第二十章 紀子と愛と奈々-女性三様 1 (一部訂正しました)
1
紀子が修一の屋敷に住むようになって一か月が経った。朝早く起きて、修一の朝食を作り、洗濯機を回し、その間に光栄社からの依頼のメールを自分の部屋でパソコンで読むという生活だ。
(これが同棲ってものなのかしら?その、もっと甘いムードが流れるものだと想像していたのに。変な気持ち)
主婦のように、家事をこなすという生活は、紀子が想像していた結婚生活とは差があったが、紀子の特性として、切り替え早くこうした生活になじんでいった。だが、とにかく心の満足は大きく、紀子は大きな安心の中にあった。
紀子は今、修一の専属編集者から、マネージャー的立場になっていた。
今も、A社の雑誌に連載する時代小説執筆の依頼があったばかりである。
「はい、時代小説ですか。神崎さんは今まで時代というか歴史小説を書いたことはなかったと思うのですが、確認しておきます」
依頼の電話は、きちんとメモし、そのうえでスマートフォンにきちんと記録する。
☆
夕食はダイニングで差し向かいで夕食を取るのだ。
紀子は、ご飯を陶器の茶碗によそいながら、修一に報告する。
「今日、A出版から神崎さんに時代あるいは歴史小説を書いてほしいという依頼の電話がありました」
修一の表情は明るくなかった。
「芸のない出版社だな」と、冷たく言い放つ。
「どうしてですか。せっかくの依頼なのに」
紀子は、修一の気持ちがわかっている。それでいながら修一に答えさせようとする。
「『群狼』がヒットしたから時代・歴史小説といって、二番煎じ三番煎じを狙うんだ。君にはわかってるんだろう」
修一は不満顔で言う。
紀子は微笑んでうなずいた。
「もし、神崎さんがこの依頼を受けていたら、私、神崎さんを疑っちゃうところでした」
「疑う?」
「神崎修一の作家としてのプライドはあるのだろうかって」
「ふん、君の言うとおりだ。神崎修一痩せても枯れても作家だ。オリジナリティを忘れてなるものか」
紀子は修一の腕を叩き、
「お疲れでしょう。膝枕してあげます」
修一は拒否しなかった。
2
相良愛は、事務所が借りてくれているマンションの自分の部屋の仕事部屋で、必死に台本を読み込んでいた。
映画『群狼』の台本だ。傍らには、国語辞典と漢和辞典があった。
分厚い台本には、漢字がびっしりだった。
「ああ、こんなことならもっと漢字の勉強しとけばよかった」
『美少女探偵佐久間綾』は、元々ジュブナイル小説が原作だったので、セリフもあまり多くなく、アクション(といってもミニスカで、飛んだり跳ねたりするだけだが。要するにロリコンおじさんを喜ばせるためだ)も多くなく、
最後に長いセリフがあるだけだった。
しかし、『群狼』は、圧政を敷く領主に反乱を起こす地方豪族の男の男勝りの娘役なので、リーダー的言葉も多く、おまけに部族の娘の礼儀所作までこれから覚えなくてはならない。愛は気が遠くなりそうな不安を感じていた。
「私にできるのかしら。こんな役」
しかし、ギャラもいいし、芸能界に未練のない愛には、最後にきちんとした
『女優』としての記念碑的作品に出たかった。
それに、原作者の神崎修一さんはとても感じの良い男の人だった。その奥様
(まだ同棲中だったけれど)篠原紀子さんも優しそうな女性だった。
偶然にも、母とも考える叔母の近所に住んでいるということもあって、お二人をがっかりさせるわけにはいけないと愛は思っているのだ。
噂では、『群狼』には続編があり、雑誌連載されて、続編は、主人公の地方豪族の娘が主役ということだった。
「え、え、えー。じゃあ私が主役なの?そんなことって」
愛は呆然としてしまった。
しかし、俄然闘志が湧いてきたのである。
愛は、受験勉強さながらに台本に取り組むのだった。




