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今日も雨が降る中で  作者: 金沢俊夫


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第十八章 作家と映画その1

                 

                 1

 神崎修一の『群狼』は、ブームとなり、西邦映画で映画化が決定した。

 この事実は、他の出版社に影響を与えずにはいられなかった。

 ラノベ(ライトノベル)偏重の風向きが変わり、しっかりとした文学が、読書子の目と気持ちを変えさせた。当然の流れというかベクトルは、古典文学の復活に向けられる。これもブームの一種なのだ。ブームはいずれは廃れる。

 だから今のうちに売れるだけ売っておこうという計算は、善悪の区分けなく、人は自然にしてしまう。

 人間は、どうしようもなく計算してしまう動物なのかもしれない…。


              ☆

 篠原紀子は、光栄社社内で、一躍脚光を浴びる立場となった。なぜなら忘れられていた作家だった神崎修一を見事によみがえらせたのだから。

 しかし、紀子への脚光は、『群狼』が出版されて、一、二か月もすれば、普通のことと受け止められるはずだった。

 しかし、小説が映画化されることとなると、光栄書店にもたらされる利益は、莫大とは言わぬまでも、大きなものには違いなかった。

 紀子への称賛の視線と声の多さと同等の嫉視の目の多さも同数存在したのである。


 紀子は神崎邸のインターホンを押した。

 「紀子です。参りました」

 自分でもわかるほどに紀子は声に張りがなかった。

 修一からのいつものような「おぅ」といった言葉がなかった。

 紀子にはそれがとても不安に思えた。

 「修一さん」紀子は、不安を感じながら我知らずつぶやいていた .


 ドアが開いた。神崎修一がドアから現れたと思うと、門に走ってきた。

 修一が慌てた様子で門を開ける。修一の横顔がとても真剣だ。

 なぜかわからない。わからないが紀子にはそのことがとても嬉しかった。

 門が開いた。

 紀子は、そのまま何も考えず修一の胸に飛び込んだ。

 彼女は笑顔だった。瞳は涙に濡れていたが。そのまま無言で肩を震わせて泣いた。


               2

 「ごめんなさい。神崎さんの前で泣いたりして」

 紀子は、修一が淹れてくれたコーヒーを飲んで落ち着いてから呟くように口を開いた。

 「何があったかは言わないで良い。大体は想像できる」

 「どうしてわかるんですか?」紀子は、少し拗ねたように聞いた。

 「『群狼』がヒットしたことで、他の編集部員に嫉妬されたのだろう。君は繊細だからよけい感じるんだ」

 「その通りです。なぜ神崎さんにはわかるんですか?」

 「作家だからだよ。作家は、人間の醜い部分も見て、受け止めていかないといけない。俺は、それが嫌で小説を長い間書かなかったんだ」

 「それが理由だったんですね。私は大学生のころ、小説家になりたかったんです。お手本にしたのは、あなたの小説でした。ところがある時からあなたの本は書店に並ばなくなった。私、寂しかったわ」

 「謝りはしないぞ。俺には俺の事情があるんだ」

 紀子は、笑顔で甘えるように修一の胸にしなだれた。

 「私、嬉しいんです。神崎さんが私にその理由を話してくれたことが」

 紀子は、修一の頬にキスをした。

 「お、おい」

 「唇にしたいけれど、それはまだ先のことよ。元気出ました。コスプレしてきます」

  数分後紀子は、修一の書斎に戻ってきた。彼女が着ていたのはテニス・ウェアだった。紀子の美しい脚線が、修一の目を撃ち抜いた。

 「と、特別です。今日だけの。恥ずかしいんだから」

 紀子の頬は、朱に染まっていた。


          3

 そのころ、光栄社に西邦映画の映画製作部の代表、深山武みやまたけしと光栄社社長中島隆が、社長室で顔を合わせていた。

 映画化権の取り決めのためである。

 深山武は、四十歳という年齢を感じさせない風貌をしていた。

 日本有数の映画製作及び配給を取り扱う責任を背負っているにも関わらず、長い髪を後ろで結び、代表というより撮影現場の助監督といった方がぴったりだった。

 「いやあ、すみません。本来は髪もきちんとセットして伺わせていただくつもりだったのですが、昨日も徹夜だったものですから」

 わずかに目の下に隈ができていた。徹夜だったという言葉に、嘘はないように隆には感じられた。

 「四十歳で、映画制作部の代表とは、責任が重いですね」

 隆は、お世辞半分嫌み半分がブレンドされた言葉を口にした。

 武の笑っていた目が、一瞬鋭くなったが、すぐに柔和になった。

 しかし、次に吐かれた言葉は辛辣だった。

 「映画製作には、大きなお金が動きますし、必要です。だから、ぼくの責任も重大です」

 武は、やり返すつもりで言葉を紡いでいた。

 つまり、(大きなお金が動くのだから、『群狼』という小説は、本物だろうな)と、暗に念を押しているのである。

 「わが社も『群狼』のおかげで、認知度も上がりましたよ。失礼ですが当然読まれたんですよね」

 隆は、いいかげんな返事は許さないと暗に含んだ。

 武は、自分とあまり年も変わらないはずの若さで、出版社の社長を務める隆の気迫を感じた。

 「もちろん読みましたよ。現代のラノベ偏重の出版界の中で、なんといいますか、古典文学のような風格とある種の悲哀を背負う古風な男の生きざまは、感動しましたね」

 武は、隆の気迫に少し押されるような感覚を覚えた。

 (お坊ちゃんかと思っていたが、さすがは社長だ。下手なごまかしやごますりは通用しないな)

 一方隆も、武の一見野放図な構えの中にある、ある種の罠のような詐術を感じていた。

 (計算高い男だ。原作を強引に映画の中で、改変しかねない。釘を刺しておこう)

 隆は笑顔を浮かべて、わざとソファーに背をもたれさせて言った。

 「あなたは、かなり映画をご覧になったのでしょうね。よく聞く話ですが、映画の中で、原作を客に受けがいいようにストーリーを強引に変えてしまうという話を、ぼくは聞いたことがあります。よもや西邦さんほどの映画会社で、そんなことはしないでしょうね」

 深山武は、目を鋭くした。

 「誹謗に近い言葉ですね。ぼくはこんな姿ですが、映画に対しての誠実さと情熱は、誰にも負けない自信がある」

 隆は立ち上がり、武に握手を求めた。武も立ち上がり握手した。

 「すまない。君を試すようなことを言って。社長なんかを仕事にしていると、人を試すか疑うかの技術ばかり上手になる」

 「わかります。ぼくも何度も映画製作で辛い目にあっていますから」

 二人の男の間に通じるものができた。

 「君は、ゴルフはしたことがあるかね」隆は聞いた。

 「映画以外で唯一の趣味ですよ」武は答えた。

 二人は笑いあった。後日ラウンドする約束をすることを忘れなかった。

 

 

 


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