10話 絆は主従。そういった約束でしょ。
「これはハーブ……ですか。随分と品質が悪いですね」
魔王城に帰った私は、手土産に渡された大量のハーブを保存しようとライトに見せる。ライトに調べられたのち酷評された。
「品質が悪いのはまだ農業レベルが低いからだ! 味は保証する。いいから保存しろ。明日の朝からこのハーブティを飲む。毎朝用意しろ。いいな?」
「かしこまりました。何にせよ、お目覚めになってから温かい飲み物をいただくのはよい習慣です」
ライトを包むマントが開かれるとハーブの束が吸い込まれる。
「魔王様にご報告がございます」
玉座に座って息つく間もなく、ライトはピカリと点灯すると私の視界を遮るように浮遊した。
「今日はもう疲れた。のんびりしたいんだ。お昼寝してからでもいいか?」
勇者とお茶をした時間は短かったが、色々と気を揉んだせいか一気に疲れがきて眠くなってきていた。私の生活圏は全て玉座の上で完結する。寝ようと思えばベッド代わりにもなるし、食事の時は肘掛けの部分からテーブルが出てくる。あまり使わないが玉座は空を飛ぶし、魔王城と接続を強めれば魔王城自体を動かすことも可能だ。本当かどうかはやったことがないからわからないが。
ちゃんと寝るときは自分の部屋があるので自室に行くが、お昼寝程度にはこの玉座は適している。最近の私のルーティンは今日の通りだった。朝起きてぼーっとして、勇者の所へ偵察に行って、お昼寝して、ミスリル鉱山の魔導研究所に行ってマリアンヌを起こす方法が分かったか聞く。帰って来たらご飯を食べてお風呂に入って寝る。
世界の情勢やら魔物の配置なんかはライトに任せていた。本来ならそれが魔王である私の仕事なのだが、やる気が出なかった。ただ、私の方針は人間とは無益に争ったりしたくはないのでそこは注視している。
戦いは好きじゃない。あの栗毛は久しぶりに殺したい衝動が出たが、一時芽生えただけの感情だ。今はそんな気はないし、マリアンヌに免じて許してる。あの栗毛のことは考えたくもない。
「まずは内容を確認してからお昼寝するかどうか判断していただきたく思います。どうやら、厄介な問題に発展しそうな気配がありまして」
「厄介な問題? まさか人間が攻めて来ようとしてるんじゃないだろうな」
だとしたら問題だ。人間のフラストレーションが溜まってきている可能性がある。適度なストレス解消のため、人間が勝つような小規模な戦場を設ける必要があるかもしれない。そうなると今度は魔物側にも不満が噴出する。確かに厄介だ。
そう思うといつだって魔族は人間の顔色を窺っている。にも関わらず、いざ人間と全面戦争に発展すると最終的に打ち負けるのはこちららしい。
信じられないが、勇者が人間側にいる限りそうなるみたいなのだ。仮にその代は失敗しても、次の世代へ受け継がれ、勇者の系譜は魔族を滅ぼすまで進化し続けていく。倒されるたびに勇者は強くなっていくのだ。魔王である私を殺すまで。
「いえ、人間たちは今の安定した状態を好んでいます。我が魔王城への侵入はこの数か月0ですし、魔族に陰ながら与する国家との関係も良好です」
「じゃあなんだ、それ以外に厄介な問題なんてないだろ」
勇者だって戦うつもりはないらしいし。ふわあと私は大きな欠伸をする。そういえばマリアンヌを鞄から出してやるのを忘れていた。ハーブの匂いに包まれたマリアンヌの瞳はなんだか嬉しそうだ。美味しかったか? そうか。撫でるように魔導核に装着する。
「どうやら人間は魔物を使役する新たな職業を生み出したようです。人間の中でそれは魔物使いやテイマーなどと呼ばれています」
「魔物を使役する……だと?」
「確認されますか? お昼寝されますか?」
「見る」
ライトはホログラムスクリーンを起動した。魔王城に保存されているデータベースを閲覧でき、私の手元でも操作できる投影魔法の一種だ。
「これは、グラヴァルド帝国か」
「はい。テイマーなる職業を作り出した軍事国家ですね。我々、魔物を使役することをテイムすると言うようです」
使役? 魔物が人間の言いなりになるのか?
「……随分と舐めた真似をしてくれるな」
巨大な外壁に覆われ、幾つもの尖塔が連なる巨大国家を遠巻きで捉えた映像が、薄緑色の背景色に映し出される。世界の中でも軍事力に関しての技術はトップクラスであり指導者もろとも好戦的な輩が多い。他国への扱いも常に上から目線で、気づいたら小国へ侵略しがちな危ない国なので、その周辺には高レベルの魔物を配置してバランスを保っている。そのせいでグラヴァルド帝国の戦力も向上しているという見方もあるが……。
しかしライトの報告で私の髪は逆立っている。魔物を使役なんて聞いたことがない。新しい魔法か何かか。どんな魔物でもその魔法に掛かってしまうのか? ライトも? 私にも作用するのか? 急ぎ調査しなくてはならないだろう。
「魔王様、問題はそこではないのです」
「問題だろうっ! 魔物が人間に不当に扱われているってことだろ? お前がよく言う、こんぷらいあんすというやつじゃないのか!」
「その通りですが、それよりも先般のミスリルゴーレムの件が魔物の中でバズっておりまして、魔王様に恋愛相談ができると『TO:魔王様』へのダイレクトメールが後を絶ちません。これが問題なのです。重要な件も混ざっておりますので私のメール確認の手間と負荷が激しく、この件を含む他の重要な件に対処できないのです」
開いた口が塞がらなかった。
「……れ、恋愛相談って! 無視すればいいだろ!」
「魔物たちの士気にも関わることですので、邪険に扱うわけにはいきません」
嫌な予感がする。
「そこで提案なのですが、この平和な世界を維持していくためにランダムにピックアップした恋愛相談を受けましょう。もちろんフィルターは掛けますが、既存の戦力の分散だけではこの温い平和は維持しにくくなっているのも事実です」
ギュッとマリアンヌを抱き寄せる。思い出させるな。そうでなくても思い出してしまうのに……。




