19話 好きは幻。何度も上書きされる。
転生者。
これに当てはまる存在を私は知っている。
死んでも、死んでも、別の誰かが転生してくる者。力を引き継いで、死ぬたびに強くなって、魔王を打ち倒すまで生まれ続ける者。
――勇者だ。
魔王は違う。打ち倒されたら終わり。生まれ変わることなんてない。私が死ぬと魔物も全員死ぬ、らしい。死んだことはないからな。
だがかび臭い書物とか、魔王城の記憶保管室に残っている。前代の魔王、その前の魔王の情報が。そこには魔王が生まれる起源についても記されている。魔王はこの世界に突出した力が満ちたとき、その感情の権化となって顕現する。
前代は「背徳」、その前は「支配」とある。
私は……「依存」のようだった。これについては信憑性がなく、私は信じていない。依存で生まれる魔王なんて理解不能だ。きっとまだ存在の定義がされていないのだろう。
魔王うんぬんよりも、目の前の女に聞くことがある。ファントムもそれは知っているようだった。
「お前は、勇者なのか……?」
「はい」
コハクの告白と同時にライトの光が警戒色の黄色に変わる。私はライトから降りずにこちらの格が上だと見せつけるために、またいだ座り方から足を組む座り方に替えて腕を組む。
「言ったな? その言葉、私に対してどのような意味を持つか知っているのか」
コハクが脱いだように私もフードを脱いだ。今まで感じなかった外の音がはっきりと聞こえる。私の尖った耳は、コハクの僅かな布が擦れる音も逃すまいとひくひくと動く。
「魔王様。私に敵意はありません。戦うつもりも危害を加えるつもりも一切ありません。私はむしろ、人間を恨んでいます」
「魔王様、コハクは嘘を言っておりません。どうか」
コハクに問いかけたらファントムが庇う。ファントムに喋りかけたらコハクが庇う。お互いがお互いを敬っている。互いに補うように身の潔白を主張し、まるで一心同体であるみたいだ。
「人間が人間を恨む。そんなものはどこにでもある」
どうやら色々と話を聞く必要がありそうだった。普段なら昔話や、世界の政治の動きなどを聞くとすぐに眠くなってしまうのだが、今の私はこれまでにないくらい覚醒していた。
「ファントム。お前はこの女、コハクを……女房にしたいと言ったな。つまりお前らは、その、お互いに好き同士なんだな? コハク……お前もか? お互いが好きだから……絶対なんだな。魔物と人間は仲良く過ごしても繁殖できないんだぞ」
好き、愛――
またこれだ。
「ふ、ふざけて聞いているわけじゃないぞ、真面目な質問だ! 私の目を見て、堂々と言えるのか?」
私は一体何度その言葉を口にしなくてはならないのか。いい加減うんざりしてくるが、かといって無視できる話ではない。
魔物を卑下するわけではないが、四天王は私にとって特別な存在だ。魔物は私が生まれると勝手に出てくるが、四天王は違う。
私が自分の手で造った。
暗黒のライト、一番最初に造った頭が光る魔物。体はマントに包まれて、その中は虚無空間になっている。生まれた場所が暗くて何も見えなかったから光になるものが欲しかった。
光速のスロウ、二番目に造った触手の魔物。遊び相手が欲しくて沢山手を付けた。投げた物を取って来てくれる遊びをし過ぎたせいか、スロウは目に見えないほどの速さを持つようになった。特化しすぎて言葉は喋れない。でも「にゅるる~♪」という声は意味がなんとなく伝わるし私の声も理解する。癖になる声だ。
灼熱のアブソリュート・ゼロ、三番目に造った四本腕の魔物。魔王たるもの戦いを知らなくてはと、訓練する相手として見た目もカッコよく、殺しても直ぐに復活するようにした。あまりにも厳しくしすぎたのか、そうされることに悦びを感じるようになってしまったのは実は知っている。そういった発言は本当に気持ち悪いから、知らないフリをしている。
そして、剛腕のファントム。四番目に造った獣型の魔物。とにかく大きく、強くて優しくて、忠実な門番みたいなのが欲しくて生み出した。今は見ての通り人間に恋をし、四天王の座を降りてまで二人でいたいと申し出て来た。衝撃だったが、裏切りとは感じていないのが不思議だった。でも、少し悔しい。取られてしまうのではと。
私の意思を超えて、私の知らぬ感情を手に入れて進むのなら、その決意と覚悟を確かめたかった。
私は少し目に力を入れる。
二人は私から顔を背けず、むしろ私以上の目力を持って、
「はい。私はコハクを愛しております」
「魔王様、私もファントムを心から愛しています」
一切の迷いなく、言い淀むことなく二人は即答した。僅かにコハクの言葉に引っかかりを覚えたが些細なもので、その曇りない二人の表情に面食らってしまう。
マリアンヌのような弾んだ声、ハピコのような眩しい笑顔。こんなに寒い国なのに優しさで二人の周りだけ温度が違う。
「そうか……」
私は二人の眩しさに目を奪われていて、息を吐くような言葉しか出せなかった。
「何ということでしょう。テイマーとはここまでのものでしたか」
ライトは点滅を繰り返し落胆したような声を発していた。
「ライト。これは小生の意思だ」
「……違うのなら、なぜ四天王の座まで降りると言うのです。魔王様に忠誠を誓い、従うのが私たちの役目のはずです。何よりも優先すべき事項です。魔王様に危機が訪れた際、お前は助けにもこないと?」
「……それは話が別だ。魔王様への忠義は変わらない。だが、コハク……、彼女を守り続けるために傍にいたいのだ」
「魔王様。ファントムの処遇はさておき、その女が転生者だというのなら、知り得る情報を吐かせましょう。魔王城のデータベースと照合すれば、嘘を言っているかはすぐにわかります」
「そうだな……勇者は既にいるんだ。転生者というのも勇者というのも、ぜんぶでたらめかもしれん」
人間は口が上手い。魔力を帯びたような妙な説得力を持つ。ファントムの言葉を信じたいし、疑うばかりで何も進まないが、転生と勇者が出てきた以上そうはいかない。
「コハク。私から説明しよう」
「ううん、これは私に関わることだから。私が話さなくてはいけないの。ファン、ありがとう」
二人だけで会話する小さな囁き声だったが聞こえる。この乾燥した空気が二人の湿度を吸収してみんなが欲しがっているように言葉を運んでくるようだ。
一歩、コハクは前に出て私を真っすぐに見据える。幸が薄そうな、いかにも弱々しい人間の女の顔だが、その中でも端整な顔立ちだと思う。
「転生した者は勇者として力を持ってこの世に生まれる。人間はその転生システムを悪用しています」
予想もしなかったコハクの告白が始まった。
「転生者が死ぬと枠が空き、新たな転生者が生まれる。勇者は、特化したスキルを一つ持ちます。そのスキルは様々です。自国にとって役に立つスキルを持つ転生者が現れるまで選び続けているのです」
コハクは右手で自分の左腕を抱きしめるようにする。そこに傷があるかのような庇い方だった。選び続ける? 私は勇者を倒したことなどない。
「――自分らの手で勇者を殺しているのです」
ど、どういうことだ?
「魔王様、人間はあなたを殺しません。あなたが死んでしまっては、転生システムが成り立たなくなるからです。この縛りを彼らは逆手に取っているのです」
魔王を倒すために生まれる転生者を人間が利用するためにわざと殺して、次の転生者を呼んでいる? 自分らの利になるようなスキルを持つ者が出てくるまで。
「面白い事実です。転生者ガチャとでも言いましょうか」
嘲笑するかのようにライトの光は強くなる。
「グラヴァルド帝国だけじゃない。全大陸の国家がです。転生者は一人という制限を崩し、各国はこぞって転生者を呼び続けていますが、限りはあるようです。その『枠』を人間は奪い合っています」
人間は転生者が持つ力に『依存』している。
依存……、どこかで聞いた言葉だった。




