに卸しに行ってるんだ。僕が育てた作物の種は他の土地でも芽吹きやすくする力を持つんだ。食料係みたいな扱いなのかな?」
私はできるだけカイトの目を逸らさずに見つめていたが、嘘をついているようには見えなかった。
「ほんとはまったりと話していたいとこだけど――」
こほんと咳払いをして、カイトはこちらを見直し姿勢を正す。
「魔王と勇者。それに関係する話なんだね?」
「そうだ。……大事な話というのは、頼み、でもあるんだ」
私の声にカイトは少しだけ顎を引いた。
「私を操ったことにして、グラヴァルドの陣営に連れて行って欲しいんだ」
「……操る? ど、どういうこと?」
唐突すぎたか。
カイトの両目は見開き、口がぽかんとしたまま止まっている。
「魔物がグラヴァルドの魔法に掛かって操られてる」
脳裏にハピコの姿を思い出す。ハピコ以外にもあの場にはたくさんのハーピーと人間がいた。私があの紙を認める前からだ。あいつらの気持ちがどうなのか、本当なのか嘘なのかは分からない。アベルが近くにいることで操られているとか、そうであってほしい。
「その魔法を解くために、アベルというグラヴァルドの指揮官が持っている羊皮紙を処分する必要があるんだ」
もし、本当の気持ちだとしたら辛い。いや、そうじゃなかったとしても本人たちは本当の気持ちだと自覚しているのかもしれないが……。
「その魔法に掛かった魔物はグラヴァルドと一緒になってレスティアの人間を襲ってる……。私はそれを止めたい。私はいつも無益に人間を攻撃しないように魔物に指示してる。でも、この魔法に掛かった魔物は、私の命令よりも人間の指示を優先してしまうんだ。それは力づくじゃない……魔物の感情を利用してる」
今も自分の選択が正しいのかどうか疑問に思う。別のもっといい方法があるんじゃないかと。でもそれを思いつかない以上やるしかない。
あの羊皮紙を気づかれず処分する。
私は魔王城でライトと計画した話をそのままカイトに伝えた。
シルナはぎゃーぎゃーと反論していたがその度にカイトになだめられつつ、カイトは真剣に私の話を聞いている。
カイトは断る前提で聞いている様子ではない。アベルの元でどう動こうか考えていると私は感じていた。
カイトは協力してくれる。私には確信めいた予感があるのだ。
なぜなら――
カイトは私のことを好きだと言ったから。
コハクを思う。カイトの気持ちもきっと、コハクと同じはずなんだ。
「言った通り僕は戦いは苦手だし、戦わないですむ平和な世界であってほしいって思ってる。本来なら人間の立場から揺らいでちゃいけないんだろうけど、クロの立場を考えると……僕としても辛い。クロの仲間が操られていることにも気づかないまま人間に従ってるなんて間違ってる」
カイトは私の両肩に手を置いた。大きな手のひらが私の肩をすっぽりと包み込む。カイトの体温が伝わって来て体が温かくなる。
「上手くいったらさ、また会いに来てくれる?」
そう、冗談めかした声でカイトは微笑んだ。
「……うん。約束する」




