16話 好きは無形。みんな形が違うから。
「に、人間との恋などと……なんて不埒な! けしからん! 至急、我が輩の肖像絵を世界中に配布せよ!」
アブは魔王城に戻ると忙しなく行動していた。ドクロ顔の裏面には人間の女性に求める細かな条件が箇条書きで書かれている。『メスガキが望ましく――』と真っ先に書かれていたのでもう見るのはやめた。
「魔王様が先日持ってきたハーブの成分を調べましたが……。確かに鎮静作用や、一種の軽い幻惑作用はあるようですが魔物の思考を支配するような洗脳のような効果は見当たりません」
「……そうか。なら安心して飲めるというわけだ」
ちびちびと私は味わうようにハーブティーを飲んでいる。
「念のため控えた方がよろしいかと」
「問題ないんだろ、美味しいし私はこれを飲みたいんだ」
今日の一杯で勇者からもらったハーブが尽きた。ちょうど様子も見に行くタイミングでもあったので向かうことにする。また貰おう。美味しかったと伝えなくては。嬉しそうに微笑む勇者の顔が浮かぶと勝手に尻尾が反応する。
あれから数日経った。私は魔王城から出ずに、部屋と玉座を行ったり来たりする毎日を送っている。人間の間で流行っているという恋愛に関する書物や絵本をたくさん読んだ。
正式には出回っていない裏ルートで、魔物と人間が恋する物語なんてものもあった。それらは薄い本で、アブから一部を見せてもらったが、目に入った瞬間顔が熱くなった。魔物と人間が激しく抱き合っていたのだ。
一瞬だけ。1ページ見ただけなのに鮮烈に瞼の裏に焼き付いている。
「まだお早いですかな? はっはっは。瞳のように顔が真っ赤ですぞ!」
と小ばかにするようなアブの言葉に腹が立ったので即座にバラバラにした。アブはアンデッドなので元に戻るから容赦は要らない。案の定、数分後には復活した。
私がテイマーを認めたと、噂は瞬く間に広がり魔物界に知れ渡ることになった。それは人間界も同じだった。
予想外だったのは、世に隠れるように魔物と一緒に生活していた人間が多かったこと。魔物もまた私に隠れるようにして人間と逢瀬を重ね、もう数年になるという者まで現れた。
*
今日は身長の高い木の上に登り、勇者の住処を観察している。麦わら帽子に首にタオル、土に汚れて必死にクワを振るっていて、ザクザクという土を掘り起こす音と一緒に勇者の汗の臭いが漂って来る。
木造の家の中、井戸、畑、厠、あのケモ耳の姿は見えない。気配も感じないし不在なのだろう。買い出しか、作物を卸しに行ったのかどちらかだろう。私は木の天辺から飛び降りる。コートを広げ、滑空するように勇者が気づくように傍に降り立つ。
「こんにちは。今日はお空で迷子かい? ははは」
さも驚いた様子もなく、汗をぬぐった勇者の顔はやっぱりこっちから見上げると逆光で輪郭が光って見える。
「た、たまたま寄っただけ、です! あ、あとこれ……」
「うん?」
「ハーブの……お返し……です」
着地と同時にうさ耳フードが脱げたので、両手で慌てて被り直し、バッグの中から私が紙で包んだ魔石を取り出した。
「ちょっとぐしゃぐしゃになってるのは移動してきたからだ。何回包んでも綺麗にならなかったが、今の状態は一番上手くいった。紙がしわしわなのはバッグの中で揺れたからだ。そうだ、マリアンヌと擦れたからだろう。本当はもっと綺麗に包めていたはず」
「そ、そうなのかい」
あ、心の中で思うことをつい口に……。コートの中がむせ返るほど暑くなる。
「そんなお礼なんていいのに。ありがとう」
受け取れと突き出していた魔法のアイテムを受け取ってもらえたのか、手の中が軽くなる。心の中で思うことをつい口にしてしまっていた。
「――っ」
この魔石はずっと冷たい。レスティア王国よりもグラヴァルド帝国よりもっと北にある、魔法都市アコマという年中雪で覆われている国で造られている、永久冷感魔法石という魔法の道具だ。暑い時期とか、南の地方とかで必携アイテムとして大人気商品で魔物たちの評価も高い。
「よかったら少し休んでいくかい? 今、お茶淹れてくるから! あ、今日はシルナはいないから安心して!」
にこやかな表情で勇者は私の返事を待たずに家へと駆けて行った。私はどうしたらいいのかわからずここで立って待つことにする。しばらくするとお盆にお茶を乗せた勇者が出てきて、突っ立っていたことに「ごめんね」と謝ると、前に座ったベンチの方へ案内された。
「うわあ、冷たくて気持ちいい!!」
はあー、とひんやりとした感触を楽しんでいる勇者は額にくっつけたり首元にくっつけたりして、締まりのない顔が更に緩み、惚けたような顔になってくつろいでいる。
「こんな魔法の道具があるなんて知らなかったよ! 本当に貰っていいのかい?」
「お礼……なので……」
私は小さく頷いて、勇者の表情一つずつを確かめるように見つめていた。相槌の代わりに淹れたてのハーブティーを口にしていた。しかし、なんて緊張感のない顔だ。
でもよかった。気に入ってもらえたようだ。
「また帰りにハーブ持っていってよ! この前、スキルで大収穫が発動しちゃってさ、いつもの三倍収穫しちゃって困ってたんだ」
「い、いいんですか? 売りにだしたりすればお金になる……」
「お金は必要最低限あればいいからね。誰かにあげて喜んでもらえるほうが僕は嬉しいよ」
やはり勇者の雰囲気は異質だ。
栗毛やアベルのような腹に何か溜めている黒さも感じられないし、言葉のどれをとっても悪意の欠片もない。たぶん、私は実は魔王だと明かしても「あはは、そうなんだ。僕は実は勇者なんだよね」とあっけらかんと笑うに違いない。
……変なやつ。
ハーブティ、おいしいな。
「その、質問が」
「うん、僕に答えられることならなんでも聞いて」
「よく隣にいる、シルナ。私とそっくりのお、女の子のことが、知りたい」
私はどうしても敬語になってしまうのを変えようと、たどたどしかったが喋り方を慣らせようと思っていた。魔王が敬語なんておかしいだろ、しかも勇者相手に。対等どころか、本来は敵味方の関係になるんだ。
「シルナ、実は僕もよく知らないんだ」
「そ、そう、なんです、な」
意識し過ぎるあまり変な言い方になったかもしれない。勇者は魔石を大きな手のひらの中で転がせながらすこし目線を上にやり考えるような素振りで続ける。
「近くの森で倒れていたんだ。お腹を空かせてさ。だからたくさんご飯を食べさせてあげてたら、記憶がないみたいで。服もボロボロだったし、このままになんてしておけないでしょ?」
むしろそんな怪しいやつ、どこかに追い払うべきだと思うのだが。言わないでおく。ハーブティを飲む。……おいし。一口飲むたび耳も尻尾もぴくぴく動く。気分が落ち着いて足をパタパタさせていると、「ふふ、やっぱりシルナそっくりだね」と言われて恥ずかしくなってやめた。
「僕の家は寝る場所だけはあったから、記憶が戻るまでシルナにここに居ていいよって提案したんだ。そのお礼にってことで、僕の仕事を手伝うことになって……って感じかな」
今日の要件は三つあった。一つはお礼の魔石を渡すこと。これは済んだ。もう一つはシルナとの関係を聞くこと。これはまだ途中。
大事な部分を聞いていない。そして最後の一つは……。
「あの、その……」
「ああ! ごめん! シルナと喋ってる気になって大切なことを言うのを忘れてたね! 自己紹介がちゃんとできてなかった。何回も遊びに来てくれてるのに!」
そのほとんどが姿を見て、バレて逃げるだけなのだが覚えていてくれていると思ったらそれだけで嬉しい気持ちになる。
「僕は、カイトっていうんだ。アンドー・カイト。こんな辺鄙な場所で農家をやってるしがない農民だよ」
もちろん私は名前を知っている。調べた時は変な名前すぎて一発で覚えた。だが、私が知っている体では怪しまれるので名乗ってもらいたかったのだ。さすがに自分は勇者だとは言えないようで農民とごまかしているが。
「カイト……さん」
「あはは、カイトでいいよ!」
「……カイト」
なんだ、めちゃくちゃ恥ずかしいぞ。名前を呼んだだけなのに。
「うん。君はなんて呼べばいいかな?」
「……うさ耳のクロ。最近そう呼ばれるようになったから、クロでいい」
「うさ耳のクロ? そのまんまで可愛い名前だね!」
ど、どういう意味だ? そのままで可愛い??
「改めてよろしくね、クロ! いつでも遊びに来ていいから!」
いつでも? ほんとに?
「はい……。う、うん……」
沈黙が流れる。気まずい。私のドキドキが聞こえてしまいそうなくらい静かになってしまった。次の話題、肝心の質問をして音を出し続けなくては。
「その、シルナとは、それだけの、関係……なの、です?」
「それだけって、ははは。今も働かせちゃってるからこき使っちゃってるかもね」
「そうじゃなくて、す、す、好き同士なんですか」
うわあ、聞いてしまった。もう一つ魔石を持って来るべきだった。勇者に見せないようにしているが汗がさっきから止まらない。
「うん、もちろん好きだよ」
「……!? そ、そう……。じゃ、じゃあ恋人……、なの……?」
きゅっと絞められていた心臓が今度は思い切り握り潰されているように痛い。肺が萎んで呼吸もままならなくなる。
「違う違う、そんな関係じゃないよ! 家族としてだよ! 家族として好きってこと。クロにもお父さんやお母さん。家族がいるでしょ? 家族のことは好きだよね。それと同じだよ」
家族として、好き?
なんだ家族って――?
「それに、僕はクロのことも好きだよ」
その瞬間からもう何を言われているのか全く聞こえなくなった。




