14話 絆は誓い。破ってはいけないもの。
「……っ!」
私が威圧しているにも関わらず、アベルの瞳には微塵も揺らぎがなかった。嘘を吐いているようには見えない。それが逆に酷く不気味に見える。
「お前たちの腐った本性を暴いてやる」
私はアベルからひったくるように首輪を奪い取ると、即座に魔力探知を行った。その情報をリアルタイムでライトにも転送する。
人間の浅知恵で作られた呪具の構造など、魔王である私にかかれば一瞬で――
「な、なんだこれは」
魔力の欠片も微塵も感じない。
ただの革と僅かな銀の装飾で出来た首輪。特別な仕掛けも、編まれているようにも感じない、何の変哲もない首輪だ。
「ただの銀の輪です。本当なら指輪を贈りたかったのですが、生憎と彼女たちには人間の指がありませんからね。脚輪も考えましたが、大空を舞う彼女たちの自由を奪うような真似はしたくない。故に、首輪という形を選んだのです」
私は立ち上がって首輪をアベルに向かって投げた。アベルは困った顔をしながら大事そうに首輪を両手で包み込む。
「だ、騙されないぞ。これとハピコのしている首輪は違うのだろ! 偽物を出して私を欺こうとしているな!?」
私の追及にアベルは目尻を下げ、「滅相もございません」と落胆した素振りを見せる。
「クロ様は『首輪』という言葉の響きから、奴隷のような強制的な服従を想像されたのでしょう。ですが、それはあまりにも悲しい誤解です。我が名誉と威信に賭けて誓います。あれは決して彼女を縛る鎖などではない。私の嘘偽りない、愛の形なのです。ハピコも私を愛しているからこそ、受け入れ、その証を身に着けてくれているのです」
『――魔王様の分析通りです。これはただの首輪です』
ライトも同じような結果であると私の脳内に言葉を伝えた。これは本当にただの、装飾された『物理的な首輪』でしかなかった。
もしかして、アベルの言う通りなのか……? 嘘じゃない……?
ライトが言っていたテイマー急増とは、アベルと同じように人間が魔物に恋をする現象が流行っているということなのか?
だとしたら魔物の間でも同じように流行っているのにも理由がつく。私の知らぬところで、魔物と人間が惹かれあっている。私が、見ていなかっただけなのか。
「お分かりいただけましたか? 魔法で縛るなど、愛する者に対する冒涜です。私が彼女に与えたのは、言葉と、時間と、そして心からの愛情だけです」
「だが……! あいつはお前に対し、異常なほど従順だった! 魔物の本能をねじ曲げるほどに!」
「それが『愛』というものです。クロ様」
アベルはテーブルの上に首輪を置く。その折り曲げた姿勢のまま両肘を乗せ、顔の半分を隠し、残った細い目で訴えるように私を見た。
「愛する者のためなら、自らの自由すら喜んで差し出す。相手の望む姿になりたいと強く願う。それを、我々人間は『愛による絆』と呼んでいるのです。魔法などという安いものではありません。そのような偽りの幻想ではありません。人が愛する行為。生涯共にするとの誓いは神聖です。まやかしや虚言など一切ありません」
私をたしなめるような言い方だった。まるで私が何もわかっていない子供のようだ。そんなことを改めて言わなくても、どういう現象か私だって知っている!
愛するという言葉は、好きと好きがぶつかり合う恋が、もっともっと育っていって初めて成り立つもの。その過程に嘘が入ったり、好きじゃなくなったり、そんなヒビが入ったら愛になる前に崩壊する。そう本に書いてあった。
だから、二人が愛を口にするということは、その恋を経たからこそ言えるものであって、その言葉は絶対だ。絶対に破れない約束の言葉なんだ。
「そ、そんなものはない! お前ら人間と魔物では繁殖行為はできない! 人間の行き着く先はそこだろう! 種の存続という本能を……捨てられるわけがないんだ!」
そう思っていたからこそマリアンヌを応援した。けど結果はどうだ?
あの栗毛はマリアンヌをガラクタ呼ばわりした。化け物だと罵った。
でもそれは……私が介入してしまったからでもあった。
「だ、だったらこの上にある巣はなんだ! ハーピーがたくさん飛んでたぞ! その一人一人と、この拠点の誰かが……その、そういった関係になっているとでも言うのか!」
「その通りです。クロ様。ここにいる者は皆、ハーピーを愛し共に過ごすことを誓った人間しかおりません。それはハーピーも同じなのです。我々人間を愛し、誓い合った仲だからこそ、ここに我々との巣を作っているのです」
『魔王様。一度冷静に。人間の言葉に惑わされてはいけません』
「わ、私は冷静だ!!」
「……? どうやらクロ様はとんだ勘違いをしておられるようだ。私たちは愛する者のためなら自らを変えることも厭いません」
その言葉が、私の脳裏に強烈なフラッシュバックを引き起こした。
『アルバート様が望む理想のマリアンヌになりました。アルバート様のためなら、どんな姿にでもなります。どんな願いでも叶えてみせます(´,,•ω•,,`)』
そうだ。マリアンヌもそうだった。
彼女は誰に魔法をかけられたわけでもない。自らの意思で人間になりたいと変化を望み、体を削られても喜び期待し、人間の好みに合わせてドレスを着て栗毛の理想になろうとした。
恋とは、愛とは、魔物をここまで盲目にさせ、自ら首輪をつけさせるほどに狂わせる病のようなものなのか。それは人間も同じだと……?
「人間も……魔物のためなら自らを変えられる。好きになった魔物のためなら、魔物になってもいい。その覚悟があるということか?」
私は何を確認しているのだろうか。この私の質問は意味がない。相手が頷くために誘導しているような、確認しているだけの質問だ。
「ええ、その通りです。ご理解いただけて光栄です」
魔力による強制的な支配ならば、私がこの場で男を消し炭にして終わる話だった。
だが、ハピコがマリアンヌと同じように『自らの意思で』この男を愛し、ここの人間もまた『自らの意思』でハーピーとの共存を望んでいるのだとしたら。
恋を知らない私が、これ以上踏み込む権利はない。
私がこれ以上関わったら、ハピコもマリアンヌと同じ報われない結果になるかもしれない。
ハピコが望んだ『幸せ』を私は認めればいいだけだ。
「クロ様、どうかこの地で我々人間とハーピーが共存することをお許しください。そして、他の魔物と人間の恋も。今まで叶うことがなく、ただ焦がれることしかできなかった我々人間と魔物の絆を深めることを認めてくださいませんか」
私の取れる選択は、認めるか、もしくは全てを否定してこの拠点を燃やし尽くし、ハピコとアベルの絆も裂くか。この二つしかない。
なら――
「……魔物の意思を尊重しろ。決して無下に扱うな」
「もちろんです」
「愛すると誓うんだ、どんなことがあっても魔物を裏切るな!」
「もちろんです」
アベルは満面の笑みを浮かべた。
「もちろんです、もちろんですとも、クロ様。我々も、彼女たちを『大切な家族』として愛し抜くことを誓いましょう」




