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箱入り魔王♀は失恋(鬱)エンドを許さない~争わない世界で魔物は人に恋をする~  作者: たーたん
第3章 最強と転生的な恋

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18話 好きは熱。命尽きても燃えるもの。

 ――アコマクト大峡谷。通称『崖A』。

 ファントムの申し出には即座に返答できなかった。四天王の座を降りるなんて前代未聞だ。聞いたことがない。どのように対処すべきかもわからなかったので、現地で状況を確認することになった。


 戦いに身を投じ続けており、時折発生する魔物の暴徒も武力で制圧する武闘派のファントムが、愛用している武器を私に返上する。これにどんな決意が込められているか汲まなければならない。


「白夜は……、預かっておく」

「ファントム。そう簡単に四天王を降りるなどと言わぬことです。それは任命した魔王様を否定することにもなります。配下たちの影響や、我々の威厳、魔物界のバランスを崩しかけない発言ですよ」


「……」


 ライトの追及にファントムは黙って俯いているだけだった。


「その女に会いに行く。降りるだの女房だの、話はそこからだ。いいなファントム」

「……お心遣い感謝いたします、魔王様」


 ファントムの心を射止めたというのならその女を見てみたい。僻地で一人で人間たちから離れてひたすら崖を削っているという行為にも興味があった。しかもそれはファントムの姿をしているらしい。


「魔王様。寒いですから防寒対策をしっかりしましょう」


 玉座の上で膝を抱える私の足元。コートの裾から覗くのは、セーターのようにざっくりと編まれている、ワインの色のように赤い厚手のニットタイツだった。見ただけで温かそうな編み目には、金色の糸で蔦模様の刺繍が施されている。


 ピンと足を伸ばして見る。私の細くて長いかわいい脚のラインは隠したくないので、生地が厚くてもこれくらいが限界だ。いつ見てもこの金色の模様がアクセントになってて凄くいい。お気に入り。寒い時は大体これを履いている。同じものを何枚も持っているのだ。


「崖Aには直接転位できますね。案内は頼みましたよ、ファントム」

「承知した」

「では魔王様、こちらへ」


 ライトとファントムは謁見の間の中央に集まっている。私は黒革のショルダーバッグを肩に掛け、中にマリアンヌの瞳があることを確認する。ハーブの束もある。


「マリアンヌ。雪国に行く。行ったことないだろ。寒いから風邪ひくなよ」


 それだけ伝えてバッグの金具を止め私は玉座から飛び降りた。





「魔王城並みに高い崖だな」


 真っ白な崖、反対側も氷で覆われている崖がどこまでも続いている。空は澄み渡る青空が広がっているが、日差しはここまで届かないのか辺りは薄暗い。


 大陸くらいある巨人が、剣で地面を切り裂いたような断崖絶壁に囲まれる大地の底で私は両手を伸ばしながら空を見上げていた。空気は冷やされていて、白い息が出る。寒いが、この崖の底は風が吹いておらず冷暗所にいるようだ。


 転位した場所から少し歩くと、徐々に両脇にそびえる崖の様相が変わって来た。自然に隆起した岩肌や氷壁に、人の手によって削り取られたような痕跡が無数に残されていた。


「これは……全て人間の手で?」

「ああ。彼女が彫った跡だ」


 形は様々で、完成されたものもあれば、失敗作なのか打ち砕かれて散らばったものもある。人間の姿もあれば魔法陣みたいな模様もあり、魔物の姿ももちろんあった。


「これはファントムか? 何体もいるな……」

「ええ……小生を象ったものです」


 壁にも通路にも大小さまざまなファントムの氷像があった。


 丸太を積み上げてできたログハウスが見えてきた。ファントムも入れそうなほど出入り口も背も大きい。


「魔王様、彼女の名前はコハク。シノノイ・コハクと言います」

「シノノイ・コハクか、変な名前だな」


 それに、なんだか似たようなニュアンスの名前だ。

 

 ガリガリガリ、ゴンゴンゴンと削る音が聞こえてくる。ログハウスの裏手にすっぽり包むような大きな洞窟があり、その中から音が反響しているようだ。


「彼女はこの中にいるようですね」

「魔王様、中は滑りそうですのでお乗りください」


 ライトはふわりと宙を撫でるように舞い、私の後ろに回るとそっと頭をお尻にくっつける。そのまま私は持ちあがり、頭にある窪みを支えてバランスを保って両脚でライトの頭を挟んだ。 


 洞窟というよりかは、長い通路だった。崖の向こうに繋がっているようで洞窟を抜けると再び外に繋がっていた。崖が巨人の振り下ろした剣の跡なら、この空間は巨人の足跡のようだった。


 その中央に巨大な氷の塊がある。足場が組まれていて、その上で防寒着姿の人間の女がノミと木槌を持って無心で作業している。


「……」


 私たちの気配に気づいたのか、女は振り返りファーの付いたフードを脱いだ。藍色の長い髪を耳の近くで束ね、顎のラインも細く、凛としている表情は人間の「大人」を醸し出していた。


「おかえりなさい。ファン」

「ただいま。コハク」


 コハクと呼ばれた女は私とライトをじっと見て、すぐに微笑んだ。

 ファントムの声は聞いたことがないくらい柔らかなものだった。こんなファントムの声聞いたことがない。いつもの仰々しく雄々しい声ではなく、削り取られたみたいに砕けた声。


「魔王、様……?」

「私を知っているのか」

「魔王様。彼女には全て話しております。しかし硬く口止めはしております。決して他の人間に情報を流したりなどはしておりません」


 コツコツとブーツを慣らしながらコハクは近づいてくると、私の前で片膝をついた。


「お会いできて光栄です魔王様。お初にお目にかかります。篠ノ井小白(シノノイコハク)と申します。ここで彫像を彫るなどして生計を立てている、しがない人間の彫刻士でございます」

「ああ、聞いている。立っていいぞ」


 うやうやしく頭を垂れ、静かに立ち上がるコハク。その振る舞い方は美しく、人間にしては礼節を弁えているように見える。


「それにライト様も。こんな地の果てへ、ようこそいらっしゃいました」


 慎重な足取りで歩いて行き、ファントムはごく自然にコハクの隣に立った。何か小声で喋っていて、コハクはファントムの言葉に何度か頷いて微笑んだ。


 ファントムは毛深い手で顎を何度か擦ったあと、誰もが威圧される鋭く丸い眼光を最大限に緩め、こう言うのだった。


「彼女は私たちの知らぬ異世界で命を落とし、この世界で生を受けた転生者です」

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