24話 愛は嘘。いつか私を殺しに来る。
「ライト、近くまで転送したらお前は魔王城で待機だ。終わったら呼ぶ」
「お待ちください魔王様……」
「待ってる間に人間どもが転生者を殺し続けてる。もうコハクの枠を使って新しい転生者を呼んでいるかもしれない。それに、魔物が操られて人間の道具にされているんだ。黙って見過ごすわけにはいかない」
ハピコが言うには、アベルはレスティアとの国境付近に陣を張っているようだった。何のための森林Fだったのだろうか。簡単に突破されてしまった。ハピコも嬉々として人間を攻めていると終始興奮していた。
「私は無闇に人間を攻撃するなと命じたはずだぞ」
『だってえ、彼ぴがどうしてもって言うから仕方ないじゃん? ふふ、もう彼ぴじゃなくて旦那さんだった~!』
アベルは殺さず、捕らえた方がいいのかもしれない。転生の仕組みは不明だが、ここでアベルを殺してしまったら、次の転生者でより強いテイマーが生まれてしまう可能性がある。
「ハピコ。目を覚ませ、お前がアベルのことを好きなのは錯覚なんだ。あいつはお前の感情を弄んでる。お前を利用してるんだ!」
『ふふ、嫉妬しないで魔王様! だってハピコ、昨日も旦那と夜イチャイチャしたんだよ? ずっと大好き、愛してるって囁いてくれたんだから、本物の気持ちだよ!』
ハピコとはホログラムスクリーンを通じて遠距離で会話をしている。
「私の命令だ。聞けないのかハピコ!」
「大丈夫だって魔王様。心配しないで! ハピコらさ、他の魔物を攻撃したりなんかしないから! 殺すのは人間だけだよ! まっ、邪魔する魔物はやむなしで応戦しちゃうんだけど、それは仕方ないよね~! 目指せレスティア王国~!』
ハピコとは会話にはならなかった。
テイマーは強制的に操るだけじゃない。恋とか好きとか愛とか、相手を想う感情を利用している。だから当の本人たちは良かれと思って行動している。私の支配下にあるという自覚を持ちながらも、操られていることに気付いていない。
それに魔物が本来持つ攻撃性をも利用している。魔物は人間を襲うようにできているのだ。私がそれを抑圧していたから、その反動すら原動力になっているのだろう。
そう考えるともう……止める術は力でしかないのかもしれない。私はそんなこと望んでいないのに。魔王が人間と均衡を保とうなど、そう思うこと自体が間違いなのか?
「……わかりました魔王様。転移はします。しかし、策を練りましょう。このまま魔王様が闇雲にアベルの元へ向かって処分するのは容易いかもしれませんが、多くの魔物や人間が巻き込まれてしまいます。そうなってしまったら、人間たちは結託して我々への攻撃に舵を切るかもしれません。それは魔王様の思うところではないはず」
ライトの光は淡い青色に灯されていて、私の心を落ち着かせようとしてくれているようだ。確かにライトの言う通りではある。今の私は感情に身を任せすぎてしまっている。焦っているのが正しいかもしれない。
けどじっとして傷が治るまでとか、黙ってるわけにはいかないんだ。
「お座りにならなくても結構ですから、現状を把握するためにも私の話をお聞きください。そして改めて、魔王様の考えを私たちに示してください。魔王様が混乱されておられると、私たちも困るのです」
ライトの静かな声に体が冷えてくる。「座る」と呟くとライトの念力に補佐されて私は玉座に腰を下ろした。マリアンヌは何も言わず同じ場所で待ってくれていた。
「ごめん。ちゃんと考えてなかった」
素直に認めよう。勢いのまま人間どもを焼き払ってもいいかとも考えてしまった短気な考え、人間との闘いは仕方なしと勢いだけで進める軍事作戦、あまりにも私中心的な考えすぎてこれまでの私を捨てるような考えだった。
従ってくれたライトたち四天王や他の魔物たちに示しがつかない。
魔王が暴走した、じゃあ戦争だ、なんて。
「いえ、可及的速やかに行動することは被害拡大を防ぐためにも必要なお考えです」
ライトの光がいつもの白色に戻っていく。
この丸い光った頭。体はなく、それを隠すように長くボロボロの分厚いマントをぐるぐる巻きにしたような姿。
私が最初に造って四天王で不慣れだったということもあるが、どことなく不気味で、底知れぬ怖さも感じられる。我ながらいつ見ても傑作だと感じる。
「……落ち着いてきた」
ライトを観察していくうちに逸る気持ちはあるが冷静になってきたと思う。ライトにこれまでの情報をまとめるように指示する。
「まず、根底となる勇者について。これは転生者と呼ばれる異世界から召喚される人間のことです。この世界に呼ばれる際、スキルという力を授かって誕生します」
「うん……それが私を倒すべく与えられる魔王特攻みたいなものだな」
そのスキルの強弱の差は激しそうだけどな。
「はい。過去の敗れた魔王たちの記録や、これまでに挑んできた勇者たちのスキルを結集した技術がこの魔王城には蓄積されております。これらの記録によると、勇者は倒しても別の勇者が現れそれは魔王を滅ぼすまで終わらない」
これが私の一番の悩みだった。
裏を返せば、私は必ず死ぬ運命にあるということだ。
それが嫌で戦いを回避しているわけではない。それとは別だ。
単純に興味がないんだ。世界征服とか、戦争とか。どっちが上かとかなんて。
「我々は勇者は常に一人であると認識しておりました。ですので、監視していたのは辺境でスローライフを満喫している、アンドー・カイトなる勇者だけでした。無害ということで、監視は魔王様にお任せしておりますね」
カイトの傍には妙な『奴』がいるが正体は不明だった。少なくとも魔物ではない。
「しかし、コハクの証言によりその前提は覆りました。勇者は『複数人』いるようです。その数は不明ですが、各国に転生者を呼ぶ『枠』があり、それは人間の間で譲渡可能なようです。グラヴァルドの侵攻の目的は『枠』の確保も大きな理由でしょう」
私が生まれてから人間同士の小競り合いはあったが本格的な戦争行為はなかった。そうならないように要所要所に強い魔物を配置して、人間が攻め込みにくい形にしていたつもりだったが……。
「アベルが勇者であるならば、そのスキルこそテイマーの源でしょう。恐らく魔王様が血判されたあの書状、何らかの魔力を増幅させる道具のようなものです」
ライトはマントを広げると体内の空間の中から一枚の羊皮紙を取り出した。
「捕らえたグラヴァルド兵から回収したこのレプリカを用いると魔物と人間に『愛の絆』が結ばれるのだとか。誤算はファントムが強力だったのか効果が一時的であったことでしょう。ただ、グラヴァルドの目的は達成することはできた」
私が頷くと、ライトが一瞬赤く光る。羊皮紙を宙に浮かんだまま炎に包まれた。
「魔物は人間に従属しているとは自覚せず、人間に恋をする、愛していると錯覚するようですね。ハピコは恐らくその魔法に掛かっているでしょう。ただ――」
ライトは一呼吸置くように間を取った。次の言葉を躊躇っているのだろうか。
「魔王様のおっしゃる通り、ファントムがコハクに抱いていた感情は、本物であること、私もその通りだと考えます」
「ライト……」
「ここまでがこれまでの簡単なまとめと私の見解です。偽物の裏に本物の感情がある。私もしかとそれを認め、理解するように徹します。その前提で、アベルをどうするか、考えていきましょう」




