第二十二章 「復職」 2 (前)
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光栄書店の一階エントランスの空気は、一言では説明のできない空気に包まれていた。約一年半ぶりの出社であることに、紀子は少し緊張を覚えていた。
自動ドアの開閉により吹き込まれる風の空気感は、九月とはいっても、まだ十分に熱を帯びていた。
紀子はワイシャツにジャケット、ネクタイというスタイルだ。紀子がそういうファッションになると、”男装の麗人”と言われてもぬべなるかなと思えるほど、引き締まった空気感を醸しだしていた。
「この度復職しました、篠原紀子です」
受付カウンターにまっすぐに歩き、受付の女子に氏名を名乗った。
「篠原紀子」の名は、過剰な表現が許されるならば、
「ジャンヌ・ダルク」と同等の響きを受付嬢にもたらしていた。
受付嬢は、思わず立ち上がり、紀子に一礼すると、内線電話で、紀子の来社を告げた。電話には部署の名称が小さく印字されてあった。「秘書室」のスイッチに灯りが灯っていた。
受付の女子社員が、「篠原紀子さんが来られました」と低音で伝えると、しばらくの間があって、受付嬢が、「いま、秘書の中野良子が降りてこられます」
と堅い口調で言った。
紀子は今までのいきさつを考えると、苦笑を漏らしそうになるのを懸命に堪えていた。
契約社員だった自分が、元の正社員に戻って出社しただけなのに、受付嬢の堅さは普通ではなかった。
☆
エレベーターが開き、中野良子が現れた。
「いらっしゃい、篠原さん。社長室までご案内します」
中野良子は篠原紀子をすばやく観察する。
紀子が浮べる笑顔に、自信と愛する男に愛される女の幸福感が見て取れた。
(彼女に比べて私は…)
未だに、中島隆の”愛人”のレベルを脱し切れていないことに、忸怩たるものを感じた。
中島隆の夫婦生活は破綻しているにも関わらず、二人の中学生の子供がいるという事実だけで結ばれた夫婦なのだ。
女として、良子は紀子に負けているわけでもましてや劣っているなどとは思っていない。しかし、今復職した篠原紀子を仰ぎ見る自分がいることを否定しきれない良子だった。
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「お久しぶりです、篠原さん」良子の声には苦みがあった。紀子はそれに気づいてはいたが、敢えて考えないことにした。
「ありがとう、中野さん」紀子の声は抑揚を抑えようとして抑えきれない。
良子は思った。
(ああ、愛する男に誠実に愛される女なのね、あなた)
ほんの数年前までは、社長秘書と一社員だった。今も社内におけるポジションは変わっていないのに、良子は、紀子との差を意識せずにはいられなかった。
☆
良子が社長室のドアを開ける。
ドアが開くと同時に、中島隆は立ち上がった。
紀子は姿勢を正して一歩中に入った。
「やあ、篠原君。久しぶり」
隆の声は明るいが、紀子は笑顔を見せなかった。
「この度は、正社員での再雇用、ありがとうございます」
紀子の声が硬く社長室に響く。
その時、紀子も良子も驚く行動を隆は取った…。




