25話 愛は信頼。ごっこでも満たされる。
「どれほどの効果があるかは未知数ですが、魔王様がグラヴァルド軍と共にしている魔物たちを退避させたあと、アベルと羊皮紙もろともグラヴァルド陣営を焼き払うのはいかがでしょう。退避に応じない魔物たちの犠牲が出ることと、アベルの死により『枠』が空くこと」
それは私が勢いのまま乗り込んでやろうとしたことだった。ライトから言語化してもらうことによって、その行動の問題点が浮かび上がる。
「魔物たちを犠牲にしたくはない。それに、人間の敵意をこちらに向けるのも……避けたい」
現状を確認した後、ライトとの作戦会議。大目標は元凶となっている原本の処分。
「……アベルを殺さずに捕らえるか」
「理想的ですね。枠も戻さないで済みます。しかし、アベルのスキルの発動条件が不明なままでは、捕らえた後の展開が予測不能です。内部から浸食されてしまうかもしれません」
アベルは本当に勇者なのか。
可能性が否定できない以上、捕らえるのにも問題が発生してしまうのは厳しい。
やはり私の考えは甘いのだろうか。ライトに止められてよかったなんて思うくらいなんだから、きっとそうなんだろうな。私の感情の赴くままアベルの元へ行っていたらどうなっていたことか。
私が人間の小競り合いは決して本気ではなく世界は絶妙なバランスで安定していると惚けていたのも悪い。
実はその裏で、私と言う存在を利用し、人間の都合のいいように転生が回されていて、その枠を巡って人間同士が争っていた。
人間の方がよっぽど魔物らしい行動をしている。
いや、それ以上に好戦的で狡猾だ。
それと比べたら私は、歴代魔王の中でも最弱。失敗作なんだろう。そもそもどうして生まれてきたのかも定かではない。気づいたら暗がりの中にいたんだ。何も見えないから、自分の力を切り取ってライトを造った。
「魔王様はよくやっておられます」
私の心を見透かすようにライトは優しく光ってみせた。だからか、ライトは言わなくても通じるところがある。余計なところまで分かった風な言い方をするのがたまに腹が立つが。支えられている。
「ライトは優しいな……」
「魔王様を励まし、暗い道を照らすこと。それが私が生まれた理由ですから。別に優しくはありませんよ。もっと優しくして差し上げましょうか?」
「そういうとこが腹が立つんだ」
はあ、とため息を吐いて、両足を伸ばし背もたれに体重を乗せる。いい案が思い浮かばない。私の理想が高すぎるのか。
理想……余計な犠牲が出ない方法。
私は一つ、思いついたことがあった。あまりにも荒唐無稽な方法と言われるであろうが、そこから何か別の策が思いつくかもしれない。
「……私が魔法に掛かればいいんだ」
突飛な発言にライトはチカチカ点滅を繰り返していた。数秒遅れて「何と?」と聞き返してくる。
私が人間にテイムされるんだ。正確にはされた真似をするのだが。一度閃くと、そこから次の展開がどんどん思いついていく。
「さっき燃やしたレプリカと同じものを造れるか?」
「記録しておりますのでそれは可能ですが……効力はありませんよ」
「それでいい」
「あの捕らえたグラヴァルド兵を使うのですか? ファントムを制御しきれなかった者が魔王様をテイマーしたと?」
ライトは左右に体を素早く動かしながら混乱している様子を見せる。
「いや、それでは説得力が足りないだろ。もしかしたらファントムの件が伝わっているかもしれないし。勇者を狙う刺客が魔王を捕まえることができた、は都合がよすぎる」
「ふうむ……? 何かお考えが?」
「――カイトに頼んでみる」
「なっ!」
珍しく驚いた声を上げるライト。私は頭の中で流れを考えつつ続けた。
「私が魔王だと明かし、カイトも勇者であることも知っていたと正直に話す」
――組み立てた作戦をライトに話しきる。
何度かのやり取りで動き方をライトと微調整する。そして、私の案である勇者カイトが魔王のテイマーに成功したという体でアベルに接触し羊皮紙を処分するという方向性で動くことにした。状況次第でアベルも対処できるなら対処する。
そのためにはカイトの説得が何より大切だ。私はカイトなら協力してくれるだろうと漠然としているが確信めいた、そんな予感はしていた。だって、カイトは私のことを好きと言ったんだ。
カイトは勇者であることを私に隠してはいるが、私が魔王であることは知っていると。その上で自分は戦う意思がないことを証明し、良い関係を築こうとしているのではないかと思っている。
仮に断られ、万が一カイトがグラヴァルド側に報告したとしても、断られた時点で私はそれ以降カイトと接触はしない。もう会わない。それだけでいい。
ライトが転送の準備をする。私は「少し待て」とライトに伝えると魔王城の地下に向かった。カイトのもとへ行く前に、ファントムの様子を見に行くことにする。
*
魔王城地下は更に暗く湿っぽい。間隔が広い松明の小さな炎が揺れるだけで足元まで光は届かない。目の前もろくに見えたものではないが、魔王城は私の家だ、どこになにがあるか、どんな構造をしているかは完璧に把握している。体が勝手に覚えているといった感じだ。
ファントムはあれから言葉を失ったみたいに黙り、コハクを抱いて地下牢の一番奥で自ら閉じ籠っている。まだ魔王城に戻って来てくれるだけよかった。ここは魔物たちにとって安らげる場所だ。
「ファントム……」
暗闇に染まるファントムの白毛は私の髪の色のようだった。私の声に反応したのか、ファントムは私を一瞬だけ見たがすぐに視線を落とし、胸の中に眠っているコハクを力のない目で見つめ続けている。
「……私があんな紙を認めなければこうはならなかった。……ごめん」
ファントムの隣に座る。冷たい石の感触がお尻から伝わってくる。
「魔王様に非はありません。小生に責任があります。魔王様やライトに大きな傷を負わせてしまったことも……魔物としてあるまじき行動でした。いくら償いの言葉を尽くしたとて、贖えない罪を私は犯してしまいました」
「私とライトのことは気にするな」
「あの場で自害して償いたかったのですが……体が動かなく……」
私はファントムのごわごわとした腕に触れると、ファントムの声は震え出した。この暗がりはファントムにとっていいのだろう。
泣き顔を見せなくて済むからな……。
「あの一瞬は記憶が……抜け落ちたようにないのです。それなのに、この手に残る感触だけは生々しく残っていて」
コハクは布で簡単に包まれていた。力ないファントムの言葉と両腕の振動でコハクも一緒に泣いているようだった。
「……コハクをいつまでもこのままにしてはおけない。魔王城の外の、見晴らしのいい場所を見つけて、その土の中で眠らせてあげよう」
私がそういうと微かな拒否を見せた。離れたくないと嫌がっているように少しだけ身をよじる。だが、ファントムも心のどこかでそう思っているのだろう、私がコハクに触れるのを黙って見ていた。
シノノイ・コハク。異世界で死んでこの世界に転生してきた勇者。交わした言葉は少ないが、この女はただ、誰かに認めてもらいたいだけだったように感じる。
もう少し、話をしてみたかったな。
「――?」
私がコハクを包む布に触れた瞬間。
すとんと、意識が落ちた。
うつらうつらして、一瞬だけ眠ってしまったときのような感覚。
強い引力に引きずり込まれるような衝撃があって、目を開けると全く違う光景が目の前に広がっていた。
「なんだ、ここは」
私は魔王城の地下にいたはずだ。隣のファントムもコハクも消えている。
真っ黒な背景に浮かぶ発光する緑色の線。
よく見るとそれは小さな何かの文字の枠がぼんやりと光っていて、一直線に、縦横無尽に流れるように行き交っている。
ホログラムスクリーンと同じような色のそれは、意思を持ったかのように何本ものひも状になって私の目の前で何重にも合わさり巨大な球体を作り出す。
一文字一文字が弾け飛ぶように、緑色の光の粒が爆発して、木の丸椅子に腰かけた女がいた。脚を伸ばし、両手を太ももの中に入れ、寒そうに体を前後に揺らしている。私と目が合うと、にこりと儚げな笑みを浮かべた。
「コハク……?」




