22話 好きは別れ。幸せになるための旅。
オークもろとも人間も巻き込みファントムの振るう斧の餌食になると、残った兵士たちは撤退していった。グラヴァルドに知れ渡るのは時間の問題だろう。四天王である俺が、勇者であるコハクを庇って同士討ちをしたと。
「魔王様がテイマーを認めると部下から報告があった。それは魔物と人間が共存し、平和になる新たな一歩である方法と聞いていたが」
オークたちは俺に勝てぬことなどわかり切っているはずなのに躊躇いなく攻撃をしかけてきた。俺は火の粉を振り払っただけ、そう思おうとしていたが、深く考えると俺も同じように同族に対して容赦のない一撃を放ったのだ。コハクを守るために。
「ファン……」
「コハク。俺とお前の関係も、そのテイマーの一種なのか?」
「わからない。本来、魔物と人間が共に行動することはありえない現象なら、勇者のスキルの一部なのかもしれない。でも誓って私はファンに何もしていない。それは信じてほしい」
「……ああ。これは俺の意志だ」
ならテイマーと俺の感情の違いとは……?
俺が報告を怠ったせいで、大きな問題に発展しようとしている。
「……」
オークの亡骸を見ながら考えるのはこれからのこと。
俺にはもう魔王様の四天王だと名乗る資格もないだろう。
報告せず、オークとグラヴァルド兵を殺めた。その理由は勇者を守るため。
振り返ってコハクを見ると背中を丸めるようにして小さくなり俺を見上げている。俺の身を案じているような目は潤んでおり、手を僅かに差し出すとしがみ付くようにコハクは体を預けてくる。
「これからどうしよう。もし、魔物とグラヴァルドの兵士たちや暗殺者が同時に襲ってくるのなら、私ではもう対処しきれない。ファン……」
胸が苦しい。俺は魔王様とコハクを天秤に掛けてしまっている。
既に心ではどちらに傾けるべきか決まってしまっているのが、裏切りという罪悪感が大きな重しになって、身動きを取ることがままならない。
違う。魔王様を裏切ることはしない。
「魔王様にすべてを話す。俺がお前の盾になる許可をもらう」
そうだ。俺はただ、コハクを守り続けるだけだ。
「コハク。俺はお前に恋をしてしまっている。お前は……」
俺の腕を抱きしめるコハクの力が強くなるのを感じる。
「私はあのとき言ったよね。ふふ、私が先にあなたに恋したの」
狭苦しいが俺も辛うじて入れるログハウス。俺が木を切り裂いて積み上げただけのものだが。俺とコハクはお互いが言うでもなくそこへ向かっていた。
「魔王様に話をしたら全てが変わってしまうかもしれない。だから――」
座る俺の脚の上にコハクが乗っている。両手が俺の顔に触れ、ゆっくりとコハクの顔が近づいてくる。息が掛かるくらい距離が近い。コハクの両手は俺の顔を優しく撫でている。くすぐったくもあったが、それ以上の心地よさがあった。
「私とファンの感情を、大人らしく整理しよう?」
「よく、わからないが……」
「私はファンの全てを見た。でも、ファンには私の全てはまだ見せてない。それって不公平だし、何より……ファンに見てもらいたいの。ファンの中に私の姿を形として残したい。ファンは……見たくない?」
「……見たいに決まっている」
俺の湿った鼻にコハクの柔らかな唇が触れると、コハクは嬉しそうに笑って衣服を脱いだ。導かれるように俺の手はコハクの柔肌に触れ、コハクの全身を確かめた。俺の体の上で重なり合うコハクは美しかった。その姿を見て、触れていくと、俺の心ごと重なり合っていくようだった。
*
ファントムとコハクの説明。オークと人間たちの襲撃。狙いは勇者であるコハク。コハクを殺すことで勇者の枠が一つ空き別の勇者を呼び出せる。人間にとって有用なスキルを持っていたら活用し不要であれば殺される。活用した後でも、最終的には殺される。
「なんとも人間らしいですね」
「私たちは転生した際に、魔王討伐という目的が頭に刷り込まれています。魔王討伐後、私たち勇者には選択肢が与えられる。元の世界で生き返るか、別の世界に転生するか、能力を破棄して普通の人間としてこの世界で生きていくか」
コハクの言葉を私は黙って聞く。ライトは魔王城の記録と照合しているのかさっきから点滅の速度が激しく目に悪い。
「魔王様。いかがいたしましょう」
ライトは私に判断を仰ぐ。勇者は一人という根底を覆された私の頭の中はまだ理解が追い付いていない。実は複数の勇者枠があって世界各地に勇者がいる。その枠を巡って人間たちが奪い合っている。
「簡単だ。ファントムを魔王城から追放する」
できる限り冷たい目線でファントムを射抜く。大きな体は凍り付いたように動かなくなる。目を合わせたくなかったが、最大限の侮蔑の眼差しを送り付ける。もちろん演技だ。
「私への報告を怠った罰だ。お前は今より四天王でもない。その女とどこにでも逃げるがいい。もっと北の奥地とか、な……」
分かってくれるだろうか。これは私の本意ではないことを。
ファントム……。お前の好きにしていいってことだよ。お前がそう望むのなら、どんな理由であっても私は認める。
「お前はもうただの魔物だ。だが魔物である以上、魔王である私の命令は聞いてもらう。……死んでもその勇者を守り切れ。お前が生きる理由はそれだけだ。大事な勇者枠を一つコハクという弱い人間で潰せるんだ。私にとって大きな意味がある」
もちろん、ライトだってスロウだってアブだって同じだ。どんな理由……は言いすぎか、お前たちらしい選択と言い換えればいいかな。
私の意思を超えて、自らの考えと行動で私と違う道を行ってしまうのは凄く寂しいし辛いけど、同時に誇らしい気持ちにもなるんだ。
心から応援したくなる。
私はこんなんばっかだな。
魔王としてはポンコツなのかもしれない。
「お前たちの居場所だけは監視するぞ。コハクが死んだ場合、別の勇者が生まれるということだからな。知っておく必要がある」
ファントムがもし死んでしまったら、コハクを疑うこともできるしな。
「魔王様の寛大なご配慮、誠にありがたく存じます……小生は」
「いい。元気でやれ。……コハク、ファントムを頼んだぞ。こう見えて寂しがり屋なんだ」
ファントムへの視線から流すようにコハクに移すと、コハクは緊張した面持ちだったが微かに口角を上げ「はい」と頷くと深々と頭を下げた。
「他に必要な情報があればいつでもお聞きください。魔王様」
「……うん。その時は頼む。ライト、帰るぞ」
「承知しました。すっかり冷えましたし、戻ったらハーブティでも淹れましょう」
ライトも素直に従う。私の考えを感じ取ってくれて嬉しい。
「そうだ」
膝を崩すファントムの眼下に、私は預かっていた斧を出現させた。さも忘れていた風を装う。
「コハクを守っていくなら武器がいるだろ。餞別だ。受け取れ。こいつがあればお前は誰にも負けない。だって、そんな風に私が造ったからな」
「――っく。ま、魔王様……!! この命に代えても必ずや……!!」
涙声で震えるファントムの声。そういうのはやめてほしい。別に今生の別れでもないし。それに監視するんだ。いつでも会おうと思えば会いに行ける。
だから、私まで泣きそうになるような声を出すな、ファントム。
――幸せになれ。
ライトの上に乗っているからか心までぽかぽかしてくる。
しかし、そう楽観的には過ごしていられなくなった。オークが人間に味方したのだ。私の命令を無視し、人間に指示で勇者を攻撃したという事実は大きな問題だ。
もしかしてアベルが差し出したあの羊皮紙か……?
オークは愛する人間の為にとファントムもろともコハクを襲った。
人間を好きになって愛するまで至ってしまったら、どんな拘束もしがらみも、命令だって無視して、自分の姿形まで変えて寄り添おうとする。
マリアンヌ、ハピコ。お前たちの気持ちをもっと知りたい。
とんとん、とライトの頭を叩くとライトは停止する。くるっとライトは私の意を汲んだのか半回転する。最後にファントムを見て、少しでも雰囲気を感じ取ろうとした。遠くに離れて行ってしまう私の大切な家族を、しっかり覚えておこうと思った。
あ……っ。
家族……、そうか……、これが――
「ファントムは家族だったんだ」
「だった、ではありません。私たちはみな魔王様の家族ですよ」
「……ライト」
そっか。
この気持ちがそうなのか。
「ファントム――!」
なんだか分かった気がして嬉しくなって、思わずファントムに声を掛けた。
ファントムはコハクを抱きかかえ持ち上げていた。
遠くからでも二人が笑っているのが分かる。
私もよくしてもらっていた、高い高いというやつだ。
――ぐしゃり。
曲がらない方向にコハクが曲がった。
破裂したような鮮血があたりに飛び散り、
真っ白なファントムだけに赤い雨を降らせていた。




