13話 絆は束縛。苦しさは一番の贈り物。
「ギャッ――!」
飛び回っていたハピコは、突然「く」の字に体を曲げると、地面に叩きつけられて見えない鎖のようなものに引きずられるように奥へと姿を消した。
「うちのハピコが失礼いたしました」
苦悶の表情をしていたハピコだが、軽装の甲冑姿の男が現れると嬉々として立ち上がり両足を翼で抱きしめ頬ずりした。
「ほらハピコ。これが今日の調達リストです」
「今日は何を持ってくればいいの?」
「自分で、見て、覚える。何回言えばわかりますか?」
「う、うんっ……覚えた!」
「ふふ、いい子だね。ほら、覚えたなら行きなさい。早く」
「わかった! ハピコ行って来るね! ま、じゃなくてクロちゃん、またね!!」
何度かの男とのやり取りを終えると、ハピコは天高く舞い上がりあっという間に見えなくなった。ひらりとハピコの羽が男の方に落ちる。男はそれを汚らわしい目つきで払ったように見えた。
当然だが私はどんな言葉でも聞こえるし、誰にでも通じる言葉を話せる。ハーピーも人間の言葉を喋れる魔物だ。声や歌声で人間を惑わす術を持っている。
「……うさ耳のクロ。なんて可愛らしい魔物でしょう」
七三に整えられた青い髪を掻き上げ、顎をあげるついでのように私を細い目で舐めるように見る。下衆な目つきだ。私も男の姿を確認する。顔はどうでもいい。最低限見るべき箇所は外見だ。甲冑にマントが取り付けられていることからグラヴァルドの指揮官クラス、あるいは貴族であることは分かる。
「わざわざご足労くださり誠に感謝いたします。本日は、我々人間と魔物との関係に一歩踏み込むためのご提案と、ご承認をいただきたく」
「ご提案、だと?」
「ええ。我々人間は、魔物の皆様と手を取り合い、新たな共存の道を歩みたいと心から願っているのです」
男は胸に手を当て、芝居がかった大げさな身振りで語り始めた。
「どうぞ、こちらへクロ様。立ち話もなんですから、おくつろぎいただける部屋を用意いたしました。お連れ様は大変申し訳ないのですが、ここで待機していただけると幸いです。ここの拠点の指揮官である私アベルと、この区域を統べる魔物の長である、クロ様。二人きりでお話したいのです。これからの人間と魔物の関係について」
にこりとアベルと名乗った男は微笑んだ。私は警戒を解かなかったが、アベルの表情は優し気な涼しい顔だった。先ほど感じた嫌悪感も感じられない。むしろ友好的な顔つきをしている。
「クロ様」
私はライトの上から降りた。たらん、と長いうさ耳が垂れるのを感じる。
「まあいいだろう。お前たちはここにいろ」
「承知しました」
二人は素直に従う。と言ってもライトを通じて私の様子は簡単に探れる。付き添わなくても傍にいるのと何ら変わらない。
「私も、ハピコが言った、テイマーというものに興味がある」
「ええ、ええ。もちろん、そのお話もいたします。さあ――」
アベルに通された小屋に入る。
グラヴァルド帝国はレスティア王国とは比べ物にならないほどの軍事力を持つ。陸と海。世界でもトップクラスの二つ名のある部隊の多くは他の国の人間が聞くだけでも恐れ戦くほどだ。
レスティア王国はミスリルがあるから、進軍を阻むように強い魔物をこの森林Fに配置しているが囲っているわけじゃない。グラヴァルドは、隣国を侵略し取り込み続けて勢力を拡大している。
「極上のハーブティです」
ふかふかのクッションが敷かれている丸い背もたれの椅子に腰かける。全身を包み込むような柔らかさに思わず声が出そうになる。どこまでも沈んでいきそうなくらい柔らかい。……欲しい。ぐにぐにと両手で押したり、少し腰を上げて座ったりを繰り返す。
「よろしければ新品のを差し上げますよ」
「ほ、ほんとか」
テーブルの上に湯気の立つティーカップが置かれる。
「その上でお昼寝すると、もう起き上がられなくなるくらい気持ちがいいんです」
「……だ、だろうな」
っと、いかんいかん。何普通に人間と会話しているのだ私は。紛らわせるように出されたお茶を一気飲みする。突き抜けるハーブの香りが胃の中を一周する。鼻から出る息から花の蜜のような甘い香りが漂う。なんだこれは、美味い。
「魔王城がある島では到底手に入らないであろう豊穣で極上な作物。それに人間界でしか作れない上質な布や美しい嗜好品の数々。我々はそれらを無償で、定期的に提供する用意があります」
対面の木製の椅子に腰かけたアベルは、ティーカップにお代わりを注ぎながら喋り始める。
「見返りにハピコのように人間に隷属させろと?」
長引かせても時間の無駄なのでさっさと話を終わらせようと核心をつく。しかし、アベルは眉一つ動かさず微笑みを携えたままだった。
「隷属などと。クロ様は誤解されていらっしゃいます。テイマーとは、そのような野蛮なものではありません。ただ――絆。そう、人間と魔物との間に、今まで誰も成しえなかった、愛の絆で結ばれた関係を結んだ者をそういうのです」
私は無意識にバッグに触れていた。手がバッグの中にあるマリアンヌの赤い瞳を求めていたことに気づく。ここにしまったはずなのに感触がない。分厚い革の奥を探り、ようやく見つけた私は一安心する。
「しかし、人間と魔物が『愛』だのと。クロ様含めた魔物のみなさんは、声を揃えてくだらぬ、ありえぬと仰るでしょう。しかし、実際に例はあるのです。テイマーとして、魔物と幸せに暮らしている人間もいる。一緒に畑を耕したり、旅に出たり。伴侶として一緒に生活している者もおります」
ありえなくは、ない……。実際に人間との恋は魔物の間で流行っているのだ。実例だって知っている。一瞬、勇者と私と同じ姿をした色違いのケモ耳の姿が浮かぶが、あれはそうじゃない。あれだけは例外だ。今回の話とは違う。
「ハピコから聞いていることと思いますが、私ども人間は『許可』をいただきたいのです。我々と魔物の、この愛による結びつきを……種族を超えた家族となることを、指導者たるあなた方に認めていただきたい。ただそれだけなのです。我々は、種族の壁を越え、共存し、新たな秩序を保ち世界を平等な愛で包みたい。人間、魔物。生きとし生ける者全てが幸せになる。そんな世界を作りたいのです」
先ほどハピコの羽を汚物のように払った男の口から出たその言葉に、私は反吐が出そうになった。この男の本意は掴めない。こんなにも気持ち悪い御託を並べられているのに、なぜ私は黙って聞いているのだろう。
そんな世界ができるのなら、私だって望む。
「愛だと? 笑わせるな。お前がハピコをどう扱っているか、この目で見たぞ。それに、お前たちの言う『テイム』という魔法の正体もな」
幻想に取り込まれそうになるすんでの所で私は声を張り上げた。アベルは表情を崩さない。どこか寂し気に眉を落としているようにも見える。
「お前たちが魔物を家族と称して縛り付けているその首輪! 魔物の理性を奪う洗脳の呪具だろう!」
言い逃れはさせない。その首輪に込められた魔力構造を暴き、人間の浅ましい悪だくみをこの場で粉砕してやる。
しかしアベルは怯えるどころか、心底可笑しそうに肩を揺らして笑った。
「ふふ……ふははは! 洗脳、ですか。これは手厳しい。人間に対する随分と古い偏見をお持ちのようだ、クロ様」
「なにがおかしい!」
「どうぞ」
男は余裕たっぷりの笑みを浮かべたまま、懐から銀色に光る『真新しい首輪』を取り出し、私の目の前に差し出した。
「疑うというのなら、心ゆくまでお調べください。我々人間に、魔物を謀るような嘘偽りなど一切ありません。私はただ純粋に……心の底から、ハピコを愛しているのですよ。必要でしたらハピコが戻って来た時に首輪を外しましょう。もっとも、ハピコはそれを嫌がると思いますが。私も、嫌がるハピコは見たくありません」




